第186話 テニスの王子様

「電波、これ」

「? 桐生さん? なあに、この雑誌」

「この前撮ったあんたの写真が載ってる雑誌よ。臨時とはいえあんたもモデルだから、一部いちぶね」

「はえ~……わざわざありがとう桐生さん。あとで読ませてもらうわね」

「ん。あんま凹まないようにね」

「……?」



「だはははは! それで貰った雑誌が小学一年生っておまっ、面白すぎんだろ!」

「そんなに笑わなくたっていいじゃない……」

「いや無理だって、そんなん笑うって普通。ふふっ」

「もう……仕方のない人ね」


 そんなん無限に笑えるわ。ご飯三杯くらい食えそう。


「で、どんな感じで載ってんだ? 俺にも見せてくれよ」


 表題は面白すぎるが内容を見てから笑わないとな。いやまあもう笑っちまったけど、今からでも遅くないよ。人はいつだってやりなおせるんだから。うふふ。


「本当はあんまり見せたくないんだけど……このページ」


 渋々といった様子でページを開いた雑誌を差し出す電波。それを受け取る俺。


「なになに……新一年生、春の装い特集……ほーん。サマんなってんなあ」


 似合い過ぎていて笑いも起きんわ。はえ~という感想しか出ん。

 写真自体は出来上がったのを事前に見せてもらっていたので目新しさは無いはずだが、こうして実際雑誌に載っているのを見るとまた違った感想が出るな。


「嬉しくないわね……」


 ダウナーな電波。まあ15にもなって渡された雑誌が小学一年生なら仕方ない。そりゃ凹む。


「どれどれ……ふむ。新しい小学生の君へ、これからの六年間を楽しく彩るランドセル特集……と。中々良いキャッチコピーを付けて貰ったじゃないか、電波」


 と俺の席へやってきたルクルが雑誌を見て言った。


「ルクルもランドセル背負ってもあんま違和感ないんじゃないか?」


 ちょうどいいので話題滑りさせよう。ルクルは電波よりはデカいけど、それでも同年代の平均よりかは低い方だからな。同じように小学生の恰好をしても違和感は無さそうだが。


「確かに違和感はないだろうが、私の場合、ランドセルを背負っても小学校四年生くらいに見えるだろうな。だから電波とは違い新入生用の商材には使えん」


 おお……使えないとは言いつつも自分がロリ枠に属していることを冷静に分析している。これでこそルクルだ。


「そうよね……やっぱりわたしが一番子供っぽいのよね……だからモデルに選ばれたんだし……」


 おっとさっきが底だと思ったらまだ下があったぞ。大丈夫かこいつ。


「あんま気にすんなって。ほら、一緒に撮ってもらった写真でチャラと思おうぜ。それにちゃんとバイト代も貰ったんだし。な?」


 地味に二万も貰ってたんだよな電波。拘束時間約二時間足らずで二万とか破格過ぎる。俺ならもみ手で貰うわ。ランドセルは背負いたくないけどな。


「うむ。あまりいじけていると余計子供っぽく見えてしまうぞ?」

「ルクルはあんまり余計なことは言わないでね? 人がせっかく慰めてるんだから」

「まあ良いじゃないか。落ちるところまで落ちてしまえばあとは上がるだけだぞ?」

「悪魔の理屈だよ」


 こいつは本当にもう……人の心が無いんだから。


「しかしモデルか。次もあるのか?」

「いやどうなんだろう。撮影ん時はなんも言われて無かったけど……どうなんだ? 七生」


 モデルの話を持ってきたのは七生だからな。なんか知ってるとしたらこれもまた七生だろう。


「さあ。あったとしても小学生役ってのはもう無いと思うけどね」

「そう願いたいわね……」

「私も一度やってみたいぞ」

「あんたが市販の服でモデルやると衣装が負けるからダメ」

「なんだと……」

「鹿倉衣さん、とっても美人だもんね」

「複雑な心境だ……」


 服が負ける。本人にゃイジられるだろうから絶対言えないけど、ルクルには非現実的な美しさがあるからな。普通の人らが着ているような服装だと浮くのは確かだ。前に遊んだ時の私服もたぶん、アレ一点物オートクチュールだと思う。


