2016年【隼人】32 信頼を放棄した者に
ええい、酒だ。酒。
酒が足りん。
冷蔵庫を開けたが、瓶ビールがあるだけか。ビールの苦味が得意ではないものの、いまならば美味しく飲めるかもしれない。
「ほ姉ちゃん、これ!」
「いや、これは何かの間違いだって!」
なにか面白いものが写っていたのか、二人は大声をあげた。
栓抜き探しを中断した隼人が振り返ると、撫子が顔を伏せて震えている。
「なんで、間違いなの? なによりの証拠が残ってるのに、ほ姉ちゃんは味方するの?」
「いったい、どうした?」
「隼人、逃げて!」
遥が叫んだ直後。
ビール瓶の重さがほとんどなくなる。
撫子の手刀で瓶ビールが切り落とされた。
床にまきちったビールの匂いが台所に広がる。
「ちっ、外したか」
本当は、どこを切るつもりだったのだ。
未成年の飲酒を止めようとしただけだよな。
仮にそうだとしても、非行に走る兄を正すにしては、やりすぎだ。
「落ち着いてナデナデ! まず話し合わないと! とにかく、隼人を信じようよ! ね?」
声をかけながら近づき、遥は撫子の肩を抱いて制止する。
気が立っている猛獣を手懐けるように、勇気ある行動だ。
「じゃあ、ほ姉ちゃんがきいてよ。もっとも、それでナデが納得できるかは、わからないけどね」
理由がわからぬまま殺されるという危機は去ったようだ。
遥こそ風呂上がりの天使だ。その天使が知りたいこととは、いったいなんだ。
「あのね。隼人がカメラに撮影されてたの。脱衣所にカメラを設置して、立ち去る姿が鏡越しにうつってた」
犯人が言い逃れできない決定的な証拠が、デジカメに残っていたようだ。
迂闊な盗撮犯だ。
鏡の反射で自分の姿が写るとは、考えてもみなかったのだろう。
いまの時点で、隼人が盗撮目的でカメラを設置したのは疑いようがない。
映像でそれを見たのならば、もう真っ黒だ。
言い訳しても無駄だと思って、黙ってしまう。
なのに遥は、隼人を信じようと撫子を制止してくれた。
どれだけ信頼してくれるのだ。
いままで積み重ねてきたものの大きさに隼人の体が震え、それを裏切ったことに息が止まる。
遥と目を合わせられなかった。
見つめ合っていると、心の内を読まれてしまう気がする。視線を泳がせていると、撫子が睨みつけているのに気づく。
「ねぇ、変態。なにか言ったらどうなのよ?」
なにも言えない。言わないのではなくて、言えないのだ。
「もしかしてだけどさ、隼人」
遥が喋りだしたのに、視線は一つところにとどまらない。
撫子ならば聞き流せた『変態』という罵しりも、遥の声ならば耐えられないだろう。
たとえ口に出されなくても、表情で見下されてもいやだ。
そうなっても、仕方がないことをしたのに、嫌われたくはない。
なっさけねぇな、クソが。
「もしかして、このカメラを銀河から手に入れてきたんじゃないの?」
正解だ。
やはり、バレている。隼人の口から白状させるのを望んでいるのか。
精神的に追い詰めようとしているのならば、もう十分だろう。許してくれ。
もういい。
撫子をけしかけてくれ。
それで、楽にしてくれ。
殺してくれ。
「それでね。苦労して手に入れたカメラをあたしにプレゼントしようとしてくれた。多分だけど、ビックリさせようと思って、脱衣所に置いてったんじゃないの? ほら、サンタクロースが枕元に置くあの感じ?」
「え? なに言ってんだ、遥?」
一瞬、わからなかった。でも、すぐに理解した。
その瞬間だけは心臓が止まっていたと思う。
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