2016年【隼人】09 UMAのように曖昧な

「銀河とちがって、真面目だよね。そういうところ」


「まぁ、ギンギン兄さんみたいに、相手を満足させられないしな、きっと」


「前から思ってたんだけどさ、その銀河のあだ名ってAV男優にいそうな名前だよね」


「いや、逆にいないだろ」


 久我銀河を内心でバカにするとき、ギンギン兄さんと呼んでいる。

 銀河は遥の四歳年上の従兄弟だ。複数の女性と同時に関係を持ち続けているから、遥とは反りが合わない。

 同じ男から見ても、あれに憧れはしない。やり過ぎ。引いてしまうレベルだ。


「いきなり黙りこんで、なに考えてたの?」


「遥と撫子は、銀河の魔の手から守らねばと決意をかためてたところだ」


「まだ銀河みたいなしょうもない奴のこと考えてたの? それよりもさ。どうかな? 似合うかな?」


 遥が左耳をみせるように短い髪をかきあげる。

 ピアスやイヤリングの類いでオシャレをしていたら、すでに浴衣姿と一緒に、どこかのタイミングで褒めていただろう。


「え? 嘘でしょ。気づかないの?」


 追加でヒントをもらえないようだ。同じポーズのまま文句を言われるだけ。

 遥の顔の左側、頬と口元にほくろがある。小さい頃から目立つチャームポイントだ。思わず触りたくなる箇所だが、いまさら似合うとか訊かれるものではない。


 これではまるで、彼女や妻の変化に気づかない鈍感な男ではないか。

 鈍感な男でも構わない。遥が彼女や妻ならばいいのに。


「もういいや。隼人に愛想がつきて、眠たくなってきた」


「当てずっぽうで言ってもいいか?」


「それでも当たるかもね」


「髪をかきあげたけど、実は関係ないだろ?」


「おおっ、さすが。射撃が得意だから狙いを近づけてきたんじゃないの、それ」


「わかったぞ。浴衣姿の都市伝説だな。下着をつけてないっていうやつだ」


 予想が当たってしまったときのことを考えて、意識して遥から目をそらす。

 逆に女慣れしている銀河ならば、視線で犯しはじめるのだろうか。


「そんな危険な格好で、銀河の前に行くなよ。そもそも、普段からあの野郎の前では生足も禁止な。常にタイツを忘れるな」


「紳士かと思いきや、実は黒タイツが好きなだけの隼人には、残念賞をあげます」


 遥から差し出されたうまい棒を受け取る。どうやら、隼人に気づいてほしかったことに、かすりもしなかったようだ。


「本降りになってきたね。帰るタイミングをなくした感じ」


「眠いって言ってたんだから、寝たらいいだろ? 雨が止んだら起こしてやるよ」


 雨に濡れるのを言い訳にして、もう少しだけ同じ空間にいたかった。

 とはいえ、遥が誘いに乗るかどうかはわからない。


 稲妻禽観いなずまとりみ神社は遥の実家だ。本宅の横に作っていた屋根付きの駐車ガレージを改築し、そこの二階スペースで母と娘で暮らしている。参拝者のための駐車場に秘密基地MR2があるので、徒歩一分もかからずに帰宅できる。


 遥が帰ると言ったら、家まで送っていく。そして、その隣の家である浅倉家までとぼとぼと帰り、お楽しみ袋で楽しむことにしよう。


「うーん。じゃあ、ひと眠りしよっかな。寝てる間に変なことしないでよね」


「して欲しいんなら、するけど?」


 オレンジ色の光を消して、遥はあくび混じりに口を開く。


「おやすみ、隼人」


「へいへい、おやすみ」


 暗くなった車内に、雨の音が響き渡る。

 眠気を誘うようなリズムだ。隼人も自然と目をつぶる。


 このまま、ひと眠りでもしようと思った矢先、左肩に心地よい感触が乗っかってきた。

 遥の頭だ。よくあることだが、やはり嬉しい。


 MR2は二人乗りのスポーツカーだ。

 エンジンは車の真ん中に位置する。そのため、シートが倒せない。

 もっとも、前の持ち主がノーマルのシートからバケットシートに変更しているので、他の車種だったとしても改造の結果、シートは倒せなくなっていただろう。


 助手席で眠るものが体を伸ばせば、運転席のほうに頭が近づいてくるのは必然だ。

 キスしようと思えば、簡単にできる。


 それどころか、いつも軽口を叩いているセクハラもやろうと思えはやれる。

 浴衣の中に手を入れれば、上から下まで触り放題だ。


 でも、なにひとつアクションを起こさない。

 友達以上、恋人未満。

 このUMAのように曖昧な存在のまま、お互いを大事にしておきたい。


 それが、遥との約束を守ることになるのだ。

 もしかしたら、そんな約束をしたなんて、遥は忘れしまっているかもしれない。

 だが、隼人が覚えている以上、こちらから関係を進展させるつもりはない。


 薬指にはめている指輪はブカブカだ。

 寝ている間に外れてしまうかもしれない。それでも隼人は眠りにつく前に外す気はなかった。


 遥も同じ気持ちであってほしい。左手を握って確かめる。


 あれ? つけてねぇじゃん!


 睡眠の邪魔にならないように、なんとか声を出すのは我慢した。


 遥の太ももの上で手を握ったので、その周辺をまさぐる。浴衣ごしに際どいところも触ってしまったのか、遥が「んっ」と色っぽい声をもらす。


 ちがうんです。いやらしいことをするつもりは、とくに。指輪を落としたという確信がほしかっただけだから。


 眠っているのを確認するため、おそるおそる視線をあげていく。


「あれ? ネックレス?」


 理性で声をおさえつけることができないほどに、似合っている。

 気づいてほしかったのは、これか。ヒントの出し方が下手すぎだろう。だいたい、いつの間にこんなものを作っていたのだ。


 お楽しみ袋をラッピングしていた革紐を指輪に通して、オリジナルのネックレスにリメイクして身につけている。


 ペアリングは、隼人と遥の実は危うい関係性を象徴しているようだ。


 それでもいい。

 少なくとも、いまは幸せだ。二人きりでいられるのが心地いい。


 あと、二年経てば、こんな時期を懐かしむこともあるだろう。

 高校一年。

 一六歳になれば、遥との約束を守って、隼人は告白するつもりだ。

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