2016年【隼人】08 ブカブカの指輪を

「そもそもさ。無理して射的屋に行かなくてもいいんだから、別にお断りでもいいでしょ?」


「なんで?」


「あたし、本当はこれが欲しかったし」


 ブカブカの指輪を見つめながら、遥は助手席で微笑んだ。

 世界一とは言わなくとも、とにかく綺麗な横顔だ。


 言われてみてから気づいたのだが、遥は一眼レフカメラが欲しいとはひとことも口にしていない。

 景品のラインナップをみて、隼人が勝手にカメラが欲しいのだろうと思い込んでいただけだった。


 となると、この『ペア』というのも重要な点のように思えてくる。

 隼人とのペアリングを、どうしようもないほど求めていた!


「いや、でも、やっぱりカメラのほうがよかったかも。うーん、迷うなぁ」


「どっちなんだよ! 上等ォだな、おい!」


「なんで、そんなに怒るのよ」


「うっせぇな。色々あんだよ。オレの中で渦巻いてるもんがあんの」


 渦巻いているのは、空も同じだ。

 雨をまき散らす雲は、渦をまきながら移動している。


「そういやさ、このお楽しみ袋ってのなんなのかな?」


「開けてみるか」


 革紐で結ばれたリボンをほどく。袋から中身をとりだしたものの、暗くてなんなのかわからない。

 光が必要だと思ったのは、遥も同じだった。助手席の足元からランタン型の懐中電灯を取り出す。


 オレンジ色の光が車内を明るくする。

 お楽しみ袋から出てきた数枚のアダルトビデオも、優しい光に照らされていた。

 ちゃんとしたパッケージに入った箱入り娘もあれば、不織布ケースにディスクが包まれただけの野性的なものもある。


 唐突に遥が掃除をはじめたが、別にきまずくなった訳ではない。車内が明るくなって、ゴミが気になるのはよくあることだ。


「AVとは、面白いもんが出てきたな」


「こういうの、ちゃんと見たことないのよね。隼人は見まくりでしょ」


「見まくりだ」


「すがすがしい奴だなぁ。好きな女優さんとかいるの?」


「星野里菜かな。デビュー直後の清純派路線が、とくにいい。でも、途中から元芸能人ってカミングアウトしてギャルに転向したのもいいんだよな」


「そこまで熱弁されたら、きもいわ」


「お前がきいたんだろうが」


 地雷でも踏んだのか、遥はいきなり黙り込んだ。スマホを取り出して、冷めた表情で操作している。


「怒った? 言っとくけど、星野里菜よりも遥のほうが――」


「てかさ。こういう仕事の人って綺麗な人が多いよね」


 この短時間で、遥は星野里菜の画像をスマホで検索し終えていた。

 髪の色が黒いことから予想するに、デビュー間もない頃だ。浴衣を着ているが、こんなコスチュームの動画は見たことがない。


「いやー、こう見ると遥のほうが浴衣似合ってるな」


「でも、おっぱいの大きさは完敗だけどね。やっぱり、こういうのが好きなんだ?」


「バカいえ。オレは貧乳が。遥ぐらいがベストだからな」


「その言い方、気をつかってるんだとしても、ムカつく。あたしだって、おっきくなるかもしれないんだからね」


 その可能性は十分にある。遥の母親の朱美は、着痩せするタイプだが、Dカップはあるそうだ。

 なんでも、遥を産んでから付き合いだした彼氏に揉まれて、大きくなったとかなんとか。


「小さいのがいやなら、古来より伝わる方法を試すときだろう。揉めば大きくなる!」


 エアー乳もみを行うと、遥はため息をついた。


「隼人のセクハラって、どこまで本気かわからないよね。しかも、あたし以外には言わないし」


「そもそもが、遥以外に口をきく女友達いないしな」


「へー。いたら、言うんだ?」


「どうだろうな。でも、マジで揉ませてもらっても困るかな」


 不意に出た隼人の本心に、遥は優しくうなずいた。

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