其の弐 「みっかぼうずな娘とろうそくな男」

謹慎3日目のお昼前。


「……飽きました」


ぽつりと誰もいない虚空へ一言もの申すわたしは自宅の屋敷、その縁側に猫のように寝そべり、日の暖かさを感じていた。今までほったらかしにしていた屋敷の掃除も一通りすべて終わり、暇になってしまったのである。


「三日坊主とは、このことなのですね…」


否、実際のところ、そう飽きてしまった。

少し前までは身を粉にして霊魔を祓い、心までもすり減らして戦っていたので落ち着いて物事に取り組むことが苦手になってしまい、掃除なんて専ら手を出していなかった故につまらなくなってしまった。謹慎初日から今日の朝型までは、久々の掃除は楽しかったのだが元々疲れ切っていた体で取り組んでいたので、無理が祟って現在進行形でぐったりとしているのである。


「はぁ、だるくても何かしないと、とは思うのですけど思うように動かない…いえ、動きたくないの間違いですね。体が重いとはまさに事のこと…」


うんうんと自分の言葉に頷いていると、ふと戦いに明け暮れていたことを思い出す。

疲れ知らずで体に鞭打ってでも戦いに明け暮れていた日々を。


「あれ?霊魔と戦っていた時の方が疲れていても動けたような気がします…。これはやはり戦いに出て行けばよいのでは…っ?」


「いや…いけませんよ、お嬢様」


不意に庭の玄関口の方から男性の声がして、驚いた猫のように跳ね起きると目線の先には右目を眼帯で覆い、大きめの羽織を肩にかけて杖を突く30歳近い男性が呆れた様に佇んでいる。どこかで見かけた様な気がする男性で、とても憔悴しきっており、もう消え掛けた蝋燭のような印象を持っていた。

が、不法侵入には変わりなかったので盛大に警戒し、わたしは声を荒げつつ刀の位置を確認する。


「ど、どなたですか、あなたは…!ここは神宮家本家の大屋敷、そこへ許しもなく立ち入ろうなどとは不届き者っ…!」


「わっ、わぁっ!まってまって自分は神宮桜寿隊長の部下で…ぇ!」


その言葉を聞いて、驚く、驚きすぎて息が止まる。

父の訃報から相当月日が経っている今になって、その部下が訪ねてきたというのだから余計に驚きを隠せない。

何故、今になって何故と、そんな気持ちがあふれ出してくる。

目の前の男性に詰め寄り問い詰めたい、飛び掛かって問い質したい。

父のことを。

そう今のにも飛び出そうとするとその男性は、静かにぎこちなく敬礼をしてこう言った。


「あ、改めまして自分は小鳥遊 乾(たかなし つとむ)。神宮 桜寿隊長の部下をしていた者です。覚えていますでしょうか…?」


名前を聞き、衝撃が走った。

彼は数年前に父とともに皇宮警固に就いていた武士で花守の青年だ。

まだ霊災が起きる前、少し面倒を見てもらった記憶もあり、良くしてもらったことをよく覚えていたはずだった。

だけれど、この目の前にいる人物は当時の面影など感じないほど、酷くやつれていて思い出の人物とはかけ離れ過ぎていた。

それゆえに気づかなかったのだろう。又は父が亡くなった際、部下の皆もなくなったのだと思い込んでいたからかもしれない。

そう思考を巡らせ、考え込んでいると男性は辛そうに訪ねてきた。


「少し、座ってもいいでしょうか。何分足を悪くしていて…申し訳ない」


「あ、いえ寧ろ上がっていってください、今戸を開けますのでっ」


「大丈夫です。こちらで構いません」


と、辛そうに縁側へ腰かける彼は本当に当時の面影が感じ取れないほどやつれていた。少しでも楽になるようにと思い立ったわたしはそそくさと台所へ向かいお茶と寄り掛れるよう座椅子を持っていく。


「あのこれに座ってください。楽になると思いますので。あと暖かいお茶も」


「かたじけない、お言葉に甘えて頂戴いたします、お嬢様」


”お嬢様”その言葉を改めて聞いて、むず痒く感じたわたしは思わず、否定を口にし、気になったこともついでに言ってしまおうと言葉を続ける。


「お嬢様は恥ずかしいので、ご遠慮いただけると…っ。それで小鳥遊様はこの度どうして我が家に?」


「自分は使命を果たそうと思い、こちらへ来た次第です、お嬢様」

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禱れや謡え花守よ・異聞録 -緋色の瞳は何を視る- 天の旅団(アマノ) @harikura

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