2016年【隼人】29 理性から野性へ

「まだ、話は終わってないぞ隼人。ほら、遥で童貞喪失とか、お前にとっては最高の思い出だろ。それに、体の相性がよかったら、二回、三回とチャンスは広がる。むしろ、俺はそれでセフレになった女がごまんといる。考えれば考えるほど、どうなってもいいことしかないじゃないか」


「だから、その一回目で断られて、嫌われたらどうすりゃいいんだよ」


「馬鹿だな、それでも問題ないんだよ。嫌いになれないんなら、嫌われちまうほうがいい。そのほうがウダウダと考えずにすむだろ? 最初にも言っただろ。この方法だったら、遥を嫌いになる必要はどこにもない」


 銀河の言い分が理解できてきた。

 いまの状態が続いて苦しむよりも、嫌われるほうがマシ。

 だが、理解と納得は別物だ。


「やだ」

 と、隼人が言うと、すぐにみやむも「みゃあ」と鳴く。


 こいつとは、意見が合うようだ。

 去勢される前に、いいメス猫を見つけてくれと祈る。


「ほら、みやむもそれだけはやめておけって意見をくれてるだろ」


「猫がそんな理由で鳴くわけないだろ。馬鹿か、お前」


「うっせぇな。とにかく、やだ。オレが遥を嫌いになるのは、百歩譲って仕方ないとしても、遥から嫌われるのは耐えられない」


「じゃあ、どうしようもないな。家に帰ってオナニーして寝ろ」


「ああ、そうするよ」


 石階段から立ち上がる。

 みやむを地面に置くと、寂しそうに足にしがみついてくる。


「じゃあな、みやむ。はやく朱美ちゃんのとこに帰ってやれよ」


 朱美という名前は、みやむにとっては特別なのだろう。

 名残惜しそうな態度が嘘だったように、久我家へと飛ぶように帰っていく。凄まじい速度で家の中に入っていった。


「じゃあな、銀河。オレも腹減ったし、帰るよ」


「ちょっと待て。最後にひとついいか?」


「なに?」


「お前さ、遥をズリネタにしたことある?」


「ねぇよ。そういうのって、なんか遥に申し訳ないだろ。抜いた後の悟り状態で、自分の最低な行為を悔いるのが目に見えてるしな」


「だったら、ちょうどいい。遥で抜きまくれ。遥を嫌いになれなくても、自分のことは嫌いになれるだろ? 遥の好きな自分のことを嫌いになったら、遥のこともあるいは」


「たしかに、それならできそうだな。ハードルも低いし」


 そもそも、遥の前でカッコつけるから隼人はまともなのだ。

 あいつの目の届かないところだと、弱虫でヘタレで卑屈、単なる最低な存在になるだろうと思っているぐらいだ。


「言っとくが、遥のズリネタ写真はないからな。あいつには、お前がつきっきりで、そういうシャッターチャンスがなかったんだ」


「他の女ならあるのかよ」


「あるに決まってるだろ」


「おまえ、捕まるなよ」


「当たり前だろ。俺が捕まったら、悲しむ女が大勢いるからな」


 これがあながち嘘ではないのだ。同じ男として歯を食いしばるほど悔しい。


「そうだ。いま、チャンスなんじゃないか? 俺が家にいるときは、遥は隼人のとこで風呂に入ってるはずだろ?」


 銀河の覗きを警戒して浅倉家に逃げている。

 という話を遥本人から聞いたことがある。遥が来ると一緒に風呂に入れるからと、撫子も喜んでいる。


 隼人が撫子以上に喜んでいるのは、悟られていないはずだ。

 風呂上がりの無防備な遥を堪能できるし、風呂前と風呂後の匂いのちがいを楽しめるのは至福の時間だ。


 理性を解き放ち、野性に身をあずければ、もっといろんなことができる。

 たとえば、入浴や脱衣を覗ける。脱ぎたての下着の匂いを嗅ぐことだってできるのだ。

 まだ、そこまで踏み込んだことはない。

 想像しただけで、勃起したのは、いまが初めてではないのだが。


「ちょっくら行ってくる」


「カメラ貸すぞ。お前の最高のエロビデオを作ってこい」


 銀河はどこからともなくデジカメを取り出していた。

 差し出されたカメラを隼人は受け取る。


「撮影しても、データのバックアップとってから、すぐに消すからな」


「好きにしろ。ただし、カメラを壊すなよ。彼女の一人に買ってもらったものだからな。壊したら弁償しろよ」


 返事をしている時間も惜しい。急がねば、チャンスを逃す。

 エロのために、全力を尽くすのだ。

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