2016年【隼人】02 繋がった手から
「ふざけんなよ」
「いつもどおりだな。久我が絡んだ時だけ、カッコつけてよ」
有沢に指摘される。
その通りだ。それの何が悪い。
遥が傍にいれば、実力以上のものがいつも引き出される。
お前らなんざ、こわいけどこわくない。
「お前、舐めた口きいたよな。友達に対して失礼だろ、あ?」
なんとかの再来が、迫ってくる。
改めて直視すると、本当に中学生かと疑う。
でかい。子供の時、父親に怒られたときのような威圧感を覚える。
痛いのはいやだ。
隼人は貧弱だ。親父の拳骨で意識不明になったエピソードを持っている。
正確に語るならば、殴られてすらいない。
強引に襟首を掴まれて、そのまま口から泡ふいて記憶がとんだ。
トラウマを刺激するように、不良が襟首を掴んできた。
鬼のような形相から察するに、全力を隼人にぶつけている。
あれ?
両腕で、この程度?
え? 浮遊感がいっさいないんだけど。
脳が揺さぶられるような衝撃もない。服の襟首が破れてもいない。
こいつは、両腕を使って親父の片手の腕力に劣るというのか。
これだけヤンキーしてるのに貧弱なの?
中学生になって、隼人の身長は伸びた。
だから、軽々と持ち上げられない。いやでもやっぱり、親父ならば中学生どころか、成人した隼人でも軽々と吊るせそうだ。
大きな戸惑いは、恐怖を塗りつぶしてくれる。
「やめてください。お金でいいんでしょ。だったら、あたしも持ってるから。ほら、拾いなさいよ!」
遥は怒鳴りながら、財布からお金を地面に撒き散らした。
「なに命令してんだよ。おまえが全部、責任もって拾うんだ。そして、俺にちゃんと手渡すんだ。聞こえたか? あ?」
「無駄口たたいてる間に、あんたの大好きなお金の、それもお札が飛んでくわよ」
「おいおい、札があるのか? ずいぶんと太っ腹だな」
両手が塞がっていては、お金を拾えない。隼人が解放されるのは必然だった。
「いまよ、隼人。逃げよう」
遥のいうとおりだ。逃げるならば、いまがチャンスだ。
だが、それで気がおさまるのか。
偶然ではあるが、遥はいいパスをくれている。ムカつく不良の頭が、ちょうどいい位置にある。
サッカーボールのように蹴りやすいぞ。
手加減することなく、隼人は足を振り抜いた。
ボールよりも固い感触に、隼人の足も痛みを覚える。
キックミスをした訳ではないが、飛距離はほとんど出ない。
それでも、転がった不良は動かない。
「嘘だろ? 先輩、大丈夫っすか? 先輩?」
有沢は慌てた様子だったが、一歩近づいただけで立ち止まる。隼人を警戒しているのだろう。
「今度こそ逃げるぞ、遥」
「ちょっと待って」
「なにを待つことがあるって――そうか、金か」
気絶している不良の手から、札を回収する。
小銭らしきものが落ちている。金種がわからないが、近くにあるものから拾っていく。
シャッター音とともに、一瞬あたりが明るくなる。
いま拾い上げているのは、五百円玉だった。
いやいや、そんなことはどうでもいい。
「こんなときに、デジカメでなにを撮影してんだよ?」
「いやさ。馬鹿みたいにのびた人って、初めて見るからさ。それも、ちょっと前までイキってたやつなんだよ。最高にダサい被写体じゃん」
「イキイキしてる場合か。さっさと行くぞ」
遥の手を掴んで、隼人は走り出す。
繋がった手から、震えが伝わってきた。
考えてもみれば、こわくないはずがない。強がって、恐怖を隠すべく撮影していたのだろう。
「ごめんな、こわい思いをさせて」
「ホントだよ、バカ」
夜店で賑わうところに戻る前だったから、遥の震える声も鮮明に聞き取れた。
文句を言いながら、遥は隼人の手を固く握ってくれる。
人混みに紛れても、まだ手は繋いだままだった。
逃げるための意味合いはやがて薄れ、追っ手を気にすることもなくなる。
そうなると、柔らかい手の幼馴染みを楽しませることだけを考えるようになった。
カツアゲという最悪な思い出を塗りつぶす。
これから二人で楽しいことをするのだ。
そのために最適な夜店が見えてきた。
「あ、あれじゃねぇか? あいつらが言ってた射的って」
隼人の唯一と言ってもいい才能を活かす時だ。
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