「ルクルがモデルに興味あるのってなんか意外だな。そんな俗いもん興味ないと思ってたわ」

「私をなんだと思っているんだ、おまえは」

「実際モデルになんて興味無いでしょ、あんた」

「まあな」

「ええ……」


 じゃあなんでやってみたいとか言ったんだこいつは……。



「あ、そうだ電波。今日の部活は出れないわ俺」

「そうなの? なにか用事でもあるの?」

「今日の俺は無性にテニスがしたいんだ。だからテニス部にお邪魔しようかなって」

「ふうん……わかったわ。でもどうして突然テニスなの? 未来くんテニス好きなの?」

「好きってほどじゃないんだけどな。いや実は昨日ネットニュースでテニスの王子様の記事を読んだんだよ。だからテニスがしたいなって」

「はえ~……あ、それじゃあわたしも行っていい?」

「いいけど別にテニス部に話通してるわけじゃないからやらしてくれるかはわかんないぞ。それでもいいなら一緒に行くか?」

「そうなんだ。……無計画過ぎない?」

「思い付いたのか昨日の夜なんだから仕方ないだろ。テニス部の部員に知り合いとかいないから連絡取れんし」



「テニスコートはっと……こっちか。すげえ、六面もあるんだってさ、コート」

「それって多いの?」

「俺が前通ってた学校だと共学で二面しか無かったからな。多いんじゃね?」


 三倍だからな。名門である青春学園男子テニス部も三面だったはずだし、うん、多いと思う。



「すんませーん……テニスしたいんですけど混ぜてもらうことって可能っすか?」


 テニスコートへとやってきた俺は、近くに居た部員らしき人に声をかける。

 テニスコートに居てテニスラケットを持っている。この人をテニス部部員と判断するに充分すぎる材料だろう。

 ぱっと見の人数は少なそうだから、混ぜてもらえるといいんだが……。


「ん? 君は……噂の倉井くん!」

「はい。その倉井です」

「んと、体験入部ってこと?」

「いえ、ただ単にテニスがしたくなったんで混ぜて貰えないかなって」

「ふーん。経験は?」

「スポッチャでやったくらいしかありませんけど、テニスの王子様は毎月読んでます」

「ははーん。さてはキミ、テニスをナメてるね?」

「いえ、そんなことは。ある程度の危険は覚悟してます」


 波動球とかデュークホームランとか普通に危ないと思うし。


「不穏だなあ……まあいいや。そっちの子は? この感じだと違いそうだけど一応聞いとく。経験者?」

「えっと、わたしもテニスの王子様の知識くらいしかありません……すみません」

「はははっ、うん、わかったわかった。正直でよろしい。いいよ、やらせてあげる。でもまずは今からみんなでウォーミングアップのストレッチをして、ジョギングをするから着いてきて。ジョギングはコート十週ね」

