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「そこまで」
ヘルメスの声が響いた瞬間、桑葉から深い息が吐きだされた。知らずのうちに息を止めていたのだろう。そんな彼女の耳元に玖島達の会話が入ってきた。
「まさかあそこまで動けるとは、な」
「...少し舐めていたかもしれない」
「あの野郎、すげぇじゃねぇか。スペックの差をあまり感じなかったぞ」
順に、玖島、紫吹、小野寺だ。
「しかし…それは相手が霧陰だったからだ。もしこれが完全な戦士系だったら、かなり不利になる」
何か思う所があったのか、玖島が若干顔を歪ませながらそう零す。
「…魔術師だったらもっと危険」
「あぁなるほど。魔法が一切使えないから、対抗手段がねぇのか。こりゃ厳しいな」
神矢が担架で運ばれていくところを見ながら、彼らが各々の思う所を挙げていく。その会話をボンヤリと聞いていた桑葉は、後ろから聞こえてきた別の声に現実に戻された。
「さっすが〝無能〟。あんな奴にも負けちまうとはなぁ」
「ま、所詮は〝無能〟だ。そう言ってやんなよ」
「俺らが出てたらもっと力の差を見せてやんのになぁ!」
「仕方ねぇよ。き、きりし…あいつだって戦闘は本職じゃねぇしな」
「まっ、これで俺らも堂々とヤツに〝稽古〟つけられるな」
「そうだ…楽しみだなぁ!」
その言葉の端々から伝わる侮蔑と嘲笑に言い返したくなる桑葉だったが、すんでの所で玖島に止められる。その首が横に振られるのを見て、桑葉は俯く、その唇は力強く噛み締められ、その怒りの度合いが図れる。
「…諒」
玖島のその呟きが、風に乗って消えていった。
+ + +
俺が目覚めたのは、2時間ほど後のことだった。
目を開き、見慣れない天井に一瞬動揺したが、横にいた治癒士を見て、医療室にいることに気が付いた。
「気分はどう?」
「大丈夫そうです。ありがとうございます、ファゼルさん」
彼女の名はファゼル・マーリン。王国お抱えの治癒士で、その腕はピカイチだという話だ。一方で薬学にも精通していて、治癒魔法の効果が著しく低い俺に薬学の基本を教えてくれている人でもある。
「にしても、よく彼の猛攻を防いでいたわね。見ていたけれど、あの動きはなかなかのものよ?」
「ありがとうございます…」
彼女の言葉に〝一般人の中では〟と言う言葉が隠されているようにしか思えなかった俺は、そう考えた俺に少し自己嫌悪しながら、そっと目を逸らす。
「…そうそう。貴方に伝言があるのだった」
「伝言?」
「ええ。なんでも、目が覚めたら〈玉座の間〉に来い、だそうよ」
「〈玉座の間〉に…?」
なんで俺が呼ばれなきゃいけない。と言うか、ものすごく嫌な予感がする。
「分かりました。これから行ってみます」
「ええ。お大事に」
「ありがとうございました」
ファゼルに頭を下げ、俺は医療室から退出した。目指すはウィスターン国王の鎮座する〈玉座の間〉。得体のしれない不安感が胸に渦巻くのを感じながら、俺は足を踏み出した。
――そして、その時は訪れる。
+ + +
「入れ」
その一言と共に開かれる重厚な扉。その先には玉座に座る国王と、彼と俺とをつなぐ近衛兵たちの道。兵達の後ろには【勇者】が一堂に会していた。
あまりの緊張感に体が震えそうになりながら、俺は国王の下に歩いて行く。それにしても、近付けば近づくほど圧迫感が凄いな、この人。
「【勇者】が一人、神矢諒。国王陛下の命に従い馳せ参じました」
「うむ」
ウィスターン国王、アルスハイトの頷きの後、彼の傍に控えていた同年代の美少女が俺に声を掛けた。確か、エリナ王女だったか。
「リョウ・カムヤ。今から私があなたについて関する情報を読み上げます。正直に答えて下さい」
なんだか雲行きが怪しいな…そう思いながらも、俺は肯定の意を示した。
そして読み上げられたのは、今まで俺が誰よりも痛感させられた事実の数々。魔法が使えないこと、援護魔法が一切意味を為さないこと、成長速度が一般並みだと言う事、《ユニークスキル》を得ていないこと、などなど。まるで罪状を読み上げられているかのような気分になりながら、俺はそのどれもに頷きを返す。
「…以上です。陛下、ご判断を」
エリナのその言葉に、国王はしばし眼を閉じる。
そして告げられた言葉に、俺は顔を俯かせる。
「【勇者】神矢諒(リョウ・カムヤ)は、今この瞬間より勇者の称号を剥奪する。即刻、この城から立ち去れ」
眼前に佇む初老の男は険しい声でそう言い放つ。思わず呆然とする俺を見るのは、蔑む者、愚弄する者、嘲笑する者、心配する者。
そして。
「…諒くんっ!」
俺に手を伸ばす者。
彼女の声に応えたいが、それすらも敵わない。俺は両腕を掴まれ、〈玉座の間〉から連れ出された。
「さっさと失せろ、出来損ないめ」
「こんな奴が【勇者】だったなんて考えられねぇよ」
俺を城門まで連れてきた兵士たちは、乱暴に俺の背中を蹴り飛ばす。
「二度と顔を見せんじゃねぇ、〝無能〟」
最後に俺にそう吐き捨てて城内へと消えていく兵士たち。
俺は、その背中を見ていることしかできなかった。
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