影に生きる者

「よし。では最後に、リョウ・カムヤと…誰だ?」

「…たぶん僕ですね。はい」

「…………ミナト・キリカゲ、か」

「よく思い出せましたね。目の前に立っても名前を思い出してくれない人もいるって言うのに…」


 そう言って俺と同じように戦場の中に入ってきたのは、影の薄さは世界一と言っても過言ではない男、霧陰湊。


 少し、いや、かなり落胆しながら歩いてきた霧陰は、俺と目が合うと弱々しい笑みを浮かべる。


「…僕をすぐ見つけられるのは君だけだよ、諒君」

「なんでかな。俺も不思議でたまらん」


 そう言って腰から双剣を抜き、構える。少し気を抜けばたちまち見失ってしまうことは知っているからこそ、一時も目を離さないように注意する。


「そんなにみられると、流石に恥ずかしいよ?」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」


 霧陰は腰から短剣を抜くと、俺と同じように逆手に持ち、いつでも動けるように構えている。


 お互い準備が完了したことを確認し、ヘルメスが右手を上げる。


「それでは…始めっ!」


 その言葉が耳に入るとともに、俺は一直線に霧陰に向かって走り出す。霧陰は反応できなかったのか、その場に立ち尽くしている。


「もう終わり…ん?」


 占めた、と思った俺だったが、違和感を感じ急ブレーキを掛ける。


「なんだぁあいつ。もしかして、怖気ついたのかぁ?」

「流石〝無能〟。ボーッと立ってるだけの奴すらやれねぇんだなぁ!」


 隙あらばすぐ馬鹿にして来るなあいつら。暇なのか?それにしても、これはまさか…




「妙だな」


 ぽつりとそう零したのは、一番初めに化物じみた戦いを見せたザ・主人公、玖島真正。その言葉を肯定するかのように紫吹桜華も無言で一つ頷く。


「いってぇどこがおかしいってんだ。どちらかと言うと急に立ち止まった神矢の方がおかしいんじゃねぇか?」


 そう返したのは、先程加室をワンパンで沈黙させた化物闘士、小野寺雅之。その隣で桑葉天乃が首を傾げるのを見て、玖島が説明をする。


「いや、神矢が今相手にしている霧陰だが…はっきり言ってかなり影が薄いだろ?」

「…そんな奴いたっけ?」

「ほらな。存在自体忘れてしまうくらい、あいつの影は薄い。しかも今のあいつにはその個性をスキルがさらに強化している状態だ。俺でさえ、気を抜けば見失いかねない」

「…《ユニークスキル》〝|影に生きる者(シノビ)〟」


 紫吹がぽつりと零す。


 《ユニークスキル》〝|影に生きる者(シノビ)〟。霧陰湊に発言したこのスキルは、一言で言えば隠密行動に関連したスキルの一斉強化だ。


 〝気配遮断〟〝気配感知〟〝気配操作〟〝影分身〟〝並行思考〟と言った隠蔽系スキルと、〝毒精製〟〝一撃必殺〟〝急所感知〟と言った暗殺系スキル、これらの効果上限を一時的に大幅アップする。これがこのスキルの効果だ。


「霧陰はまだ隠密系統のスキルをあまり取得していない。だが、その時点でかなりの効果だ。もしあいつがもっとスキルを取得したとしたら…考えるだけでゾッとする」


 玖島はいまだその場に止まる神矢を見ながら言葉を続ける。


「ともかく、だ。神矢や俺はともかく、いつもあいつの存在すら気付かないお前らが、はっきりとあいつを認識できている時点で、おかしいんだ」

「そ、それじゃあ…!」


 玖島の言葉に、桑葉が驚きながら続く。


「いま神矢君の前にいるのは、偽物…っ!」




「どこに行きやがった…ッ!」


 思わずそう毒吐いた。


「どうしたんだい諒君。僕はここにいるじゃないか」


 目の前で霧陰…の偽物が微笑みながらそう言う。


「お前が影分身だってことは分かってるんだ。黙っててくれないか」

「辛辣だね」


 霧島(偽)の言葉を無視し、たった一つの《コモンスキル》〝気配感知Ⅰ〟をフル稼働させる。だが、効力のほぼないこのスキルでは到底見つけることはできず、焦りが募っていく。


 と、その時だった。


「―――ッ!」


 俺は直感に従い、体を大きく捻ると、右剣を下から上にすくい上げる様に振るった。すると、何かが当たる感触を感じ、次いで金属がぶつかる甲高い音が響いた。


「…流石だな」

「くっ!」


 腕が上にあげられた反動を利用し、そのまま蹴り上げられる右足を躱し、大きく後ろに交代する。


「…やっぱ、君からは逃げられない、か」

「俺は別にとっ捕まえる気はないんだがな」


 霧陰(実)を睨み付けながら、俺は知恵を振り絞る。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、霧陰が邪魔をするかのように投擲具を投げつけてくる。俺はそれらを剣で叩き落し、時に躱しながら縦横無尽に範囲の中を走り回る。


「…そろそろ決めさせてもらう」

「なにを…っ!」


 霧陰がそう言った途端、俺は驚愕する。何故なら、四方八方から霧陰の気配が発生したからだ。霧陰の分身たちは全部で10体。それらが一斉に投げナイフやらスローインピックやらを投げつけてきた。


「こんのっ…」


 それらをぎりぎりのところで躱しながら本人を探す。しかし本職の人間をそう簡単に見つけられる訳もなく、分身を一体ずつ消していくくらいしか対策が浮かばない。


 少しずつ焦燥感が募っていく。心に余裕が無くなったからだろう、とうとう投げナイフの一つが俺の左肩に突き刺さった。


「ッ…!!」


 一瞬走る鋭い痛みに唇をかみしめながら、俺は無理やり大きく後ろに飛び、ナイフを抜こうとする。しかし、足に力が入らなくなり、その場に膝をついてしまった。


「力が…はい、ら…」

「…麻痺毒だ。致死量ではないが、体を動かなくさせるくらいの効力は持っている」


 俺にそう声を掛けたのは、右手にナイフを握った霧陰だ。彼は続ける。


「…まさかここまで粘られるとは思わなかった。流石神矢だ」

「俺、も…お前がここまで話す奴だとは…思わなかった、ぜ…」

「それは君だからだ」

「大して、嬉しくねぇなぁッ…!」


 毒がかなり回ってきたのか、視界もぼんやりとしていく中、霧陰の言葉が容赦なく敗北を告げた。


「…チェック、メイト」

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