【7/24 14:57:31 西乃沙羅 残刻 !s:to:p!】

 おとぎばなしのワンシーンに登場するかのような、嘘みたいに長くて真っ直ぐな一本道。



 エレベーターを下った後――明かりの無い暗闇を伴った、狭くて暗い直線が三人の前方に続いていた。



 はるか前方に見える小さな、正方形に指す光を目指し、勇者パーティ一行が如く、彼女達は縦に並んで進んでいく。



 降り立った地下は、それこそ地上の暑さとは打って変わって、身震いするくらいにひんやりとした冷気が覆っていた。



 溢れんばかり醸し出されているえもいわれぬ雰囲気に、三人が三人とも押し黙って、歓談を間断して神妙な面持ちで進んでいく。




(露呈している壁や天井はおそらく人工物とは違う、天然の土肌だろう。しかし元からあったって感じでもなさそうだね)



(奇襲をかけるなら今、かな? でもでも、視界が良好じゃないから、ここだとお顔が見えないしなぁ・・・・・・)



(処刑者を含めてあと5人。どんな人達なんだろう。出来れば乱暴な人がいなければよいけど。皆で協力して、これ以上の犠牲者を出さない為にも)




 腹の中が異なる三者は寡黙を貫き前進していく。



 やがて暗闇の一本道を通過した先。



 そこは円形の広い空間が広がっていた。



 時計の針が指す文字盤のふちにあたる箇所――つまりは12等分にされた壁際に、人が一人すっぽりと入れそうな用途の分からない大きなカプセル容器が配置されている。



 それらカプセルから漏れ出たのであろうか。



 材質の分からない半透明な床面を、いびつなあみだくじが如く、それでいて満遍まんべんなく液体が濡らしていた。



 天井が見えない吹き抜けとなっている広場の中央部には、それら12個のカプセル容器とそれぞれ面を合わせるようにして、巨大な黒い球体が鎮座していた。



 そんな非日常的な空間にて、各々がまばらに散らばるようにして、他のプレイヤーの姿があった。




 水色の短髪に、上半身がジャケットで下半身には真っ赤なはかまをはたとなびかせている、奇抜な出で立ちである男性。



 その男性に寄り添うようにして、不安な面持ちで三人の来訪者をいぶかしげに見つめる、20代前半~中盤に見える女性。



 地べたに尻をつけ、他のどの参加者とも距離を置き、膝を抱えてうつむき顔を上げようとしない、小学生ぐらいの子供。



 雨が降っていなかったにもかかわらず黄色いレインコートを羽織り、フードで目元を深く隠した、年齢不詳の男性。




 そして。




 口元から血を垂らし、白目をむいて仰向けのまま倒れている、年配の男性。




「――ッ! だっ、大丈夫ですか!」



 気付くな否や、樹矢たつやはわき目も振らず、危篤状態とおぼしき老人に駆け出していた。




「やめろ! 動くな!!」




 距離にしてあと三歩弱。手を伸ばせばぎりぎり届くか届かないかの位置まで樹矢が近寄った所で、沙羅さらの怒号が室内に反響した。



 びくりと身を固め静止し振り返る樹矢を退けながら、慎重に身構えつつ、沙羅は倒れたままの老人から一時も目を離さないままに、言葉を紡ぐ。



「敵意を向けない相手には手ェ出さないんじゃなかったのかい。つーか、なんでアンタがこんな所にいるんだよ」



 沙羅から投げかけられた質問には答えず、それでも暫くは静止したままだったが、不意にむき出しの白目がぎょろりと音を立てるかのように黒目が戻って、老人は起き上がった。



 日で焼けてくすんだ深い青色のTシャツに、長年着古したであろう焦げ茶のジーンズを履いている。



 バランスを取るのに難儀なんぎしそうな、不自然なほど歯の長い真っ白な下駄をからころと鳴らし、赤く塗れた口元を拭うその老人は。



 老練そうな笑みを浮かべているものの、細められた目の奥は全く笑ってはいない。



「はて・・・・・・儂がまだ呆けていないのであればじゃが、お前あれか、沙羅? ・・・・・・かかかっ! これはこれは随分大きく育ったものだのぅ」



とぼけんな。あたしは71番目の元彼と交際してからは、介護ヘルパーなんていう職種に嫌気がさして、以降まるっきり慈善業務は請け負っちゃあいねぇんだよ。そして質問に答えやがれ。疑問系で返事をするなって、学校で習わなかったのか?」



「生憎、学舎の学徒であった時期はすこぶる短かったからなぁ。学んでいないかもしれんの、ひょっとしたら」



 どうやら機知の間柄かのように会話をする両者に挟まれながら、樹矢はおずおずと沙羅へと自らの疑問を尋ねた。



「えっと・・・・・・西乃さん。この人と、もしかしてお知り合いなんですか?」



「知り合いっつーか、あたしの“元”師匠。央栄おうさかつかさ。100歳を超えても未だに死ぬ気配の無ぇ、戦闘狂のボケ老人だ」



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 今は昔、沙羅が己の在り方と生き様を確立する為に、肉体面での鍛錬を研鑽すべく、人知れず一人で修行じみたトレーニングを行っていた頃があった。



