2016年【隼人】16 自らの夢を語れない弱さ
小学生時代に、遥は飛行する巨大な鳥を見たそうだ。
隼人が本で調べたところ、その特徴から『サンダーバード』と言い伝えられているUMAではないかと目星をつけた。
隼人は遥のいうことを無条件で信じた。
当然のことだ。
でも、他の連中にとっての普通ではなかった。
証拠がないものに、クラスのマドンナやガキ大将は厳しい判断をくだした。
遥に嘘つきというレッテルを貼り、イジメがはじまったのだ。
「要は証拠があればいいってことよね。だったら、抜かりはないわ。望遠レンズは伊達じゃないからね」
部長が持っている一眼レフカメラには、大きなレンズが取り付けられている。隼人がカメラに注目していると、それを手渡される。
「見てみなさい。このカメラがあれば、証拠写真も撮影可能だから」
カメラの撮影画面を確認する。
湖が鮮明にうつっている。
カメラを左右に振ると、花見客が訪れる桜の木々がうつる。ところどこにベンチがあるのだが、そのどこにも座っているものはいなかった。
「知ってるかしら? 二十三年前にネッシーの死体が世に出て、UMAがUMAでなくなって以降、ある会社ではカメラを独自に進化させているという話を」
「未知なる生物を捉えるために、特化したってことですか。ロマンがありますね。今日、遥に教えてみようかな」
興奮のあまり、生の感情が言葉となっていた。
再びカメラを湖に向けてみる。
どうせなら、遥との会話の種は多い方がいい。
だから、なにか面白いものが見えてほしい。湖のボートでいちゃついているカップルとかいないのか。
いればすぐにでも激写してみせる。
シャッターボタンは指にかけているぞ。
湖にも疾風が吹いているようだ。水面が揺れて波紋が広がっている。
波紋の中心を探すようにカメラを動かしていく。
その中心には、首の長い生き物が顔を出していた。
頭がフリーズする。
何度も見たことのある『外科医の写真』と同じ構図だった。
いまなら言えるかもしれない。
あの写真は捏造ではなく、真実だったのだと。
そんなことを考えている間に、湖面にひょっこりと出ていた頭は水の中に消えていた。
しまったと思って、シャッターを押す。
慌てて行動を起こしても、もう遅い。
静かになった湖しかうつらない。
「どうかしたの? もしかして、UMAでも見たのかしら?」
「いえ、なにも」
証拠がないので、嘘をついた。
証拠を用意できなかったのは、ほかでもない自分の責任だ。
こんな奴が、カメラを持っていてはいけない。
「カメラ返しますね」
「まだいいわよ。私はライフルスコープで湖を見てるから」
「ライフルのスコープなんですか? へー」
「むちゃくちゃ、反応が薄いわね。本当はなにか見たでしょ。どれどれ」
そういって、部長はスコープを使って湖を見張る。
「んー、なにもいないわね。あ。まだ屋上に留まるつもりならば、あなたも探すのを手伝ってね」
「そこまでいうなら、仕方ないですね。暇ですし、手伝います」
言い終える前から、隼人はカメラにかじりついていた。
本当は、もう一度見つけたかった。だから、願ってもない申し出だ。
ありがたい。
でも、その喜びすら素直に伝えられない。なにが、暇だからだ。カッコつけてるのが、最高にダサい。
恥ずかしい。
くそ。
本当に情けない。
なによりも最悪なのは、自らの夢を語れない弱さだ。
恥ずかしくて口にできないのならば、二流にすらなれない。
バカげた夢だと、否定されるのがこわい。
ならば、他人に叩かれないようにして、地道に見えないところで努力するべきだ。
だから、叶えてから言葉にしてやる。
実は、こういった夢だったのだと。
その足がかりとして、もう一度見つけてみせる。
さっき見た水棲UMAを!
焦っていると、カメラを触る手つきが雑になる。
もっとズームアップできないのか。
いや、むしろ引きにして、湖の全体を見るべきか。ガチャガチャとカメラを触っていく。
望遠レンズが外れた。
雑な手つきの代償だ。腹の底が痛くなるほど冷えた。
もしかして壊してしまったのか。
弁償しなければならないのか。
そんな金があったら、遥に新しいカメラをプレゼントしている。
ちくしょうめ。なんで、こんなことに。なんでだ。
素直に謝れば、許してもらえるかもしれない。
そもそも、壊れているとは限らない。
よし、頭を下げよう。
そう思って、部長に声をかけようとしたが、できなかった。
彼女はスコープを握って、自分の世界に入り込んでいる。
いま、隼人の運は落ち目だ。
声をかけてしまった瞬間に、部長が見るはずだったUMAを隼人のせいで見逃すことも有り得る。
気を使い出すと暇になる。
ボケっとしているのも時間の無駄だ。
人生において、意味のあることをすべきだ。
一番有意義な時間の使い方を思いついて、グラウンドにカメラを向ける。
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