2016年【隼人】10 不良たちに狙われて

「浅倉ってのは、どこに逃げた?」


「ちくしょう、見失った。今日こそ、アイツをぶん殴ってやろうと思ったのに」


 一年生にアイツ呼ばわりされるのを、隼人は隠れて聞いていた。

 岩田屋中学校の不良たちは、夏祭りの一件以降、隼人をつけ狙っている。

  連中たちにとっては、これが放課後の部活動かわりなのだろう。


 実に迷惑な話だ。

  そもそも、揉めた相手は『誰かさんの再来』だけだ。年下に狙われるのは、おかしくないか。


 理科室の収納棚に隠れるスペースを発見できたのは、不幸中の幸いだった。

  ホルマリン漬けの動物が飾られたガラス張りの棚、その足元部分に木製の引き戸があり、そこに身を潜めている。


 棚の扉を閉めているので、息苦しい。

 酸素を体内に取り込もうと、大きく息を吸う。

 木の腐った臭いの中に、薬品の異臭が混ざっているので吐きそうになる。


「だめだ。向こうにもいなかったぞ」


 茶髪の同じクラスメート、有沢暁彦の声が聞こえた。

 姿を見ずとも断言できる。


「どうもっす、有沢さん。聞いてくださいよ。こっちに、追いつめたと思ったんすけど、逃げられたみたいでして。さーせんした」


 隼人の通う岩田屋中学校には、理科室を部室代わりに使用する部活がない。

 たとえば科学部や生物部とかがあれば、こんな風に次々と不良が集まりもしないのだろう。


「言い訳はいいんだよ。ちゃんと探したんじゃろうな?」


 有沢とともに、いけ好かない野郎もやってきたようだ。

 たしか、金髪でロン毛『オレ、カッコつけてますけど、そこんとこヨロシク』を地でいく不良だ。


 棚の引き戸を注意ぶかく開けていく。音を出さないように、そーっと、そーっと。

 連中の足が見えてきた。四人いるようだ。

 学校にブーツを履いて通っている奴の名前だけはわかる。ブーツのサイドに『三E』と書いている。

 こいつが、金髪のくそダサい奴だ。


「なんすか、三井さん。その言いかたは?」


 三井こと『三E』は、おかんむりの様子だ。

 後輩連中があからさまに気を遣っているのが、声だけでも十分に伝わってくる。


「いやな。いつも、一年のお前らのほうが、先にここで休んでるじゃろ。だから、疑ってんだ。お前らが、びびこいてずさんな探し方してるんじゃねぇとか。もしかしたら殴り合いがこわくて、浅倉を逃がしてるんじゃないかってな。もし、そうならワシの『幻の左』でお前らを先に殺すからな。あ?」


「落ち着けよ三井くん。『幻の左』を後輩連中に使って体力を消耗するのは、勿体ないだろ。ところで『幻の左』ってなに?」


 有沢はフォローしているようで、実際は『三E』をバカにしている。


「別にいいんだよ。『幻の左』が使えなくなっても構わない。そんときは、手段をえらばないだけだ。刃物をちらつかせて、しまいよ」


 バカにされていたことに気づいていないのか『三E』の下品な笑い声が響く。

 隼人からすれば『幻の左』と対峙してもなんとかなる気がする。


 だが、刃物はダメだ。

 そんなこわいものが相手になるのならば、隼人は小便をちびりかねない。


「てかよ。ここだけの話、ワシは、もともとあの人が最強とは思ってないからな。むしろ、浅倉って奴をぼこったら、ワシが最強を名乗らせてもらう。『中谷勇次の再来』っちゅう異名もワシが受け継ぐ。異論はないじゃろ」


 最強を求める通過点として、隼人を倒す必要なんてないと思う。

 はやく気づけ。

 誰か、教えてやってくれ。


 だいたい、アホすぎるだろう。

 中学二年生で最強とか目指すな。

 そんなもの、隼人にとっては幼稚園時代にどうでもいいものになっている。男が一度は夢見る『最強』というものは、親父に怒られたことで霧散した。


「しかし、浅倉との鬼ごっこも今日で一週間になりますね。こんなに、逃げられ続けるとは思ってもみなかったっすね」


「おいおい一年坊、弱音はくなよ。体力が落ちてるんじゃねぇのか。たるんでるなら、オナニーの回数を減らしてみたらどうだ?」


 不甲斐ない後輩の発言に、有沢が喝を入れる。


「それよりも、タバコやめたほうが効果高いじゃろう」


「三井くん。そいつは、無理だろ。タバコにはまったら、そうそうやめられないって」


 カシャっという音が聞こえる。有沢が自慢のジッポを取り出したのだろう。


「ここで吸うつもりですか? 有沢さん」


「まぁな。一服してからでないと、もう探す元気がないから」


「やる気がないんじゃのう、有沢」


「だって、三年はなにもせずに、オレらだけがこき使わされるってのがね。それに、三井くんみたいに最強にも興味ないし、やる気がないのも仕方ないだろ」


「びびこいてんのか?」


「かりに、こいてるとしても、浅倉本人にじゃないからな。あそこの親父さん、それから妹は、やばいからな。お前らも同じだろ。だからこそ、家の前で待ち伏せしたりはしないんだろ?」


「ほかの連中は知らんが、ワシはちがう。浅倉の家を知らんだけじゃ」


「幸せだな。狭い世界で生きてるってのは」


「話にならんな。行くぞ、お前ら」


『三E』のブーツのあとを追うように、一年生と思しき二人も移動する。


「がんばれよー」


 投げやりな応援のすぐあとに、煙の臭いが漂ってきた。

 くさい。隼人は鼻ではなく、口で呼吸をする。

 こうでもしないと、咳き込んでしまいそうだった。


 だが、抵抗はむなしく終わる。

 火のついた煙草を指に挟み、有沢が近づいてくる。

 いつから気づいていたのか分からないが、足取りに躊躇いはない。

 棚の隙間から白い煙を吐きかけられる。

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