2016年【隼人】17 それぞれの青い春

 望遠レンズがなくなっても、陸上部の練習風景は鮮明に見える。


 UMAとちがって、簡単に遥は発見できる。


 ジャージ姿の遥は、タオルで汗を拭いている。

 その横に、隼人の妹の撫子もいた。

 撫子は、遥を実の姉のように慕っている。


「大人になって二人が結婚したら、本当のほ姉ちゃんになるんだね」とは、小さい頃の撫子の口癖だ。


 浅倉遥。

 頭の中で字の並びを考えてみた。

 実にしっくりくる。


 そんな風に思ったすぐあとに、自らのバカさ加減に吐き気をもよおす。

 なにをしているのだろう。

 幼なじみと妹が、汗を流して部活動に励んでいるというのに。

 帰宅部のくせして学校に残って、時間つぶしに覗き見している。


 人生を無駄にしている放課後だ。

 その真逆に位置するであろう健全で輝いている中学生が、このタイミングで遥に近づいていた。

 爽やかな笑顔を浮かべて、幼なじみと妹に話しかけている。


「なんだよ、あれ?」


「どうしたの? UMAがいた?」


「あ、いえ。倉田和仁がいました」


 隼人はカメラから顔を上げる。

 すると、呆れた表情でこちらをみつめている部長と目が合った。

 隼人にならうようにして、部長もグラウンドをスコープで眺める。


「ああ、なるほど。『親しくしやがって、クソ野郎が。オレの遥と馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ』ってところね」


 ご名答。

 部長に表情を悟られないためにも、隼人はカメラを覗く。これでも、耳まで赤くなっているだろうから、恥ずかしさは隠しきれない。

 遥は困ったように、けれども笑いながら倉田と話している。


「知ってるでしょうけど、彼は人気者よ。文武両道で、正義感も強い。おしまれながらも任期を終えて引退する生徒会長様」


 さらに重要なのが、イケメンというところだ。

 アイドルのような顔だちをしている。


 不公平だ。

 いままで隼人を何千枚も撮影してきた遥が、奇跡の一枚を選んだとしても、自然体の倉田のほうが男前だろう。

 となると、いま倉田を盗撮したら、その写真が女子に売れそうだ。ムカつくから撮らないけれど。


「完璧すぎますよね。弱点ないと、同じ男としてやってらんねぇっすよ」


「総合的に能力が高いけど、倉田会長も何もかも一番という訳ではないからね。学力テストで一番をとったことはないはずだし」


「へー、バカなんですか?」


「そんな訳ないでしょ。ただ、私がいるから永遠の二番手ってだけよ」


 自慢するでもなく、部長は平然と言ってのけた。


「もしかして、部長が阻んでるんですか?」


「そう呼べと言ったのは私だけど、実際に部長って呼ばれたらムズ痒いものね」


 そう言えば、声に出して『部長』と呼んだのは、いまのが初めてだったか。

 変な会話の間がうまれる。


 隼人は横目で部長の姿を確認する。

 別段、変わった様子はないので、思ったことを口にする。


「でも、なんかしっくりきましたけどね。自然と呼べた感じがしますし」


 部長と呼ぶのは、隼人にとってはちょうどいい距離感なのかもしれない。

 先輩と呼ぶよりも、部長と呼んだほうが、仲がいいように感じる。

 部長が綺麗だから、距離感が近いのは、男としては嬉しい限りだ。


「そういや、部長って何部の部長からきてるんですか?」


「セイブツ部からよ」


 言われてもピンとこなかった。

 帰宅部だから、うちの中学にどんな部活動があるのか全部を知っている訳ではないのだ。入りたいと思う部活が無かったのだけは、わかっている。


「イメージですけど、解剖とか、そういうのやってるんですか? あれ。でも、理科室を部室代わりにしてる部活はないはずだし。でも、部長は白衣とか似合いそうですよね」


 部長に漂う雰囲気は、白衣を着ている研究者のそれに近い。

 いまの制服姿よりも、白衣を羽織っているほうが、しっくりくる。冷静沈着なイメージもあるからだろうか。


「そうね。UMAを捕まえたら、解剖してみたいわね」


「冗談ですよね?」


「なんで、そう思うの? 本気だったら、都合が悪いのかしら?」


「そうじゃなくて、UMAを捕まえるって言いましたか? そんな部活動がないのだけは、知ってますからね」


「つまり、それを目的とする部活があるのならば、帰宅部を選んでいないと?」


「そういう訳ではないですけど」


「ちがうんだ。もし、そうなら朗報があるのに」


「朗報?」


「うちの中学にはなくても、岩田屋高校には、あなたが求める部活があったのよ。本気でUMAがいると、信じて疑わなかった男が部長を務めていたセイブツ部が」


 心がざわつく。

 いまの隼人は、UMAをいると信じて疑っていなかったとしても、口に出すことすらできない。

 口にするのがはばかれることに、青春をかけた男がいたというのか。


「いまは、廃部になってるんだけどね。でも、私は進学したら復活させるつもりよ」


「部活を復活って、大変なんじゃないんですか?」


「だとしても、UMAを捕まえるよりも簡単なことでしょ?」


 比較対象がおかしい。

 結論だけをいえば、どちらも難しいことだだろう。なのに、困難を言い訳にせず挑もうとしている。


 こういう人はすごい。

 近くにいると、自分が矮小に思えてくる。だからといって、相手をさげすんで心のバランスをとるのはいやだ。

 逃げるように離れていくのもしたくなかった。そんなことをするよりも、相手を認めることのほうが自分のためにもなる。


「自信満々で、すごいですね。UMAを捕まえられるって、疑ってないみたいですよ」


「疑ってる時間が勿体ないでしょ。少しでも可能性を上げるために、いまのうちにやれることをやるのが重要。それだけやっても、UMAが関係することに絶対はないんだから」


 立派な言葉に心が痛む。

 なにもしていない自分がいやになるほどに。


 叶えたい夢を口にすることさえも出来ないのが、いまの隼人だ。

 部長に比べたら、無為に日々を過ごし、青春時代を浪費しているに過ぎない。


 それでも、隼人は青春を生きている。

 自らの夢を語れない弱さに溺れながらも、満たしてくれるものがあるので、悪くはない青い春だ。

 毎日楽しくやっていられるのは、間違いなく彼女のおかげ。


 いままさに、カメラが捉えているのは、UMAよりも希少な存在。

 思わず撮影してしまった。


「なに盗撮してるのよ?」


「すいません。あまりにも遥が可愛くて、つい」


 可愛い被写体が笑顔を向けている相手は、倉田和仁だ。

 なんだかもやもやする。


 家に帰って、チャンスがあれば遥にセクハラしようと決めた。

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