傍付き

 再び静寂がこの場を支配する。俺が何とか体を起こし、背中を近くの柱に預けて深呼吸をしていると、俺の傍に向かってくる足音が聞こえた。それは俺の顔に影を落とすと、座り込む俺と目線を合わせるかのようにペタリと地面に座った。


「…大丈夫、ですか」


 その声はどこか震えていて、儚げだった。目線も伏せるようにして、申し訳なさそうに。


 リセの声に、俺は軽口のように言い返す。


「なんとかな。傷も浅いし、俺はタフだから。ともかく、お前が無事でよかっ――」

「全然よくないですっ!」


 リセは声を荒げ、俺の目を真っ直ぐ見た。その目に涙が溜まっているのを見て、心が軋むのを聞いた。


「どうしてあの時飛び込んできたんですか。リョウ様は【勇者】様方の中で一番弱いんですよ? それが分かっているのに、こうなることを予想出来ていたはずなのに、どうしてッ!」

「ありがとな」

「――っ」


 リセの言葉を遮る。


「あの時、俺をかばってくれたのを聞いて、嬉しかった。認められた気がして。見つけてくれた気がして」


 リセの目を真っ直ぐ見返して言う。

「あの時はごめん。お前に辛い思いをさせた。本当にごめんな」

「そんな事っ、無いですっ…!」

「それと、もう一つ」


 鉛のように重い右腕を上げ、涙腺が決壊しかかっているリセの頭にのせると、少しおどけるようにして口を開く。


「お前は俺の傍付きだ。【勇者】の俺が、見過ごせる訳ないだろ」

「ぐずっ…はいっ…」

「頼りないことは分かってるが、カッコつけたいときもあんだよ」

「はいっ、はいっ…!」


 リセは涙を滝のように流しながら、俺の肩に顔を薄める。彼女の頭を撫でていると、俺の脳内に過去の記憶がフラッシュバックした。


――痛いよぉ

――泣くな有紗。お兄ちゃんがいるからな

――うぅ…も、もう泣かないもん


 あれはいつのことだったか。有紗と2人でお使いに行っているときに、有紗が転んでケガをした。膝に手を当てて泣いている有紗の頭を撫でて何とか持ちこたえさせたんだったか…


「……」


 目の前にいる少女に目を落とす。〝無能〟と呼ばれる俺を圧倒的な力の差があるにもかかわらず庇ってくれた。年下にすら擁護されるなんて、有紗の奴には見せられない。


 久しぶりに、兄としての気持ちが沸き上がってきたとでもいうべきか。それともそれは、男としてのちっぽけなプライドか。


 ただ一つ確かなのは、この少女に力をもらったという事。能力が低いからなんだ。技量が少ないからなんだ。うじうじしているくらいなら、周りよりも多く考え、多く練習すればいいだけじゃないか。


「…ありがとな」


 緊張が解けたからか、それとも泣きつかれただけなのかはわからないが、眠りに落ちたリセティ・アルセストにそう言い、俺は決意を新たにした。


 生き残って帰る。その目標に、大切なものを守る、と言う目標を追加した。



     +  +  +



 そこは、とても高級感あふれた場所だった。


 地面は真っ白な大理石が隙間一つ無く敷き詰められていて、その丸い部屋を真っ二つに割るように真っ赤なカーペットが敷かれている。天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされ、部屋の中を照らしていた。


 重厚な扉から続くカーペットの終着点にはこれまた豪華な椅子が1つ。その後ろにはウィスターン王国の国章が描かれた大きなステンドグラス。とても荘厳な景色がそこにはあった。


 ここは〈玉座の間〉。玉座には、ひげを蓄え、左頬に2本の傷を負っている初老の男が座っていた。男の名はアルスハイト・ヴェル・ウィスターン。《ウィスターン王国》第82代国王である彼は、全盛期の頃は〝剣の猛者〟と呼ばれるほど、剣の扱いに長けていて、当時〝剣聖〟と二強を誇っていた。頬の傷は名誉の傷だ。


 そんな彼の左側に控えるように立っているのは、金色の髪をストレートに伸ばし、右目が金、左目が碧のオッドアイを持つ女性。彼女の名はエリナ・ヴェルグリン。アルスハイトの一人娘で、今年17歳を迎える。彼女はその賢さと嘘を見破る能力を買われ国王直属の秘書の様な役割をしている。


 そんな彼らの前に跪く1人の男が居た。全身黒ずくめの彼は、ウィスターン王国情報部隊〝陰影(シャドウ)〟リーダー、クロード・サルヴェリオだ。彼がフードを取ると、裂傷により潰された右目が露わになる。


「して、クロードよ。要件とはなんだ」


 アルスハイトはクロードに低い声でそう問いかける。


「謹んでご報告させていただきます。〝創世神話〟がとある人物によって読まれました」

「それは事実ですかっ!?」


 クロードの言葉に真っ先に反応したのはエリナである。その顔は驚愕に染まっていて、信じられないとでもいうように首を左右に振っている。


「…あれはいまだに解読が出来ていないはず。世界に出回っている〝創世神話〟はほとんどが憶測で訳されたものです。ましてや、原本を読む者が居るとは…」

「クロードよ。禁書棚に一般人は入れないのではないのか」

「はい。あの部屋に入るには陛下の許可を取るか、自らその場所を突き止めるほかありません。まして、あの部屋には強固な魔法がかけられていて、普通なら入れないはずなのですが…」


 クロードはそう言って言葉を濁す。


「それで、〝創世神話〟を読んだであろう人物はいったい誰なのですか」


 エリナの問いに、クロードは短く答える。


「【勇者】リョウ・カムヤ」

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