2016年【隼人】31 最近のデジカメは高性能

「ほ兄ちゃん、なんでポケットに手を突っ込んでるの?」


 童話の赤ずきんちゃんでも、そんな質問を狼にはしなかったぞ。

 ましてや、狼は勃起してるからだよとは、言わないだろう。


「ねぇ、ほ兄ちゃん。ポケットから手を出して、いつもみたいにお願い」


 待て待て。

 お前が触ろうとしているのは、手じゃないぞ。

 チンコだ、勃起チンコ。


「こら、隼人。ナデナデといつもなにしてんのよ」


 櫛で短い髪をときながら、遥が睨みをきかせる。

 緊急事態だと察して、ドライヤーで髪を乾かすのを後回しにしたようだ。


「誤解だ、遥。いつもは、撫子の頭を撫でてやってるだけだから」


「いや、でも。これってどうみてもさ――」


 遥は自分を律したようだ。

「無理やりフェラチオさせようとしてるんでしょ」といった類いの言葉を遥の声で聞きたかったのに。

 いや、残念がっている場合ではない。


「見てないで、助けてくれよ。撫子が酔ってるんだよ。頼む、遥」


「ばか。お酒飲ませたの? ほら、ナデナデ。ほ姉ちゃんがなでたげるね。おいで」


「ああ、ほ姉ちゃん、すきぃ」


 撫子は遥に抱きついた。

 遥の胸のところで頭を撫でられて、至福の顔となっている。


 隼人も表情が和んだ。

 撫子の存在は大きい。

 昨日の帰り道から、遥とはひとことも口をきいていなかった。撫子がいたから、遥といままでどおりに接することができている。


「あ、そうだ隼人」


「ん? なんだ遥」


 まるで、最低の夜がなかったかのように、気軽に話せる。


「銀河来てた?」


「来てないけど。なんで、そんなこときくんだ?」


「脱衣所に、銀河のカメラがあったんだけど」


 最近のデジカメは、高性能なくせに、女子の手の中におさまるサイズなのだ。

 設置していたカメラが回収された。

 缶チューハイ一本でのほろ酔いなど、すぐに消えてなくなる。


「へー、なんでだろうな」


「録画モードになってたんだ」


「持ち主を殺さないとね」


 撫子も酔いがさめたようだ。

 しらふでも、本当に人を殺しかねない。妹を犯罪者にさせる訳にはいかない。


「待て待て。そのカメラが銀河のかどうかもわからんだろ」


「でも、銀河があたしに自慢してきたカメラだからね。このカメラほしければ、わかってるよなっていうドエロい顔がいまでも思い出せるから、見間違いってことはないはずよ」


「だとしても、だ。オーダーメイドってわけじゃないだろ。世界に、そいつは一台だけか? 名前でも書いてるのか?」


「隼人の言い分もわかるんだけどさ。むしろ銀河じゃない奴に、こんなの設置されてるほうがこわいんだけど」


「まぁ、たしかに」


 認めざるおえなかった。

 だが、犯人不明にしておかねば、明日の朝刊を賑わす事件が起きてもおかしくはない。


「あ、そうだ。保存写真見てみたら、なんかわかるかも」


 デジカメを操作しはじめた遥の顔が、風呂上がり直後よりも赤く染まる。


「どしたの、ほ姉ちゃん?」


 心配そうに眉を細めた撫子も、カメラを覗き見る。

 撫子の鼻から、つーっと血が流れ落ちる。


「これの持ち主は、本当に死ぬべきね。この裸の女性たちのためにも、ナデが必ず殺す」


 デジカメに入ったままのSDカードの保存画像を、隼人は一枚も見ていない。

 それでも、銀河の抱いてきたコレクションが保存されているのだろうと、予想がついた。


「ほんと、何人とこんなことしてるの。信じられない。あれが、なんでモテるの?」


 遥もぷりぷりと怒る。

 だが、なんだかんだ言っても、二人はデジカメから目を離さない。

 撫子のバスタオルが赤く染まるのしか見えないのは、実につまらない。


「あのさ、オレも見たいんだけど。こんなことしてるって場面っていったい?」


「「ダメ!」」


 二人に怒鳴られてしまった。

 まぁいい。銀河が抱いてきた女の裸を見えずとも、生身でエロいものが目の前にあるではないか。

 遥の薄着は最高だ。オカズになる。

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