2016年【隼人】15 夢の日の1993

「萬守湖の都市伝説を紐解くならば『ロッホ・ネス・モンスター』のことを知らないと話にならないわけですけれど」


「ろっほねす。たしか、海外でのネッシーの呼び名でしたっけ」


 感心したような笑みを浮かべ、部長は饒舌となっていく。


「ネス湖における怪物目撃は、紀元五六五年に記された『聖コロンバ伝』に見られる、水棲獣が人間を襲撃する絵とされている。

 同様の記録は時代を下った一五〇〇年から一七〇〇年にかけての文献でも見ることができ、謎の怪物が長期間にわたって、定期的に目撃されていたことがわかるわ」


 まるでUMAを特集した本の内容を読み聞かせてくれているようだ。

 部長の口からはネッシーに関する情報がすらすらと出てくる。


「一九三三年にネス湖の西岸に国道ができたことにより、その目撃情報は増加したわ。やがて、世論は百万の目撃報告よりも、一枚の証拠写真を求め始めた。

 そして、一九三四年の四月にもっとも有名なネッシーの写真が撮影された。それこそが」


「『外科医の写真』ですね」


 カラオケでサビを奪い取るような感じで、隼人が断言した。


「詳しいのなら、続けてもらえるかしら」


 部長ほど流暢に説明できるとは思えないが、美味しいところを奪った以上は黙っている訳にはいかない。


「えっと『外科医の写真』は、その真偽をめぐって、物議をかもしてきた。とりわけネッシーの大きさが問題で。えーっと、それで、なんだ。

 トリミングしてない写真と、頭の部分を撮った写真が公開されたことで、疑惑は深まっていった。そして、一九九三年、当時の関係者が死の直前になって、あの写真がフェイクだと告白した。

 たしか、潜水艦の模型を使ったものでしたっけ」


「正解。やるわね」


「いや、それほどでも」


「やっぱり、UMAに興味あるでしょ?」


「そんなことはありません」


「そうなの」


「でも、まだ色々とお話してくれるのでしたら、おねがいします」


 素直じゃない隼人の態度に、部長は苦笑いを浮かべる。


「えーっと、どこまで話したかしら。そう。あの捏造写真発覚から一ヶ月もたたないタイミングで、ネッシーの死体が国道に放置されていたのよ」


 何者かに捕獲されたとみられるネッシーは、息の根を止められた姿で国道で発見された。

 国内外の研究施設に死体の欠片は輸送され、ネス湖周辺の街は更なる発展を遂げることとなった。

 いまでも、ネットで簡単に調べられる有名な事件だ。


 メディアは面白がり、当時のニュース番組はネッシーで持ち切りとなった。

 日本のテレビ番組では、各社でUMA関連の特番が放送された。


 ほどなくして、日本ではUMAブームとなった。

 UMAを題材にした創作物は爆発的に増えた。

 その流れで、日本各地ではUMAに関係する都市伝説がうまれていく。まちおこしに利用した市町村もあったのだが、それらはゆるキャラブームが来たことにより、そっちに乗り換えられたようだ。


 いまではブームも下火となってきた。

 あれだけたくさんあったテレビ番組も『UMA探検隊』ぐらいしかレギュラー放送として残っていないことからも、言わずもがなだ。


 なんにせよ、あのネッシー騒動には、いまだ不明なことも多い。


 あのタイミングでの死体放置事件のせいで『外科医の写真』にも疑惑が残っている。

 何らかの圧力がかけられて捏造だという告白を強いられたのではないかとも言われている。


「さて。ネッシーの話は、これぐらいでいいとして、萬守湖の話に戻るわ。あなたが言ったように、水質は淡水でネス湖と共通している。

 全長は一二・六八キロ。幅の平均は〇・五三キロ。水深はおおよそ二〇メートル。湖底水温は六から一三度。

 これはね、水深以外はほぼネス湖の三分の一のサイズとなっているの。このミニチュアのような湖は、国内では岩田屋町にしかないとされている」


 あまりの情報の多さに、隼人は圧倒されてしまう。

 隼人の口が半開きにでもなっていたのか、部長は説明を中断する。不完全燃焼に終わったのが不満なのか、自分のポニーテールを指にくるくると巻きつける。


「まぁ、いいわ。私の話に付き合ってくれたおかげで、あの湖に関して詳しくなったはずよね」


「それは否定しません。知ってる情報もあったけど、復習できた感じもしますし」


「なら、素直な意見をきかせてもらえるかしら?」


 屋上に風が走り抜ける。

 周辺には、学校よりも高い建物がないから、吹き抜ける風は力強い。


 金髪とスカートを揺らしながらも、部長は疾風に負けない強い表情となる。


「あの湖には、ネッシーみたいな水棲UMAがいると思う?」


 タイミングよく風が止まる。

 これでは、どんな小さい声で答えを返しても、聞き取られてしまいそうだ。


「さぁ、どうでしょうね」


 いると思っている。だが、言葉にはできなかった。


「じゃあ、質問を変えるわ。いてほしいと思う?」


「わかりません」


 隼人は臆病風に吹かれた。

 岩田屋町にUMAがいてほしいのに、自分の気持ちを素直に言えなかった。


「じゃあ、これが最後の質問。私がUMAを発見したら、教えてほしいかしら?」


「言わないほうがいいですよ。嘘つき呼ばわりされるのが、関の山でしょうから」

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