2016年【隼人】20 広大な宇宙で手を繋ぐ

 隼人は自転車を漕いで、夜道を進んでいく。

 カゴにはレンタルビデオ屋の袋が入っている。旧作の洋画を何本か借りたので、返却日は一週間後だ。


 荷台に乗っている遥も、今日レンタルした作品を以前から見たいと思っていたらしい。

 帰ってすぐにでも鑑賞会と洒落込みたい。だが、夏の暑さに阻まれてしまいそうだ。


「あー、暑っいね。あたしもだけど、隼人も汗がやばいわよ」


 この熱帯夜にも関わらず、虫たちは元気に鳴いている。


「帰ったら、シャワーあびねぇとな。そうだ。一緒に風呂入るか?」


 バシ。

 背中を一発叩かれる。別に痛くはない。

 抗議のつもりなのだろうか、可愛い。


「あ、そうだ。あたし、ナデナデと一緒に入ろっかな」


「背中流すぞ。オレのほうは別に洗わなくてもいい。遠慮しなくていいぞ」


 バシバシバシ。

 連続で背中を叩かれる。


「痛くねぇけど、やめてくれ。運転中なんだぞ。邪魔したら遥も危ないから」


「あんたが、悪いんでしょ。ばかばかばか」


 バシバシバシバシバシバシ。

 いい加減、しつこい。


「いや、こけるから。マジでやばいから」


「大丈夫でしょ。隼人のドラテクを信頼してるんだからね。あんたなら大丈夫!」


 遥が隼人をその気にさせる。次の瞬間に、疾風が吹いた。


「あ、まずい」


「え、ちょっと」


 風の抵抗を真横に受けて、自転車のバランスが崩れる。

 自分ひとりならばこのまま道を逸れて、草むらに突っ込んでいただろう。

 だが、遥を守るためにも両腕に力をこめる。


 火事場のクソ力。豪腕でハンドルを操作する。神経を研ぎ澄ませ。

 いま、自転車は絶妙なバランスで走っている。

 集中!


 遥が背中にしがみついてきた。

 密着されると、頭の中がエロいことでいっぱいになる。

 最後の最後で、遥の存在が仇となった。


 斜面を急降下。

 自転車から投げ出される。

 遥を背負うような形で草の上に転がり落ちる。


「ごめん。運転の邪魔しちゃったせいで」


 こういうとき、遥は自らに非を覚える。

 いじめられてきた影響だろうが、卑屈すぎる。


「しかも、あたしをかばって変な風に落ちたよね。大丈夫? 怪我してない?」


 矢継ぎ早な質問にどきりとした。

 遥をかばうように落下したのは、結果的にそうなったというだけだ。

 背中にあたる遥のスポーツブラの感触を堪能すべく体を動かしたのが功を奏した。

 でも、正直に白状できるような雰囲気ではない。というか、いまも遥の控えめな乳は、隼人に押し付けられているではないか。


 これ以上、密着しているのは申し訳ない。

 向き合って話すべく、草の上に座る。

 月明かりでも遥の不安げな表情がみてとれた。


「ホントだぞ、遥。これは、オレじゃなきゃ死んでたからな」


「実際、すぐそこ川だもんね。ごめん」


 本当だ。

 萬守湖にまで続いている川が、すぐそこにある。


「あれ? あんまりギャグになってねぇな」


「隼人は、怪我してないの? 大丈夫?」


「多分、大丈夫だ。体が受身を覚えてたのかもしんねぇな」


「弾丸さんに感謝だね」


「あんなクソ親父に感謝することはねぇ」


 ふふふと笑みをこぼしていた遥の目が、猫のように丸くなる。


「どうかしたか?」


 隼人がたずねても、遥は遠くを見ているだけだ。


「こっち来て」


「上等ォ」


 返事をして、遥に覆いかぶさった。

 冗談のつもりだったが、そのまま草の上に押し倒してしまう。


「ちょっと、なに考えてるの。邪魔、邪魔」


 押しのけられて、隼人はごろんと草の上に転がる。

 仰向けに倒れたことで、夜空が真正面に広がる。


「おおっ」


 すごく綺麗な星空に、口は半開きのまま閉まらない。

 眼前には、電線や建物といった人工物はおろか、木々などの自然の物もない。


 視界全てが夜空。

 吸い込まれそうな感覚になる。

 空にまるで落ちていくような気分だ。宇宙を旅しているような錯覚に陥る。

 虫の鳴き声が、反響する。

 その音が宇宙の鼓動のように思えてきた。


 壮大な空間だが、自分ひとりだけの世界ではない。

 手を伸ばすと、遥の手とぶつかる。

 宇宙空間で偶然再会したかのように、手と手を固く握り合う。


 遥の柔らかい手の感触は、なんとも心強い。

 この広大な世界に自分以外の生物がいる証明だ。そもそも、どんなときだって、遥は傍にいる。

 いまみたいに、触れることが簡単にできる。


「あ、流れ星」


 遥が呟き終えたころには、夜空を横切った星は消えた。


「おー、久しぶりに見た。前も遥といたときに見たな。てか、お前と一緒のときにしか拝んだことねぇな」


 常々思っているのだが、遥は強運だ。

 流れ星はおろか、UMAと呼ばれる存在だって見るぐらいだから、当然といえば当然だ。


「でもさ、目にした瞬間に願い事いっても三回いう前に消えちゃうよね。だから、しょっちゅう見ても意味はないよ」


 そんな頻繁に見ているとは、稲妻鳥見神社の正当な巫女というのは伊達ではない。神が強運を与えているのだろう。


「てか、なんだ? 流れ星に願うような叶えたいことあるんだな?」


「んー、願いというよりも、悩みかな」


「悩みなら、オレに相談しろよ」


「それが、人の話をきく態度とは思えないしね」


 草の上で大の字になり、空を眺めているのを咎められた。

 遥と手を繋いだまま、草の上に座る。遥はすでに隼人のほうを向いていた。


「さぁ、言え。任せろ。三回どころか解決するまできいてやるから」


 思わず隼人が大見得切るほどに、いまの儚げな遥は綺麗だ。

 世界一とは言わなくとも、男ならば力にならねばという思いにかられる。


「今日ね、告白されたの」

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