2016年【隼人】13 BOY・ミーツ・女部長

 屋上は立入禁止。


 それは、間違いないようだ。

 そうでなければ、柵がないことに説明がつかない。

 初めて訪れた屋上をウロウロしていると、隼人の足元から校内放送が流れる。


『二年三組の浅倉隼人、すぐに職員室に来るように』


 消火器の一件で呼び出されたに決まっている。

 怒られるために行くわけがないだろう。


「呼び出されてるわね」


「はい、ごめんなさい」


「なんで、謝るのよ」


「いえ、なんとなく」


 屋上には先客がいた。

 誰かの縄張りに入り込んでいるのだと感覚で理解し、反射的に口から出たのが謝罪の言葉だった。


 先客は女性だ。

 双眼鏡ではなく単眼鏡で、遠くを眺めている。単眼鏡を覗いていないほうの目を閉じたままで、よく隼人に気づいたなと感心する。


 それにしても、綺麗な金髪だ。

 彼女の髪こそが、金。

 三井の髪は黄色い小便。

 ファッションというよりも、地毛なのだろう。漂う雰囲気が不良とはちがいすぎる。


 そういえば、金髪の女の子が同じ小学校にいた。

 ほとんど登校していなかったので、実際に見たことはない。ハーフだか、クウォーターだかで、学年は一つ上。

 ここまで思い出しても、名前は出てこない。


 歯がゆい。

 特徴だけは言えても、UMAの名前が思い出せない感覚に近い。


「行かないのかしら? 浅倉隼人って、あなたのことでしょ?」


「オレのこと、知ってるんですか?」


「田舎の学校なんだし、よくも悪くも目立つ人の名前ぐらいは知ってるものじゃないかしら?」


 決して単眼鏡から目を外さずに、彼女は淡々とした口調で答えてくれた。


「てことは、記憶力の問題ですかね。オレも先輩のことを知ってるはずなのに、名前がでてきませんから」


「あら、残念ね。話したこともあるのに」


 双眼鏡に隠れていた顔があらわになる。

 綺麗な二重だ。

 目元に黒線が入っていて、それがとれたら不細工という素人物のAVやエロ本に騙されたことは何度もある。 


 彼女は、その逆だった。期待を超えてくれた。

 胸が高鳴って、ドキドキしている。

 裸の女を見たときのように、興奮する。


「どうしたのかしら? いきなり、黙りこんじゃって?」


「あ、その、ですね。あまりにも綺麗だったので、緊張してろくに喋れなくなって、はい」


「そんな嘘を言われても喜ばないわよ。だって、この前は普通に話したじゃないの」


「いつですか? 心当たりがないんですけど」


 視線を泳がせながら、隼人は反論する。


「つまり、あのときは眼中になかったってことか。仕方ないわね。彼女さんといたときだったものね」


 彼女。

 そんなものは、生まれて十四年、一度もいたことはないのだが。


 遥といたときに、嬉しい勘違いをされたのか。

 それとも、一つ年下の妹の撫子か。大穴で、遥の母親の朱美という線もある。

 この三名の中の誰かだ。他に親しい女性はいない。


「そういや、この前の指輪はしていないのね」


 ヒントというよりも、答えを教えられたようなものだった。


「もしかして、あの射的屋の人ですか?」


「射的屋の人って。もうちょっと呼び方はないのかしら?」


「じゃあ、なんて呼びましょうか?」


「部長でいいわ」


「なんすか、それ。ノータイムで飛び出す回答が、いまのですか。名前教えてくださいよ」


「名前を教えても覚えないんじゃないかしら。話しても記憶に残ってなかったのよね?」


 痛いところをつかれた。

 とはいえ、仕方がないのだ。遥とのデート中に、他の女性に目を奪われるのは、色々と勿体ないのだから。


「でも、それぐらいの集中力がなければ、あの点数はとれないってことかしらね」


 そういう考え方もできる。

 が、その理由で得意げになれない。誇れるほど、あの日の射撃に満足していなかった。

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