03

足音=短い間隔の音は歩幅を推測させ、女性であることを想像させる。

ドアをノックする音=その位置は想像を想像させ、小柄な体格を推測させる。

寝たふり=無言でいると、ドアが開く。


「たーくん、入るよぉ」

潜めた声に、わたしは寝返りを打ってみせる。

それで安心したのか、気配が近づいてくる。


「ママですよぉ。ゴミ捨ての時間ですよぉ」

理解できないけれどわかっている。言葉を飲みこむ。無言を貫く。そして。


「うわぁ」

いつものように、なんとも言えない感想を口にする。


かさかさ、という音。ゴミ箱に山となったティッシュをつまみ上げたのだ。


「今日もこんなたくさん、換気もしてないから、においも……、うわぁ、うわぁ」

わたしの子孫、その可能性が死に絶えてゆく姿に対する品評に、わたしはこうして毎朝苦しめられているのだ。


「このティッシュすっごいずっしりしてるし……、これはお気に入りの動画でキメたんだね。わたしのテイスティングに間違いはないはず……!」

これこそが、社会的成員として国民総生産に寄与しなかったわたしへの罰なのだろうか。って。

いくばくか待ちたまえよちょっとテイスティングってそれはつまり。


「いただきま——」

「おはようママ!」


あらゆる意味で限界/跳ね起きた。


「あっ」

映画館でポップコーンほおばるみたいに(見たことないので想像だ)ティッシュを手にしていたママは硬直、瞬きを何度か、そして。


「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

ママ/なにかに対してばんざーい!

天井近くまで真上にすっ飛んだゴミ箱とそこから使用済みティッシュがまき散らされる。

そしてがぼん、という音。


「……柔らかいプラスティックで助かったぁ」

落下してきたゴミ箱を剣道の面みたい(これも想像)にかぶったママが、ちょっと首をかしげる。


無言。ふたりの息づかいのみが聞こえる。部屋のあちこちにまき散らされたものから生じる匂いを吸いこむことになる。

これはつまり、わたしの命だったものが形を変えてわたしに還ってきた、生命の循環というか地産地消のようなもではないだろうか。きっと違う。

輪廻なるものについて考え、考えるのをやめ、正座をする。


「おはようございます」

「おはようございます」


わたしたちは朝の挨拶を交わした。


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種付けおじさんとママ @takets

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