2016年【隼人】21 ばかでかい夢が現実をむしばむ

 いきなりのことに、頭の中が真っ白になる。

 お米よりも、精子よりも白い。


 判断能力の回復よりも先に、感覚が理解する。

 息苦しさを覚えた。

 動悸をおさえるべく、自らを落ち着かせる。


 当然のことではないか。

 これだけ可愛いのだから、告白されるのも当たり前だ。


「あんなの初めてだったから、すぐには返事できなくて。どうしようかで悩んでるの」


 初めてといったか。

 聞き間違いでないならば、見る目がない奴らばかりだ。

 もっとも、一番そばにいて、告白していないのが他でもない隼人なのだ。

 あんなの初めてと頬を赤らめながら言わせるチャンスは、誰よりもあったはずなのに。


「ごめんね、こんな話しちゃって。黙り込んじゃうよね」


 悩みを抱える遥の力になってこそ、浅倉隼人のはずだ。黙っていても、流れ星のように消えることはできない。

 ならば、活路を見出すべく、口を開け。


「相手は誰なんだ?」


「倉田先輩。生徒会長の」


「おま、あんなハイスペックな男から」


 部活風景を覗き見したことで、仲の良さは知っていたつもりだ。

 でも、まさか好意を持って狙われていたなんて。


「そうなの。ハイスペック、完璧じゃん。だから、騙されてるんじゃないのかって、疑ってるの。なんかの罰ゲームで声かけてきただけじゃないのかとか。告白に対してなにか答えたら馬鹿にされるかもしれないよね」


「落ち着け、落ち着け。そういうことしてる時点で、完璧な男じゃないだろ。聞きかじった情報だけど、会長はそんな最低なことする男じゃないはずだ」


「だとしたら、やっぱり無理。釣り合うわけないし」


「そうだな」


「だよね。でも、隼人に即答されるのは傷ついたかも」


 三角座りになって俯く様子を見て、遥が勘違いしているのだと気づいた。


「まてまて、逆だ逆。遥の良さは、オレが誰よりも知ってるだろ。はっきり言うぞ、お前は倉田が足元に及ばないぐらいに魅力的だ。だから、倉田をもってしても勿体ない、釣り合わないっていうのを言いたかったんだ」


 むしろ、釣り合う男は、いま横にいるんだ。気づいたらどうだ?


 心の中で思うだけでも恥ずかしい。

 口に出すのなんて、無理だ。


「隼人はさ、あたしが恋人を作るのに抵抗とかないの?」


「そりゃまぁ、先を越された感じで悔しいよ。けど、遥には誰よりも幸せになってもらいいたいからな」


 混じりっけのない純粋な本音だ。

 自分の中での遥に対する恥ずかしいセリフの線引きは、実に曖昧なようだ。


「あたしは、いまみたいに隼人とこうやってバカするので十分幸せなんだよ」


 おそらく遥も後のことなど考えずに素直に言ってくれたに違いない。

 真剣には真剣がかえってくると信じたい。


 連鎖的に表も裏もない会話は転がっていくはずだ。

 お互いの生きた言葉だけが、生み出されていく。


「でもいまみたいな状況は、ずっと続かねぇよ。オレらがいくら仲良かってもさ、クラス違うようになったら喋らなくなる可能性もあるだろ」


「なんで、そんな否定的なの。隼人は、あたしと遊ぶのがいやなの?」


「いやじゃねぇよ、楽しいよ。でも、このままじゃ駄目なんだって、今日気づいたんだ」


 もしかしたら、今日の放課後に部長と出会わなければ、こんなことを考えなかったかもしれない。


「駄目って、どういうこと?」


「オレにはUMAを捕まえるって夢がある。生半可な覚悟じゃ叶わないって、今日あらためて気づいたからさ」


 部長には言えなかったことだ。

 遥にならばいとも簡単にきいてもらえる。


「久しぶりにきいた。昔は、そうやって励ましてくれてたね。オレが捕まえるから。遥は嘘つきじゃないって、証明するからって。あのときの隼人って本当にさ、隼人は本当に」


 隼人、隼人と名前を呼びながら遥は笑顔になっていく。

 そんな態度をとられたら、照れてしまう。


「そんな何年も前のことでもないだろ。遥がUMA見たのって、たしか三年前のはずだ」


「たった三年で、こんな昔のことみたいに思うもんなんだ。これだと、大人になったら、きっと忘れてる。そんなことが、隼人のばかでかい夢の欠片になってるんだね」


 どのような思いを胸に秘めているのか、遥は口を真一文字にとじた。

 まるで涙をじっとこらえているようだ。悔しそうに笑ったと思ったら、急に落ち着き払う。

 複雑な感情が渦巻いた先で、遥は選ぶ。


 隼人から手を離した。


「やっぱり、見なければ良かった。あれのせいで、ケチがつきまくりよ。ようやくいじめられなくなったと思ったのに。ムカつく。本当に悔しい」


「オレも、いままではUMAを憎んでたから、遥の怒りはわかるよ」

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