02

「ふぅ……」

手を広げる。丸めたティッシュがゴミ箱へ落下する。ティッシュはゴミ箱のふちをはみ出して山となっている。

ゴミ箱にうなずく。複数の意味ですっきりした。満足感があった。

自己主張する性器をトランクスに押しこめ、ズボンで押さえこむ。


時刻は午前8時。予定通り2時間ほど日課に励んでいたことになる。時間を守るからこその日課なのだ。けれど。


——まったくをもって足りない。


昼まで、いや、いつまでも日課に没頭していたい。

わたしにはそれだけの気力と体力があり、なによりも打ち消しがたい性欲で満ちている。

職業的種付けおじさんとしての意識がなければ、たやすく性欲に溺れていたことだろう。


色情症、性依存症、過剰性的亢進——わたしを指し示す表現はいくつもあるけれど、意図するところはおおむね同じ。


過去=小学校低学年だったわたしは、同級生の女子に手を出したらしい。

らしい、とあいまいな表現なのは、断片的にしか覚えていないのだ。


記憶の断片/精神的遁走とカウンセラは表現した。

記憶の断片/投薬治療と医師は診断した。

記憶の断片/薬物はなにもかもから輪郭を取り払った。


時間は飛び飛びになった。

行為のすべてから質感が失われた。

わたしはわたしが失われることを怖れた。

細切れの意識をかき集め、自分なるものをとどめようとした。


寄せ集めの自分——わずかに残っていた記憶。

わたしは食事と睡眠を除いた時間のすべてを自慰に集中させていた。

半日ほどで性欲よりも体力が先に尽きることに我慢ならなくなり、トレーニングを始めた。時間はいくらでもあった。


トレーニングを始めてから数年後、カウンセラの第一声。「横綱を目指しているの?」

リクエストに応えて、事前に練習しておいた不知火型の土俵入りを披露したことを、妙に覚えている。


性欲に体力が追いついたわたしは、安心して自慰にすべてを注ぎこんだ。


自慰をした。やり続けた。

病院にゆくことはなくなり、薬物は精液とともに身体から抜けきった。

そして20年以上の時間がたち、立派なおじさんと自認できる年齢になり。


現在=わたしはベッドに身を横たえ、目を閉じる。


足音。

もうじきだ。

ママがやってくる。


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