「うっす」

「十週……走れるかしら……」


 電波体力無いもんな。でもまあなんとかなるでショウ。



「はあ……はあっ……」

「しんどそうだな。大丈夫か?」


 ペースを落とし、電波と並走して声を掛ける。


「うん……なんとかね……」


 それからしばらく走り切って案の定バテた電波。俺は余裕だったが、普段運動をしない勢にはキツかったんだろう。


「はい、ラケットね」

「あざっす」

「ありがとうございます」


 ジョギングを終えると、さっき声を掛けたテニス部の人がラケットを貸してくれたので受け取って礼を言う。


「どうする?適当に打ってくのでもいいけど、教えたげよっか?」

「良いんすか? 迷惑じゃなければお願いしたいです」

「じゃあまずはラケットの握り方からだね。これがちゃんと出来てないとボールがうまく跳ばないから、ラリーの楽しさを感じるためにも重要なんだよね」


 握り方か。イースタングリップとウエスタングリップだったかな? テニスの王子様で見たわ。

 ともかく握り方を教わった俺達は次にラケットの振り方をフォアとバックの両方を教えてもらい、さっそく打ち合うことになった。

 ちなみにサーブは素人には難しいらしいので省かれた。トスをうまく上げるのにコツがいるとかなんとか。フォルトが続くと萎えるしね。


「よっしゃ行くぞ電波!」

「うん!」


 俺は下打ちでボールを打つ。ボールはネットを越えて電波の足元へ。


「えいっ」


 掛け声とともに繰り出されたスイングは空振り。

 野球の時もそうだったけど、こいつ運動神経無いよなあ……。


「次行くぞー。今度はちゃんと返せよー……ほっ」

「今度こそっ……えいっ!」


 今度はちゃんと帰って来た。おっかなびっくり山なりな打球だが。


「ほっ」


 俺はそれを打ち返す。電波がちゃんと打ち返せるであろう優しい打球で。

 その後は電波もコツを掴んだのか、ラリーがしばらく続く。

 そうなってくると俺も強い打球を打ちたくなってきて……。


「デュークホームラ―――あっやっべ」


 マジマンのホームランをしてしまった。

 ガットではなくフレームに当たった打球は電波の頭を超え、柵を越えて別のコートへ。


「あだっ!」


 そして誰かの頭にジャストヒット。

 やべえ。とりあえず謝りに行こう。


「も~なんなのさ~。今の打ったの誰~?」

「すんませーん! ……大丈夫っすか?」

「おろ。倉井くんじゃん」


 そこには料理部員Aが居た。


「ごめんごめん。っつうか料理部はどうしたんだ?」

「掛け持ちだよ。テニスと料理の二刀流なのだ~」

「へえ。多趣味な坊やだな」

「まあね。で倉井くんは? テニス部入んの?」


 スルーされてしまった……通じなかっただけな気もするけど。


「いや遊びに来ただけ。こいつと」

「こいつ?」

「ど、どうも……」

「鈴木電波ってんだ。よろしく頼む」

「鈴木電波? ……あ~! 彼女さんだ~! そういえば体育の野球の時も一緒だったよね!」


 電波を指さす料理部員A。いまだ名は知らぬ。今更言い出せぬ。


「やっぱりみんなに知られているのね……」

「そりゃあ倉井くんがあれだけ派手に告白すればね~」

「それよか頭に当たったんだろ? 大丈夫か?」

「驚いたから声出ちゃったけどそんなに痛くなかったから気にしなくて良いよ~。でも私だから良かったけど、他の先輩とかに当てたら大変だから次からは気を付けてね~」

「肝に銘じるわ」


 素人が変に強いボールを打とうとするとダメだなやっぱ。残念だけどデュークホームランは封印しよう。波動球は……波動球もダメだな。ふんわりと優しく打とう。じゃないと電波返せないだろうし。ならなぜ打とうと思った俺。


