逃走

「…どうすっか」


 茜に染まる空を見上げながら、俺は一人呟いた。




 突如の【勇者】剥奪通告を受け、ほぼ何も持たずに追い出された俺は、驚きと悲壮、無力感で何も考えることが出来ず、ただふらふらと街中を歩き回っていた。


 もともと着ていた隊服は、むしゃくしゃして捨てた。そのおかげと言うべきか、俺を【元(・)勇者】だときずくものは居らず、俺がそばを通り過ぎても何も言わなかった。それが現実だと突き付けられている気がして、更に気持ちが沈んでいった。


 そうして歩き回っているうちに太陽は朱方へと傾く時間にまでなっていた。遠くから鐘の音が6回響き渡る。


「...いつまでも落ち込んじゃいられねぇ。俺は帰るって決めたんだろうが」


 そう自分に言い聞かせ、ゲームやラノベ、そしてこの世界に来てから仕入れた知識を総合し、これから取るべき行動をリストアップする。


 そんな時だった。


「ッッ!」


 突如殺気を感じ、俺は大きく右へと飛び退いた。遅れてそこに刺さったのは、小さな針。


「毒針か…って、まさかっ」


 俺はそれを見た途端、その正体に気が付いた。すぐさま頭上に目を向けると、そこには黒装束に身を包んだ人物が二人ほど立っていた…かと思うと消えた。


「…逃げねぇと!」


 身の危険を感じた俺はその場から全速力で駆けだす。俺に向かって放たれる毒針を何とか躱しながら、俺はある場所に向かって追っ手を撒くことを意識しながら走った。


 頭上から放たれる毒針の雨を必死に避けながら進んでいく。今俺には得物の一つもないため、弾き返したり反撃したりすることができない。その事にもどかしさを感じながら俺は走り続け、ようやく目的地へとたどり着いた。


 その建物の中に滑り込むと、息つく暇もなく家主を呼び出した。


「オヤジ!!」


 暫しその場を支配する静寂。追いかけられていたのが嘘だったかのようなその状況に焦りを感じ始めるが、その人物はすぐに来てくれた。


「んだよ。もう店じまいは終わった…坊主っ!?」


 その人物とは、ここ[オルウォッドの武器屋]の店主兼鍛冶師、オルウォッド・グルムスだ。


「久しぶりだなぁ。元気だったか?」

「ああ。なんとかな。それよりオヤジ、直ぐに旅装備一式用意してくれねぇか?」

「急に来たと思ったら何を…」


 俺に呆れた視線を向けたオヤジだったが、俺の眼を見て何かを察したのか、「待ってろ」と残し店の奥へと消えていった。待つ間、追ってきたやつらのことを考える。


 俺の予想が正しければ、奴らは王国暗部〝陰影(シャドウ)〟の隊員だろう。霧陰が話していた特徴と一致していた。でも何で俺を追って…


 その時、ふととある言葉を思い出す。


〝【|調停の意志(バランス・オーダー)】によって世界のサイクルに埋め込まれたのが【聖魔輪転】である〟


「まさか…〝創世神話〟を読んだことが原因で…」


 もしそうなら俺の立場はかなりヤバいという事は想像に難くない。【勇者】の名を剥奪されたのも、視覚に追われている事にも納得がいく。


「いったい何言ってんだ坊主」


 と、後ろから急にかけられた言葉に驚いてしまった。咄嗟に振り返ると、カウンターにいろいろ載せているオヤジの姿が。


「ほら。採寸するからこっちこい」


 そこからは一瞬だった。いくつか服を着せられ、腰をベルトで締め上げられ、何をやっているのか理解が及ばないうちに、俺は装備を整えられていた。


「ったく。急に言われたから焦ったぞ…まぁ、在庫に丁度いい大きさの服と防具が合ってよかった」


 そしてオヤジは装備品について説明をしてくれた。まぁ特に面白みもないから適当に聞き流す。理解したのは軽く、頑丈だという事。特に特殊な魔法陣が書かれたりはしていないらしい…魔力流せないからイイケドネ。


「腰のポーチにゃ回復薬とそこらにあった投擲武器を適当にぶち込んどいた。後で確認してくれ、地図も入れたぞ」


 何ともずさんな説明。まぁらしいっちゃらしいけど。


「そんで、最後にこいつをやる」


 そう言ってオヤジが何かを差し出してきた。なんか見た事があるような…


「あっ! あの双剣か」

「あぁ。【天武・日輪】と【天武・夜月】だ。約束通り、もってけ」

「でもいいのか? 大事なもんなんじゃあ」

「良いんだよ。元から決めてたしな」


 オヤジはそう言うと、俺の腰にその双剣を付けた。


「これで良しっと…坊主」

「ん?」

「何があったか知らんが、大変なことになってるみてぇだな」

「まぁ、な」


 俺はオヤジに目を向ける。


「俺はこんぐらいしかできねぇ。だから後はお前さんが頑張る番だ」

「ああ。分かってる」


 オヤジは俺の目を真っ直ぐ見つめると、少しつらそうな顔をする。


「…王国を、出るんだな」

「そうだ」

「そうか…」


 そしてオヤジは俺を無言で裏口へと連れて行き、俺に呟く。


「右に曲がって真っ直ぐ行きゃ王都の東門に着く。そのままが移動を真っ直ぐ行けば《ヴァドリア》だ」

「ありがとな。助かったぜ、オヤジ」

「またここに戻ってこれたら、顔を出せよ」

「もちろんだ」


 俺のその返事にニヤリと笑ったオルウォッドは、俺の背中を強く叩くと、一言叫んだ。


「強く生きろよっ!!」


 その言葉を合図に扉を開けた俺は、「おおっ!」と返事をして日の暮れた街を駆け出した。


――そして、俺の起死回生が始まる。

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〝無能〟と呼ばれた元勇者、起死回生を図ります 土反井木冬 @dohanikifuyu

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