 その際、どこからともなく現れた老人に声を掛けられたのが、央栄とのファーストコンタクトだったと彼女は記憶している。



 初めの内こそ、沙羅が四苦八苦している様を無言で眺めているだけの彼であったが。




 雲ひとつ無い晴れの日も。



 どしゃ降りである雨の日も。



 暴風が吹きすさぶ台風の日も。



 膝まで覆う程に積もった大雪の日も。




 来る日も来る日も、弱音を吐くことなく我武者羅まっすぐに取組む彼女の姿を見て、気づけば彼が持ちえる武を教授するようになっていた。



 当時の年齢は僅か5歳で、性別はしかも女。



 それを度外視するぐらいには、幼いながらも彼女は才能に満ち溢れており、体格にも恵まれていたことも、央栄の興味を引いた一因であったのかもしれない。



 遊具の一切存在しない和楽芭わらくば公園。



 いつしかそこは、老兵であった彼と未来の花嫁を夢見る彼女二人の、唯一無二である空間と化していた。



 そして十一年程そんな生活が日常として続いた後、何の前触れも無く央栄は再び海外の戦場へと赴き、予告無しに沙羅と決別したはずだったの--だが。



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「傭兵っつーの? 不戦条約をあちこちの諸外国と結んでいる火本ひのもとでは満たされないのか、事あるごとに海外の紛争地域に出張っては戦場を寝床としている、螺子ねじのぶっ飛んだ死に損ないだよ。少年、これは決してビビらせる気はさらさらないけど――あとほんのちょっとでもこいつに近づいていたら、五体満足じゃいられないぐらい壊されていただろうさ」



 心臓の鼓動が鳴る以外には、一切の物音を立てず静止したまま死んだ振りをしている妙齢の男が、かつての師匠だと視認した沙羅は、樹矢が彼に接近するごとに膨れ上がる明確な殺意を見て取って、普段は出さない大声を張り上げて彼を制止させたのであった。



「対戦規則が体を為しておらず、且つ残存者が一同にすこの機会において、先手必勝は有効な戦術だし、難癖をつけられる覚えはないのだがの」



「大切な彼氏をそんなクソみてーな理由でぐちゃぐちゃにされてたまるかよ。それでも手ェ出すっつーんなら、代わりにあたしが相手になってやる」



「相手! あたしが? かっ、くかかかっ! これはこれは大きく出たもんじゃなぁ。小便垂れの小童が言いよるわ」



「“ガチ”の“死合”なら分かんねぇだろうが。あの頃と同じだとナメてると、残り少ない余生一気に縮めることになんぞ? やんのか? なぁ、やんのか? あぁ?」



 柔和にゅうわな表情を浮かべつつも終始挑発的な老人と、かつての“元”師匠に対して始終好戦的な喧嘩腰の女性と、その両者に挟まれるようにして脱力困惑的な男の子とを、周囲に散った参加者達は各々が思う所ありながらも、決して自らが目下のやり取りに乱入しようとはせず、それらのやり取りを眺めていた。




(なんておっきなおねぇちゃん。あのひとなら、ほろろちゃんのかたきをとってくれたりするのかな)



(いいぞそのまま潰し合ッちまえ。(――ん。――大分前にあの子、バイト先に来たことなかったか? ――あの時買っていったのは確か――――)強者は強者同士仲良く共倒れになれッてんだ)



(出会って5分も経たないうちに揉めてるし・・・・・・あ~もう! 頼むから私達を巻き込まないで二人でやってよね・・・・・・)



「思いきってここはバニースーツ――いや。やはり躊躇とまどうことなく、もっと己の欲望に忠実になるべきだ。やはり、まりたんにはバドガールのコスプレをお願いするか――」




 一触即発な雰囲気の中何故にお前だけカギカッコ使ってしかも意味も意義も理解不能過ぎる内容の概要の全貌がすっぽり欠落した不鮮明で不明瞭な支離滅裂且つ滅茶苦茶な独り言をさらっとほざいているんだよ! と、回理子まりこの左フック(ビンタ)が北園きたぞのにクリーンヒットし、彼が地面に腰から落ちた所で。



 それが合図スイッチとなったのか否か、床面がブゥーンという駆動音とともに淡い光を放ち始めた。



 壁際から流れるようにして輝度を増す複数の明かりは、中央の黒球に集約され、より一層光を増していく。



「どうやら皆様方お集まりのようで」



 室内の状況変化に辺りを見回す8名の人間全員の意表をつくような形で、声が聞こえてきた。



 何処か牧歌的なようでいて、それでいて全く感情がこもっていない、酷く中性的な声が――沙羅達が通ってきた暗闇の出口辺りから、聞こえてきた。



「定刻にはまだ早いですが、先駆けて始めさせていただきましょうか」



 真っ白なタキシード。



 群青と紅梅がまだらとなったシルクハットとタイがいやがおうにも見る者の目を引き付ける。



 顔面をすっぽりと覆った濃色豊かなデスマスクの奥より、村雨むらさめは残存プレイヤーへ向けての宣言を、声高らかに発した。




「それではこれより第二回戦――“羊探索-シーク×シープ-”――対戦規則の説明を行います」

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自爆霊ボムみちゃんと十一人の未来罪人 宮園クラン @miyazono-9ran

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