「ねえねえ。こっちも二人なんだけどさ、せっかくだからダブルスしない?」

「ダブルス? 良いけど俺ら素人に毛も生えてないレベルだぞ」


 ぺんぺん草も生えねえ焼け野原だ。経験値バー1%も溜まってねえ。


「いいよ~。私達本当はダブルスプレイヤーなんだけどさ、今日は相手がいなくて仕方なく二人でやってたんだ~」

「そういや部外者の俺達にコート貸してくれるくらいの人数しか居ないもんな。テニス部は部員が少ないのか?」

「元々そんなに多くないのと、今日は別の部活に行ってる人が多いから過疎ってるんだよね~」

「ほーん。まあ掛け持ち推奨されてんもんな、そういう日もあるか」


 そのお陰でこうして俺と電波もテニスが出来ているんだから文句はねえが。


「チーム分けは倉井くんと鈴木さん、私とこの子でいいよね?」


 あ、ダブルスすることはもう確定してるのね……。


「……よっし。やるか電波!」


 せっかくテニスをしに来たんだ。ダブルスも堪能してやろう。


「う、うん。でもあんまり戦力としては期待しないでね……」

「ばっきゃろう。頼りにしてんぜ相棒」

「いいねえ。そういうスパコン的なノリ嫌いじゃないよ」



「フィッチ」

「?」

「あ~、えっとね、私がラケットを地面の上で回すから、倒れた時のグリップのロゴマークの表裏……上下を倉井くん達が当てるの。当たったらどっちからサーブするかそっちが決められて、逆ならこっちが決められるの」

「ほーん。じゃあ上で」

「ん。回すね……下だ。サーブ貰うね」

「おう」


 先攻後攻が決まったので、俺はさっそくレシーブの体勢に入る。


「いくよ〜……ほっ!」


 放たれた打球サーブは足元でワンバウンドし、俺の顔面目掛けて跳ね上がる―――!


「これはっ、ツイスト……!」


 なんとか反応したが、まともに返すことが出来ずラケットが弾き飛ばされる。

 まだ指先が痺れている。今のはツイストサーブ……! 越前の必殺技……!


「やるじゃねえか……」

「ふふふ……伊達に中等部からの三年間テニスやってないよ……」


「いや三年間とかバチバチの経験者じゃねえか。初心者相手に大人げないぞ」


 初心者相手にツイストサーブっておま、ないだろ普通。俺のテニス経験とかスポッチャでワチャワチャやってたくらいだぞ。


「勝負の世界にそんな戯言はノーセンキューだよ~」

「無茶苦茶だあね……」


 まあいい……次は電波のレシーブだ。あの打球を電波が返せるとは思えないが……せいぜいビビり散らかすがいいさ、俺だけが今の球を受けるってのも切ない話だしな。同じ目に合うがいい。


「次いくよー……ほいっ」


 そして繰り出されるは山なりのサーブ。バウンドの変化は―――無し。


「っておい! 俺の時と全然違うじゃねえか!」

「初心者の女の子相手にあんな球打つわけないじゃーん」

「クソッ正論だ!」

「これならわたしでも……えいっ」


 そんな緩い打球をおっかなびっくり電波は打ち返す。

 そして帰って来るリターンは柳生何某のレーザービームのように俺の足元を撃ち抜いた。

 いやほんと笑けてくるレベルで扱いの差が酷えや。

 そして次は再び俺のレシーブだ。ええい、ツイストだろうがなんだろうが跳ね際を叩けば問題無いと乾先輩も言っていた。先輩。先輩な。新以外だとあの世界の住人ほとんど俺より年下なんだよなとか思いつつ、キャリオカステップだったかなんかは素人の俺には無理だが、ここはボールにぶつかるくらいの気概で前に出よう。

 そうして放たれる第三球。その跳ね際を叩く―――!


「おらよっ―――ンンッ… マ゜ッ! ア゛ッ!」


 一歩踏み出し、返球の態勢に入る。が―――先ほどとは違う変化をした打球はそのまま俺のキンタマにダイレクトアタック。股間から脳天まで鈍い衝撃が突き抜ける。


「カッ、ハッ―――」


 臓物をひっくりかえしたかのような痛みに肺の中の空気が全て吐き出され、それでも足りない分が嗚咽となって漏れ出た。


「み、未来くん? どうしたの?」

「―――クッ……おおおッ……俺のキン、タマが……!」

「キン……ッ!?」


 俺は数度飛び跳ねたのち、地面をのたうち回る。

 動きも絶叫も、醜態を我慢出来ない。

 この痛みは、男として絶対に耐えられないモノだ。


「ど、どうすればいいのかしら……」

「あっ、あっあっ、んあああああああ!!!」


 心配する電波の声も右から左に、俺の絶叫が学園の空にこだましていた―――。


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