2016年【隼人】07 赤いMR2が秘密基地

 スポーツカーに、隼人と遥は乗り込んだ。


 隼人は運転席に座る。

 射的で手に入れた景品をダッシュボードに置いていく。助手席の遥も、戦利品をダッシュボードに敷き詰めていく。


 人ごみの中を歩くには、手に入れた景品の数が多かった。

 そこで、花火が打ち上がる前に、隼人と遥は秘密基地まで戻ってくることにしたのだ。


 秘密基地

 ――稲妻禽観いなずまとりみ神社の駐車場で保管している赤いMR2のことだ。


 ナンバープレートを外されて廃車となっていたのを、ひょんなことから隼人が鍵を受け継いだ。

 それから遥との共同スペースとして活用している。


 二人乗りのスポーツカーなので車内は狭い。

 しかも、バッテリーがダメになっているのか、エンジンもかからなくなっている。


 そもそも隼人も遥も中学二年で十四歳。運転免許証をとれないのだから、車を動かそうなんて考えもしない。単に、家の外で座って話せる場所として使っているだけだ。


 神社の駐車場は高台にある。MR2の車内から岩田屋町を眺めるにあたって、遮るものはなにもない。その解放感からだろうか、二人で飾りっけのない話をしていると、時間はあっという間に流れていく。


 桜や花火といった季節に応じた景色も楽しめるので、春夏で恋をするシチュエーションのときもあるにはある。

 が、いまはダッシュボード上の景品が視界に入って雰囲気をぶち壊す。


 景品の多くは、駄菓子だ。得点の端数が、お菓子に姿を変えた。


 あとの景品は、中身が謎に包まれたお楽しみ袋がひとつ。

 そして、得点の大半を占める高額景品――箱入りのアクセサリーだ。


「くそ、プレッシャーに負けた」


 うまい棒の袋を開けたものの、隼人は後悔を吐き出すだけで、なかなか食べずにいた。

 助手席の遥が身を乗り出してきて、隼人が握るうまい棒をかじる。遥の食べかけで、間接キスできるのならばと、食欲がむくむくわいてくる。


「久しぶりに食べたら駄菓子って美味しいよね」


「だったら、全部しゃぶるか? ほれ」


「なんて言った? 食べるじゃなかったよね、いまの?」


 間接キスもいいが、他にも楽しみ方がある。袋をむき、うまい棒の頭を出す。食べやすいようにしたところで、遥の口元に棒を持っていったりはしない。セットする場所は、隼人の股間の棒の延長線上だ。


「バカじゃないの」


「ですよねー」と軽く返しながら、隼人はうまい棒を食べきる。


「そもそもさ。隼人は一眼レフが手に入らなかってうなだれてたけど、これもきっとそうとうな値打ちものなんだって。景品交換時の店員さんの苦い顔から考えるに、絶対にそうよ」


 遥はアクセサリーの箱を開ける。


「開けちゃうのか? 転売して、新しいカメラを買う資金にするんじゃねぇの?」


「転売なんて、とんでもない。ほとんど隼人のおかげで手に入ったけど、あたしは自分のだけでも絶対に守るから」


「自分のだけって――」


 どういことだと訊ねる前に、アクセサリー箱の中を見て理解した。

 景品は指輪だ。


 ペアリング。


 地味な装飾の指輪を遥が左手の薬指につける。隼人も慌てて、左手の薬指につける。

 装着してみて、この景品を選んだのは間違いだったと思った。


「サイズが合わないね」


「だな」


「でもさ。高校生ぐらいになったら、はまりそうじゃない?」


「じゃあ、そんときまでは、こいつをどうするかは保留だな」


「持ち越しってことね。今日の花火とおんなじだ」


 ポツポツとフロントガラスに雨がぶつかる。

 今日の天気が崩れたら、今年の花火は次のイベントまで持ち越されることになる。昨日も打ち上げ時間が近づくにつれて、雨が降った。

 それで予定日が今日に変更となったのだが、本日も天候に恵まれなかった。


「なぁ、遥。来年のことをいうと鬼が笑うっていうけどさ」


「どうしたの? 鬼を捕まえる計画でもあるの?」


「ちがうっての。計画したいのは、次の花火大会のこと。また、誘ってもいいか?」


 答えが返ってくる前に、一緒にいきたい理由をさらにかぶせていく。


「ほらさ。次こそ、一眼レフカメラを手に入れてみせるから。そんとき、もしかしたら遥の金が必要になるかもしれねぇだろ」


「そもそもさ、次もあのお店あるのかな? 隼人のせいで、今回だけで閉店かもよ。それに、仮にあったとしても、隼人はお断りとかになってそう」


 これは、デートに誘うのを失敗してしまったのか。

 隼人お断りというのは、花火大会の射的屋のことではない。花火大会の遥が、隼人をお断りしますという意味ではないか。

 だとすれば、悲しい。


 最後の射撃ミスで、評価が下がってしまったのが原因か。たしかに、あと一発でも的のどこかに当てていれば、一眼レフカメラが遥のものになっていたのに。

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