二強

 【勇者】一行が返ってきた次の日。俺は稽古場へと呼び出された。


 久しぶりに隊服に身を包み、武装をして外に出ると、そこには【勇者】が勢ぞろいしていた。思わず目が合った加室は、憎々し気に俺を睨むと舌打ちをしていた。


「疲れている所に呼び出してすまない」


 俺の後ろから声を掛けたのは、王国騎士団副団長、ヘルメス・グリューデン。眼鏡をクイッとすると、俺らに向かって宣言した。


「これより、階級審査及び装備階級審査を執り行う」




「ルールは簡単だ。我々が組み合わせた順に模擬戦をしてもらう。審判が止めるまで続けること。攻撃手段は問わない。そこでの動き方によって我々が採点する」


 ヘルメスは再び眼鏡をクイッとする。


「何か質問はあるか」


 彼のその言葉に手を上げる者が1人。


「質問宜しいですか」

「なんだ、シンセイ」

「まず、人によって戦闘スタイルが変わることについてはどう対処していますか」

「それについては考慮してある。大きく分けて武術と魔法だが」

「次に、審判からストップが入るのはどんな時ですか」

「相手が大けがを負った時、場外へ出たとき、そして降参したときだ。なお、降参したからと言って評価が下がることはない」

「そうですか。ありがとうございました」


 ヘルメスは他に質問者がいないことを確認すると、準備をすると言って解散を掛けた。


 皆が思い思いにしゃべりだす中、俺は愕然としていた。


 いや、あいつら相手に戦うとかいくら模擬戦でも無理があるだろ。一応クロードからいろんな技術を学んではいるが…と、後ろ向きな言葉だけが頭の中を渦巻いていた。


 しかし、昨日の出来事を思い出してその思考を無理やり止めた。俺は決意した。こんなとこで止まっていたら先に進めやしない。どうせ負けるなら、相手の技を奪って負けようとまで思った。


 感情が上がったり下がったりしている俺の肩に突如手が置かれた。思わず前に飛び出して腰の剣に手を添えると、手を置いた当人は暫し呆然していた。


「ご、ごめんね諒くん。驚かすつもりはなかったの」

「…桑葉か」


 緊張をゆっくり解くと、桑葉は苦笑いを零す。


「なんか、久しぶりだね」

「そうだな」


 前回話した時にしたことを思い出し、俺は申し訳ない気分になった。


「あの時は…ごめん。少し我を失ってた」

「ううん。私ももうちょっと話しかけるタイミングを考えるべきだったと思ってる。ごめんね」


 お互いに謝罪をすると、落ち着かない沈黙が俺らの間に漂う。その空気を払拭するように、桑葉が話し出す。


「えぇっと、模擬戦の方は大丈夫なの?」

「いや、少なく見積もっても勝ち目はほとんどない。なんせ元のスペックが桁違いだ」

「そ、そうだよね…」

「まぁ、易々とやられる訳にはいかないけどな」

「…うん、応援してる!」

「ありがとう」


 桑葉に激励されるなんて場面、他の野郎どもにとっては天国なんだろうな…なんて考えていると、準備が終わったのかヘルメスから再び集合がかけられた。


「それでは、これから審査を行う。まず、シンセイ・クシマとオウカ・シブキ」

「はい」

「……」


 まず最初の組み合わせは【勇者】のツートップである玖島と紫吹による模擬戦だ。


 2人は範囲の中に入ると、お互いに得物を引き抜く。玖島は背から剣を、紫吹は腰から刀をそれぞれ引き抜くと、それを構える。


「桜華。今回はどうする?」


 いつも模擬戦をしているのか、玖島はそんなことを聞いている。


「…今日は剣技のみ。魔法全般禁止」

「それは身体強化もかい?」

「もちろん」


 すでに剣呑とした雰囲気を醸し出す紫吹の言葉に玖島は一つ頷くと、一つ深呼吸する。


「おーけー…それでいこう」


 その瞬間、玖島の顔から笑みが消え、真剣な表情へと変わる。そしてお互いから放たれる殺気に身を震わせていると、審判役であるヘルメスが合図を掛けた。


「…始めぇっ!」

「――!」

「……っ」


 手が降ろされた途端、2人の姿が掻き消える。そして中央辺りでぶつかると、遅れて金属音と突風が放たれた。


「くっ…」


 その力の差を目の当たりにして、俺は思わず顔を顰めた。2人の一挙手一投足を見逃さないように見ていると、横から桑葉から声が掛けられる。


「す、すごいね」

「…ああ。俺にはまねできそうにない」

「だって全然見えないもん。何がどうなってるの?」

「ん? 見えてないのか?」

「えっ? うん。まったく見えない」


 桑葉のその言葉に疑問が首をもたげる。何故なら、俺には2人の動きがはっきりと見えているからだ。全体的なスペックが桁違いな桑葉でさえ見えないというのはどこかおかしい。


 だが、その事よりもツートップの戦いの方が重要だ。もはや模擬戦というレベルではなくなっている。お互いに一進一退の攻防戦を繰り広げていてヘルメスですら止める機会を失っているようにも見えるが、2人とも魔法は一切使っていない。身体強化無しであの速度を出せるとは、流石チーター。すでに人間離れしていた。


 その時だった。


「ふっ…!」

「ッ――」


 2人は示し合わせたかのように大きく間を取る。先程とは少し変わった雰囲気に皆の意識がさらに集中する。


「せっかくだし、技の1つでも出してみようか。その方が何かと良い」

「…賛成。何か物足りないと思っていた」


 そう言うと、それぞれ違った構えを取る。玖島は剣を両手で持つと、左足を前、右足を後ろにして腰を捻るようにして剣を構えた。紫吹は、刀を鞘に仕舞うと、右足を前、左足を後ろにし、体を思いっきり倒す。


 そして静寂がその場を支配する。誰もが緊張に支配される中、2人は同時に地面を蹴ると、まっすぐ相手へと向かっていく。


「天地開闢(てんちかいびゃく)ッッ!」

「奥義、雷霆一閃(らいていいっせん)」


 そして2人の剣が交差する。そして響く爆音と弾ける爆風に、皆が顔を隠す。朦々と舞う砂埃を誰かが魔法で取り払うと、そこには剣を交差したまま止まる2人の姿があった。ただし、地面は陥没し、悲惨な状況になっていたが。


「…止め」


 流石に驚きを隠せないのか、そう言ったヘルメスも呆然としている。眼鏡がずれ落ちていることに気付いていないところからも一目瞭然だ。


「…す、すごいね2人とも」

「あぁ…そうだな」


 あまりの力量の差に苦笑いを浮かべる桑葉を横目に見ながら、俺は不自然さをひしひしと感じていた。それが何なのかはっきりとは分からないことにもどかしく感じながら、次々に行われる模擬戦と言う名の審査をじっと見ていた。

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