2016年【隼人】11 動物の裸を見ているような
「ごほっ、ほごっ、ぐっ、てめ、有沢」
隼人は涙を流しながら、たまらなくなってむせこんだ。
「おいおい、テンションあげすぎだろ」
「くせぇんだよ、畜生」
棚の扉をあけて、飛び出す。すぐに深呼吸をする。
「んだよ。お前が理科室を煙草でレイプしたせいで、綺麗な空気が汚れてるじゃねぇか」
「うまいこと言おうとして、失敗してるぞ。そんなことよりも、見つかったってことは、どうなるかわかるよな?」
言い終わる前に、有沢が腹を殴ってきた。
「てめ、いきなり」
「オレらが友達になったときのことを思い出すだろ? 今日も防御に力を入れてるみたいで、オレは嬉しいぜ」
追われる立場で対策を講じないほど、隼人は馬鹿ではない。
ベルトを利用して、腹筋の位置からズレ落ちないようにして、隼人は本を挟んでいる。
だが、有沢に言わせれば、その本の選び方が馬鹿の極みとのことだ。
隼人は本日の防御品を取り外す。エロ本が服の下から出てくる。
「今日も、女子高生物か。もっと、年上のないのか?」
「有沢は熟女好きなのか?」
「バカか。年上すぎるだろ。お姉さん系だ。あるいは、若妻」
「若妻は、なんか一番ないジャンルだな」
遥の母親の朱美が、頭にちらつくせいだ。
十四歳の娘を持ちながら、まだ三十代前半という年齢の久我朱美。遥と親子で買い物に行くと必ず姉妹と間違われる。
黙っていれば、二十代としか思えないのだからずるい。正確には妻とは違うのだが、それでも『若妻』というジャンルは、朱美を思い出してしまう。
「んなことよりも、今日はいつもより気合い入れて殴ってきたことないか?」
「なんだ、痛かったのか? 本の薄さは付録のDVDでカバーが浅倉のキャッチフレーズだろ?」
有沢に言われて、昨日のオナニーを思い出す。
もしかしてと思って、慌ててエロ本を開く。目次ページに、付録の入っていた部分が破られている。
ただ、ディスクは無い。
「あれ? DVDがない。しまった。パソコンの中か」
「わざとじゃないだろうな。おれに渡すのが惜しくなったとか」
「渡すもなにも、貸してるだけのはずだろ?」
「そうだったな。まぁ、いつ返すかは、わからんがな」
不良に追いかけられる日々の中で、浅倉と有沢の関係には変化が訪れた。
逃げている隼人を最初に追い詰めたのは有沢だった。
そのとき、エロ本に気づいた有沢が交換条件を出してきたのだ。
ズリネタを提供してくれたら、逃げるのを手伝ってやると。
あれから三日が経ち、いまでは軽口を叩き合う仲にはなっている。
それでも、小学生時代は遥を守っていた男と、イジメていた中心人物という間柄だった。
かつてのしこりが簡単に消える訳でもなく、友達と認めるにはまだ抵抗がある。
せいぜい、ギブ&テイクの関係を結んだに過ぎないという認識だ。
「お前のせいで、ズリネタがどんどん減ってるんだがよ」
「頑張って用意しないとな。無くなったら、どうなるか知らんからな」
「まぁ、あと一週間ぐらいはなんとかなりそうだから、大丈夫だとは思うがな」
「一週間? なんの期日だ?」
「来週から夏休みだろ。さすがに、休みにまで登校してくる不良はいないだろ」
「まぁ、ひと休みはできるだろうな」
煙草をふかしていると、有沢はある疑問に気づいたようだ。
「てか、だったらいまも早く家に帰りゃいいんじゃないのか」
「そういうわけにはいかねぇよ。部活が終わる時間までは粘るって決めてんだ」
そういうことかと、有沢はニヤリと笑う。
悟られたようだ。
「大丈夫だぞ。いまのところ、久我を狙うって輩はいないから」
いまのところというのが、重要だと思う。
昨日までは大丈夫だとしても、今日からはちがうかもしれないということだろ。
「夏祭りでオレと一緒にいたから、やっぱりどうなるかはわからんだろ。それに、あんな風に地上最強を目指すバカもいるわけだし、最悪は想定しとかないとな」
「たしかに、三井は要注意かもな。アイツは、付き合った女が悪かった。強さ至上主義の痛い女に洗脳されてるようなもんだ」
「強いのが好きなら、三井よりも『ライオンイーター』と付き合ったらいいのにな」
「なに、それ?」
「獣人系のUMAだよ。チンパンジーとゴリラが交配して、チンパンジーの知能とゴリラの力を持ってる。群れを成して武器を使う知恵も持ってるんだって。名前のとおりライオンを捕食する。
しかも、新種だから、チンパンジーやゴリラがかかる病気への抗体も手に入れて、いいことづくめなんだ」
「あの女がライオンイーターと歩いてる――想像したら、笑えるな」
くくくと、身を捻じるようにして有沢は笑う。浅倉が想像できるのは、ライオンイーターだけで、横の女のイメージがわかない。
「その彼女の情報をくれよ。オレも笑いたいんだけど」
「格闘技やってるから、がたいのいい女なんだけど――お、もしかしてあれは?」
床にポイ捨てした煙草の火を踏み消して、有沢は入り口の近くに歩いていく。
「おお、やっぱりそうだ。ちょうどいいところにプリクラがあるじゃんか」
落ちていたプリクラを拾い上げて、浅倉に手渡してくれる。
プリクラには、パンツやブラジャーが見えている女性が映っていた。
なのに、どうしてかエロく感じない。
同じ人間のはずなのに、動物の裸を見ているような感覚に近い。女の筋肉がゴリラみたいだからか。歯もゴリラみたいだ。
爛々と輝く瞳は原始時代のゴリラを彷彿させる。
「いや、これただのメスゴリラじゃねぇか」
「言うと思った。それ、三井にも伝えとくわ」
「やめろよ。なんか、面倒なことになりそうだろ。ほんとにやめて」
「しかし、こんなエロプリを。いや、おぞましプリクラを落とすとは頭おかしいだろ。色んな意味で恥ずかしいのに」
有沢につられて、へらへらと隼人も笑っていた。
だが、すぐにその表情が固まる。
「まずくねぇか? このプリクラを探しに三井が戻ってくるかも」
「それもそうだな。渡してくる」
プリクラだけを持っていけばいいのに、有沢はちゃっかりとエロ本も持って理科室を出ていく。
「オレの防御装備も持っていくのかよ。だったら、早く戻ってきてくれよ」
廊下を走っていく有沢には聞こえていないのか、なんの返事もなかった。
すぐにでも隠れるべきだ。
だが、床に捨てられた煙草の吸殻に気づく。有沢のポイ捨てが原因で、理科室の施錠が徹底されるかもしれない。
それは、放課後に身を隠している隼人からすれば避けたいことだ。
隼人はしゃがんで、吸殻を拾い上げる。理科室に入ってきた男を、見上げる形となる。
「浅倉、みーつけた」
追って来る不良の顔を全員知っている訳ではない。
だが、いまさっきプリクラで見た顔ならば忘れてはいない。
メスゴリラの横にいた金髪ロンゲ。
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