異聞録 -緋色の瞳は何を視る-
其の壱 「省みたその先に…」
花守になったばかりのわたし、神宮 桜花は荒れていたんだと思う。
いや、確かに酷いありさまだった。
何せ、家族も親類も全て、霊境崩壊という未曾有の大災害によって奪われてしまったんだから…それを耐えろと我慢しろと言われた所で憎しみを抑えきれるはずもなく、わたしは周りの人や元凶となった霊魔へと当たり散らすように刀を振っていた。
当時のわたしはとても未熟で刀を正しく振ること以外出来ないような半端者の花守で、憎しみを復讐を…そんながむしゃらに、死に急ぐように御上の命令や規律を無視してまで最前線に行き、霊魔を討滅していた。
中途半端に霊力も使えたものだから、余計に質が悪い。
それだけでも霊魔を滅することが出来る、否出来てしまったのだから。
そんな無茶もやはり続く訳もなく、十二を迎えたばかりのわたしの体は瘴気と疲労に侵されて、いつ倒れてもおかしくない程に憔悴しきっていた。
それでも尚、復讐を恨みを晴らす、ただそれだけの為に突き進んでいたある日、厄介な人物に掴まってしまった。
有名どころのとある名家、その当主だった。
元よりわたしが時折、隠れてついて行ったのも原因の一つかもしれない。
とても剣の腕が立つお人だったから技術を盗み見しようと思っていたし、強い霊魔と鉢会えるのではと淡い期待をしていたのかもしれない。
故に注意はされるだろうと思っていた。
だけど違った。
この名家のご当主さまは、少なからずわたしの無茶を知っていたのだろう。
きつく、こんな
『それほどに死に急ぎたいなら陛下の誉れを飲み込むといい』
誉れ、それは花守の最後の手段。
花守の最後、それは自害。
霊力を持つ花守は、瘴気に侵されすぎてしまうと自分自身が霊魔へと堕ちてしまう。
そうして堕ちた花守は脅威となる。
そうならない為に花守は自ら命を絶つのである。
花守たちは皆、今代の天皇陛下より『誉れ』を授かっている。
誉れという名の猛毒の自殺薬だ。
当然、わたしも持っていた…が、わたしは使いたくはなかった。
使えばそこでわたしの復讐は終わってしまうから、決して終わらせたくはなかった。わたしが神宮家最後の花守で現当主なのだから。
わたしが先へと繋いでいかなければ、いけないのだから。
そう力強く訴えた。
泣いてもいたと思う。悔し涙だ。わたしが未熟者、半端者だから。悔しかったんだ。
名家のご当主さまは、その言葉を聞いてどこか安心したように、それでも厳しく。
『なら休息を取れ、まずはそれからだ』
そうして気が付けば、わたしは後方部隊の陣地にある救護施設で横になっていた。
あのご当主さまに気絶させられたのだろう、そう結論づけたわたしはいつか追いつこうと、あの強さに並び立とうと心に決めた。
その後わたしは、命令違反と規律違反で一か月の自宅謹慎を命じられた。
久しぶりに神宮家へと帰ってきたわたしは、埃の積もった家具を見て、改めて無理をしていたと感じるようになった。
父が生前の時は毎日のように掃除を行い、家の中は必ず綺麗にしておかなければ気が済まなかったはず、だったのに復讐に取りつかれるあまり父に言いつけられていた事でさえ出来ていない事にとても気づかされた。
ふと、敷地内にある道場へと向かう。
毎日父と共に剣を振ったあの道場へ。
道場へ入ると、さらに埃が酷く出入り口より吹き込む風で埃が舞い上がる。
その舞い上がった埃が落ち着いてくると、陽の光が道場の奥まで照らし、神棚にかけられた掛け軸がはっきりと見えた。
『 神宮守心流 自ら断つ事すべからず 』
わたしは涙してしまった。
復讐は、憎しみは、家族に父に教えてもらった事でさえ忘れさせてしまうのかと。
大切なモノさえ見失ってしまうなら、復讐なんてやめてしまえ、心からそう思えた。
「…よしっ」
パシっ、と自らの頬を打つ。
とても痛くて、赤く腫れてしまうかもしれない。
けど関係ない、生きてるんだもの。
必ず治る。
わたしの心もいつか必ず。
だからわたしは進む。
復讐をする為じゃない。
わたしと、亡くなった家族が笑って行けるように。
先ずは、日常を取り戻そう。
家の掃除から、コツコツと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます