2016年【隼人】19 下ネタ嫌いの妹の横で

「ね、隼人さぁ」


「先に白状しとく。多分、そっちはお前が使ってたコップだ。入れ替えようと思ったけど、失敗に終わったはずだから」


「そんなことは、気にしてないんだけど」


「ドギマギしてたのは、オレだけか。上等ォじゃねぇか」


 だったら、意図的に入れ替えておけばよかったと後悔した。


「で、なんだよ?」


「ナデナデ起きるまで、うちにいるでしょ?」


「そのつもりだけど。そだな。ビデオでも借りに行くか?」


「でも、起きた時に隼人がいなかったら、絶対のぜーったいにナデナデ怒るよ」


 ほんの数ヶ月前まで、撫子は隼人と一緒に風呂に入っていたほどの甘えん坊だ。

 昔は添い寝することも多かった。

 その経験から、撫子の眠りの深さは簡単に判断できるようになっていた。


 撫子の鼻をつまんでみる。

 口呼吸に切り替えて、眠っている。

 鼻から指を離し、迷惑をかけた代わりとして頭を撫でてやる。


「このリアクションだと、しばらく起きない。放置してても大丈夫だ」


「それで起きないのは、大丈夫じゃないでしょ。こんな可愛い子が熟睡したら、なかなか起きませんって、寝込み襲われてもおかしくないわよ」


「そんな奴がいたら、半殺しだ」


「いや、隼人がしなくても、目覚めたあとのナデナデが全殺しするでしょ」


 運動神経の面に置いて、兄でありながら、男でありながら、隼人は撫子に劣っている。

 幼少期についた差が、極めて大きいとは、父の弁だ。

 古武術の師範だった父親の稽古をサボり、遥と遊びまくった隼人と、鍛えられた撫子。

 隼人は受身などの基本的な防御の型を覚えただけ、一方の撫子は殺人芸術の基礎技術を覚えている。


「こんな可愛い顔のくせして、百キロこえる男を軽々と投げ飛ばすもんな」


「告白してくる連中で、その事実を知ってるのが何人いたんだろうね」


「ちょっと待て、遥。告白っていったか? 撫子にか?」


「中学に入ってから、モテモテになったみたいよ。ほら、中学進学したら別の小学校の子も合流する訳じゃん。あたしがイジメられてたとか知らない子が増えたみたいに、ナデナデが圧倒的な力を持ってるとか知らないんだろうね」


「なるほどな。ルックスで寄ってきた連中が多いってのか。けど、なんかムカつくな。よし、決めた。今日は、撫子と一緒に風呂入ろう」


「おい、変態。隼人が言ったら、笑えん。やめなさいよね」


 冗談なのに、そんな睨まないでほしい。

 こういうとき、遥は撫子のことを実の妹のように気遣い、守ろうとしてくれる。


「ところで、撫子は冷静な判断ができてるんだろうな? 変な奴に引っかかりそうではないよな?」


「大丈夫だと思うよ。そもそも男子と喋るのが苦手みたいだから」


「ばかやろう。そんなウブさがたまらん奴もいるんだぞ」


「落ち着きなさい。だいたいナデナデの好みって先生から呼び出しくらっても、無視するような男だからね」


「なんだ、そのヤンキーは? お兄ちゃんは許さんぞ」


「いや、隼人のことをいったつもりなんだけど」


「オレ?」


「今日、職員室に行ってないんでしょ? 不良連中は集まってきたのに、隼人だけいなかったって噂になってたよ」


「ああ、そういやそうか。んなこともあったな」


「気をつかって、とぼけてくれてるの?」


 部長との会話のせいで、職員室に呼び出されていたことをすっかり忘れていただけだ。

 そんなこととは露知らず、遥は申し訳なさそうな顔になっている。


「元はといえば、あたしがお祭りでクズに喧嘩売ったせいだもんね。なのに、辛い目にあってるのは隼人で。本当にごめん」


 先生に呼び出された責任までもが、自分にあると思い込み、遥は卑屈になっている。

 ちがうと言っても、言葉だけでは納得しない。こういうときの遥は、ネガティブなことに関して頑固になる。


 ならば、話題を変える。

 楽しいことを考えさせればいいのだ。


「よし、お笑いだな」


「なにが?」


「このあと、借りるビデオのことだ。ほら、行くぞ」


 言うが早いか、隼人は立ち上がる。だが、まだ遥の腰はまだ重い。


「行かないんなら、しょうがねぇ。だったら、オレのとっておきの親父ギャグをきけ」


「いや、いいから。ビデオ借りにいこうよ」


「コタツでちんコタツ! マンコは何万個! マンゲの多さを自慢げ!」


 遥は眉一つ動かさずに立ち上がる。


「ナデナデに聞かれたら、あんたぶっ飛ばされるわよ。この子、下ネタ嫌いなんだからね」


「それもそうだな」


 でも、遥には笑ってほしいのだ。

 実力行使でも構わない。

 すかさず遥の背後にまわり、腹や脇をくすぐる。最終的には、スポーツブラの感触を堪能する。


「ははは、ちょっと、やめ。ははは、どさくさに紛れて揉むな。ばか、ははは」


 お笑いビデオに頼らずとも、どうにかできた。

 ならば、他のジャンルの作品を借りるのもありか。


 ビンタをくらいながらも、隼人は満足だった。

 仮に今日死んだとしたら、膨らんでいない胸の感触は、走馬灯となるだろう。

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