2016年【隼人】34 遅刻してるが、慌てずに登校

 隼人と遥と撫子の三人は、毎日一緒に登校している。


 撫子だけが小学生だった去年も、変わりなく三人での登校を続けた。

 自転車通学になった隼人と遥は自転車を押して、撫子を小学校まで送っていく。


 そこからは二人で登校するのだが、ゆっくりしている暇はなかった。

 遅刻しないためにも、全力で自転車を漕ぐハメになるのだが、隼人も遥もそれに対して不満はなかった。 

 家が隣り合っているので、それが当然のことだと思っていたのだ。


 普通、日常、そういった類いの言葉をきいて連想するほど、いつものこと。

 昨日、あんなことがあったのに、今日もまた三人で登校している。

 ただし、いつもとは違って、すでに遅刻が確定している。


 非日常に足を踏み入れているのは、他のことからも明らかだった。

 この体中の痛みこそが、日常からかけ離れたのを実感させる。


「ああ、痛ってぇ。向かい風って、こんなに痛いんだな」


 隼人のぼやきは、撫子を通り越して、遥にまで聞こえたようだ。


「ごめんね。手当てできなくて」


「なんで、遥が謝るんだよ。全力で阻んでくる撫子のせいだろ」


 三人は横並びで自転車をこいでいる。

 道路の中央に一番近い位置から、隼人、撫子、遥の順番だ。

 隼人が遥に近づくのをよしとしないように、撫子は邪魔をする。


「ナデのせいって言った? あれだけ殴ったんだから、殴られる理由もよーくわかってくれてると思ったんだけど? とんでもないバカな変態ね」


 撫子は指をポキポキと鳴らして威嚇してくる。

 両手放しで自転車をこぎ続けるバランスの良さにも畏怖してしまう。

 正直なところ、撫子がこわくて仕方がない。

 たとえば、撫子が自転車を漕ぎながら、息をしている。そんな当たり前のことでさえ、恐怖を感じてしまう。


「こら、ナデナデ。もういいでしょ。暴力禁止」


「でも、ほ姉ちゃん。この変態を殺したいの。そりゃ、触るのもいやだけど、この手で殺したいの。おねがい許可してよ」


 猫なで声で物騒なことを言っている。

 さすがに遥も呆れて、ため息をついた。隼人もため息をつくのだが、大きく息を吐くだけで、また痛みに顔が歪む。


「大丈夫、隼人? やっぱり病院に行ったほうがいいよ。救急車呼ぼうか?」


「金かかるので、却下だ。それに学校ついたら、保健室で寝るし。それで治るだろうよ」


「そのまま、永遠に目覚めなければ世の女性のためになるな」


 撫子は今日一番の笑顔になっていた。

 優しく頭を撫でてやったときも、そんな顔をいままでしてくれたことはないのに。


 哀しみを胸に抱き、抵抗を続けよう。

 諦めたら、本当に昨日までの関係には戻れない。


「だから、あのカメラは銀河ので。遥を盗撮したのは確かにオレだけど、ほかは銀河の趣味だってなんべん言わせるんだよ」


「変態変態変態。回数の問題じゃないわ。一回でも、変態って事実は変わりないの」


「まぁまぁ、ナデナデ落ち着いて。結局、データも消したわけだしさ。その一回も見られたわけじゃないってことは、もういいじゃん。ね?」


 遥の後押しがあって、隼人は水を得た河童となる。

 魚ではなく、エロ河童だ。


「ほらみろ。被害者の遥が許してくれてんだ。お前がなに言っても意味ないだろ。だいたい、変態変態って、撫子は変態の安売りしすぎなんだよ。わかってんのか。お前が大好きな子供は、大人がセックスしないと産まれないんだぞ。だから、いやとか恥ずかしいとかじゃなくて、エロってのは素晴らしいものなんだよ」


「論点をずらさないでよ。だいたい、被害者で言ったら、ナデだって盗撮の被害者なの。そんでもって、ほ姉ちゃんとちがってナデは許すつもりないんだからね!」


「被害者うんぬん持ち出したら、論破されちゃったね」


 客観的な意見を呟きながら、遥は笑っていた。

 隼人も乾いた笑みをこぼす。


 こんなにも苦痛を感じる通学は初めてだ。

 それでも、目的地があるから終わりはやってくる。

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