2016年【隼人】33 それをなんと呼べばいい?

 かばってくれているのだ。


 銀河が犯人だと思っていたときは、撫子をけしかけるように煽っていたのに。

 隼人が犯人かもしれないとわかったら、掌を返してくれた。


 可能性がゼロではないのならば、隼人の無実を最後まで信じるというスタンスだ。

 それに比べて、実の妹は男子ってサイテーと言わんばかりに口を尖らせている。

 普段は、ほ兄ちゃんと言って甘えてくるくせに。


「ほ姉ちゃん、冷静になって。無理があるよ、そんなの。だって、プレゼントするにしても、ナデは気づかなかったんだよ。包装とかもされてなかったでしょ?」


「まぁ、確かにわかりにくいところにあったわ。でも、隼人だからね。気が利かないし、空回りも多いでしょ。だからこそ、包装し忘れてたとか」


「でも、録画してたんだよ。ほら、どう考えても」


「間違って録画ボタンを押したとかもあるでしょ」


「でもでもでも」


 遥が提示するのは、どれも可能性が低い考えだ。

 不意に、誰かが書いたUMAの研究本の一節をこんなときに思い出す。


『UMAを含む全ての生き物は、いない、有り得ないということを証明することのほうが難しい。事実、いないことを証明しようと必死になった連中は、ネッシーの死骸が見つかっただけで、口を閉ざすしかなかった。つまり、実在するならば、それを証明するのは案外、簡単なものなのだ』


 でもでも、とうるさかった撫子が、黙って隼人を睨みつける。

 ネッシーの死骸に該当することがなんなのか、撫子は感覚的に気づいたのかもしれない。

 遥を味方につけるためには、簡単な方法がある。


「ほ兄ちゃんは、なにも答えてないよね。いいかげん、なんか言ったらどうよ」


 撫子に煽られたにも関わらず、遥を見つめる。

 遥はいつもと変わりない。

 肩に力を入れずとも、隼人のことを信じている。


 でも、それは理想だ。

 本物の浅倉隼人よりもいい男をイメージしすぎだ。

 遥の幻想に近づきたい。でも、打ち壊すほうが楽になれる。


 相反する二つの感情が渦巻いている。

 だが、どちらの思いに身を委ねるにしても、隼人がすべきことは同じだった。


「遥、オレはお前が思ってるような男じゃねぇよ」


 嘘はつけない。この道しか選べない。


「単純なんだよ、オレは。バカ正直に、お前の裸が見たかった。それだけだ。盗撮してでも、お前のおっぱいやまんこを拝みたい。そんでもって、そいつをズリネタにして、オナニーしようと思ってただけだ。わかったか? そんな最低な奴なんだ、浅倉隼人は」


 遥を見つめながら、だらだらと真実を語った。

 ひかれたり、嫌われたりしたほうが、救いがあるのに。

 変わらないんだ、こいつは。

 まっすぐに見つめている。


 遥の中にある隼人に対する大事な思いは、簡単に変化が訪れないのだろう。

 もしかしたら、絶対に変わらないなにかを持っているのかもしれない。

 それのことをなんと呼べばいいのかさえ、いまの隼人にはわからない。


「ばか。本当に最低な奴は、そんなこと正直に言わないでしょ」


 無理だ。

 嫌いになれるわけがない。


 その一点だけは、これから先、なにがあっても変わらない気がする。

 遥は倉田からの告白に対して、どのような返事をしたのだろう。

 もしかしたら、まだ保留なのかもしれない。


 だが、そんなもの些細なことだ。

 彼氏持ちでも、まだフリーでも、同じだ。どうでもいい。

 好きになるのは自由だろう。


 どんな関係性の相手がいようとも、脈はある。簡単に切れる絆ではない。

 隼人と遥は、隼人と遥なのだ。

 好きだ。


 言うぞ、素直な気持ちをぶつける。

 もうオナニーなんかに逃げない。

 やらせてくれ。

 童貞をもらってくれ。

 どうとでもなれ。もう知らん!


「遥、オレと!」


「ほ姉ちゃんとナデへの対応に差がありすぎる。いつまで待っても、あたしに対してはなにも言わないし」


「うるせぇ、撫子! 邪魔すんな」


「それがナデへの言い分か! 最低だな! 何人もの女性と関係を持っておいて、そういうことをいうのか、この変態が!」


 撫子の発言から、最初にとくべき誤解があったのだと気づく。

 銀河のカメラを借りたという大前提を話していない。


 でも、そんなこと、言わずともわかるだろ。

 遥はわかってくれているぞ。

 いや、わかるからこその未来の妻な訳で。隼人の童貞を捧げるに値する女神。


「よく聞け、撫子。オレは童貞だぞ――」


 詳しく弁解する暇はなかった。

 撫子の手刀が、後ろから首に叩きつけられる。

 おそろしくはやい。


 痛みを感じる前に、意識がとんだ。

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