2016年【隼人】35 集まらないとなにもできないから

 学校が見えてきた。


 グラウンドでは体育の授業をしている。

 体操服の色から考えて、三年生だ。元気に走り回っている。


 正門を無視して西門に向かう。

 西門から入ったほうが、自転車置き場までの道のりが短縮できる。


 クラスごとに自転車を置く場所はちがう。

 一年と二年では、西門から入ったら逆方向に進む必要があるため、ようやく撫子から解放される。

 はずだった。


「なんで、こっちに来てんだよ。お前、一年のチャリ置き場は、こっちじゃねぇだろ」


 自然についてきても、さすがにばれるぞ、バカ野郎。

 もっとも、自転車を駐輪して鍵をかけるまで気付かなかったのだが。


「二人きりにさせる訳にはいかないでしょ。ほ姉ちゃんに対して、お前はボディタッチが多いからな。変態変態変態」


「言いがかりだ」


「どの口が言うの。いっつも、みやむと遊ぶときに、ほ姉ちゃんの太ももを触ってるでしょ。気づいてないと思ってた?」


 気づいていたとしても、遥を前にしてわざわざ言うな。ひどいぞ、撫子。


「うーん。ナデナデの言うとおりかもしれないわね。みやむがあたしの体の上で眠ってるとき、よく撫でにくるもんね」


「それは、オレがみやむを撫でれるのが、そんときだけだからだ。他は逃げられるから」


「みやむも変態は嫌いってことじゃない。あの子は、変態だって前から気づいてたんだ」


 撫子には何度でも変態と言われても構わないが、遥にだけは言われたくない。

 誰かこいつを黙らせてくれないか。


「お前ら。遅刻してるのに、ずいぶんと騒いでるなぁ」


 隼人の願いが通じたかのタイミングで、横やりが入った。

 正義の味方からは程遠い。岩田屋中学校の底辺の連中だ。

 集まらないとなにもできないから、今日も今日とて群れている。


「自分たちだってサボってるくせに、なに言ってんの」


「こら、ナデナデ。そういうことは、事実だとしても黙ってなさい」


 撫子のは全力の煽りだし、遥のもまったくフォローになっていない。


「威勢のいい女は嫌いじゃない。むしろ、大好きだ。浅倉を可愛がるついでに、お前らも可愛がってやろうか?」


「いいっすね。女は、別のことしてもらえるし」


 下品な笑い。

 よく見ろ撫子。変態とは、こういう奴らのことをいうのだ。


 どこまで本気かわからないアホみたいな会話を集団で楽しんでいる。

 隼人を殴るにしろ、遥や撫子にいやらしいことをするにしろ、距離が離れすぎている。

 不快なことを口にして、人の神経を逆なでするしか攻撃方法がないのだろ、アホンダラが。


 一、二、三、四、五人もいて、ろくなことができないとは。

 しかも、その一番後ろで有沢が欠伸をしている。

 友達になれるかもと期待したのに、やはり住む世界がちがうのか。


「ところでさ。オレに用って、なんだよ?」


 有沢にたずねたつもりだったが、奴は目を合わせてくれない。

 他のバカが鼻息を荒げて答える。


「そろそろ追いかけっこもやめにしようぜ。ここらで、気が済むまで殴らせてくれよ」


「いま、怪我してるから、無理。保健室に行ったあとにして。うん。行ってから十年後ぐらい先で」


 十年後にも殴りたいという思いが残っているのならば、隼人も観念する。

 一発ぐらい好きなところを殴られも構わない。

 逆に、十年の年月で気持ちが変わる程度ならば、人を殴るべきではない。


 ニキビに顔面を侵食されている不良が「なるほど」と呟いた。

 こいつの十年後の肌質は、いまよりもマシになっているのだろうか。


「なるほどね。授業を受けずに、保健室に行くって。こいつは、お盛んなことだ。セックスするんだな。そんな悪い子たちには指導してやらんとな」


「そうそう、『たち』に指導しましょうね。そっちの子らがブスだったら、指導はなかったっすけどね」


 撫子よりも小さい体の不良が、ぐへへと笑う。

 精通してなさそうなのに、背伸びした発言を出してカッコ悪い。


「すげー、名言でた。鬼畜、鬼畜」


「でしょ、でしょ。決まってたでしょ」


 隼人の背後から舌打ちが聞こえた。ムカつくのなら見なければいいのだ。

 隼人は一歩前に出て、撫子の視界を阻む。兄の背中でも見ていろ。


「相手すんな。そもそも連中が遊びたいのは、オレだけだろ。関係ないから逃げろ」


「カンケーナイカラニゲロー。だって、いまのそっくりだろ? このあと殴られて涙を流す浅倉のモノマネでした」


 三流の芸を不良の一人が披露する。

 五人中、四人が爆笑した。笑いの沸点が低すぎる。

 一人渋い顔をしている有沢のため息が聞こえた気がした。


「へらへらすんな。なにを優先させなきゃいけないか、わかってないのか?」


 有沢が場を諫めて、不良連中の表情が引き締まる。


「思い出せよ。先輩は、ブチ切れてる。浅倉をきっちり連れていかなきゃ、おれらが腹いせに殴られる。それは、避けたいだろ」


「そりゃ、もちろんだ」


「でも、このままだと浅倉にも逃げられかねないぞ。おれはいやだぜ。お前らの考えなしの行動に付き合って殴られるなんてのは」


 昨日の放課後に教室で喋った男と同一人物とは思えない。

 冷たい表情だ。

 有沢に貸した残りのアダルトビデオは、もしかしたら返ってこないかもしれない。

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