第185話 写真立て
こういう時、近場にでっけえショッピングモールがあるとどこに行こうかで迷わなくて済むのが楽で良いな、なんて思いつつバスに乗って街へ降り、そこから歩いてクラフトモールへ。
「そういや今更だけど、写真立てって何屋に行けば置いてあるんだ? 電波知ってるか?」
とりあえずでクラフトモールに向かってはいるが、写真立てなんて人生で一度も買ったことが無ければ、買おうと思ったことすら無いからな。
写真を撮らないというわけではないが、それも全てスマホの画像フォルダの中にデータ保存。印刷して物理的に持とうとまで考えることが無かった。これが人生初だ。
そんな機会をくれたオカマのカメラマンに感謝しつつ、俺は電波に話を振った。
「うーん……わたしもよく知らないけど、たぶん雑貨店とかじゃないかしら」
雑貨店か……真露に付き合って入ったくらいだな。自分からは行かん。それも地元で何度かだけだけだ。
まあクラフトモールはあんだけデカいんだ、雑貨店の一つや二つあるだろう。ヴィレヴァンとかドンキかなんかのテナントがきっと。
「雑貨店、ね。場所わかんねえしとりま案内板見に行くか」
「そうね。そうしましょう」
◇
「あった! 一階の南エリアだって」
「ナイス電波。んじゃあさっそく行くか」
案内版を見ると、目的地はすぐに見つかった。つっても見つけたのは電波だが、まあ今そんなことは重要ではない。
いざ南エリア、天竺へ。……いや天竺は西だったかな。それこそどうでもいいか。
しばらく歩いて南エリア。雑貨店という呼称の通り、雑多な物が色々と置かれている
店員さんに写真立ての場所を聞いても良いが……せっかくのデートだ。ウィンドウショッピングも兼ねて自分達の眼で色々見て探そう。
「お……この人形、舞子さんに似てるな」
俺はさっそく、近くに陳列されていた赤色のふてぶてしい顔をしたウサギの人形を手に取る。
たまたま目に入ったが、絶妙なにくたらしさといい赤い色合いといいどことなく舞子さんに似ている。
土産……に買っていく理由もねえな。特にお世話になってないし。
これが三星さんなら買うにもやぶさかではないのだが……。
「舞子さんって、六車さんよね? この前呼び出された生徒会長の」
「そうそう。アレ」
俺の彼女が見たいから今から呼び出せよとかジャイアンみたいなことを言い出してな。
「アレって……もう、年上にそんな言い方しちゃダメよ」
「いいんだよ舞子さんなんてアレ扱いで」
心の中でうんこ扱いしたこともあるんだ、それに比べればアレなんて上品なモンだろう。
「オレがなんだって?」
「舞子さんはアレだって話だよ……オレ?」
電波の人称そんなんだったけか……って舞子さんじゃねえか。
「なにしてんすか、こんなところで」
まさかの本人登場だ。これが噂をすれば影というヤツか。
「こんなところっつーのは店に失礼だぜ未来。そしてその問いに応えよう。オレは暇だから下界に下りて来たのだ」
「そうっすか。今デート中なんで回れ右して帰ってもらっていいすか?」
「デート? 面白そうじゃねーか。オレも混ぜろよ」
「いやほんと……勘弁してもらっていいっすか?」
「おおう……ガチトーンで言われると切ねーな。 だいたいデートっつったっておまえ一人じゃねーかよ」
「いや電波……電波? 居ねえ……」
……って俺の後ろに隠れてるだけか。
前も同じパターンあったしすぐ気付けたぜ。
というか初対面じゃないのになんで逃げた? こいつは……。
「んなところに居たのか。相変わらずちっこいなー」
と言いながら電波の頭をポンポンする舞子さん。
「縮むからやめてやってくださいよ」
「その方がロリコンのおまえにゃ都合が良いんじゃねーのかー?」
「風評被害。……っていうか舞子さんは一人なんすか?」
「いいや? 星座達と来てるぜ。はぐれたけどな」
「自信満々に言うようなことじゃねえと思うんすけど……」
「こんな日に限ってスマホ忘れてんだよなあオレ。だから代わりに星座に連絡してくんね?」
「仕方ないっすねえ……ちょっち待ってください」
連絡先から三星さんを選んでコール。
『はい、もしもし。どうしましたか? 未来さん』
三星さんはすぐに出た。俺は簡潔に用件を告げる。
「あーもしもし。三星さん、漂流した舞子さんを保護してます。一階南エリアの雑貨店まで迎えにこれませんか?」
『あら……舞子ったらもう。すみません未来さん、またご迷惑をおかけして……』
「いえいえ。なんか舞子さんスマホ持って無いみたいなんで、念のため俺も一緒に待ってるんで、なんかあったら俺に連絡してください。それじゃあ」
『はい、すぐに向かいます』
通話を終えて舞子さんに向き直る。
「三星さんすぐに来るんですって。電波弄ってていいんで大人しくしててくださいよ舞子さん」
眼を放すとすぐフラフラっとどっか行きそうだからな舞子さんは。実際はぐれて迷子になっているし。
「んあー?
「なんだかわたし、前にもこんな風に売られた気がするんだけど……」
お嬢様に差し出そうとしたことをまだ覚えていたか……まああれもクラフトモールだったしな、関連付けされて覚えているんだろう。
「酷え男だなあオイ。付き合い方考えた方が良いんじゃねーか?」
「い、いえ、そこまでは……」
「ちょっとそこ、人があんたのために電話してんだから変なこと吹き込まんでくださいよ」
「んだよ冗談だって冗談。本気にすんなって」
ワハハと豪快に笑う舞子さん。女に産まれたことを神に感謝して欲しい。男なら今頃肩パン飛ばしてるから。
なんて思っていると、さっそく、遠くの方から三星さん……と野上先輩が歩いて来るのが見えた。
「舞子さん、三星さん達来ましたよ」
「んあ? おお、マジだ。おーい星座ー、野上ー、オレはここだぞー!」
臆面もなく手を振って三星さん達の名を呼ぶ舞子さん。
この人はもっとこう、慎みというか……いや、無理だな。
これでこそ舞子さんなんだよ多分。
「お待たせしました、未来さん。……鈴木さんもいらっしゃったんですね。舞子がお世話をおかけしました」
「ごめんね、二人とも」
「待ったってもちょっとですし気にしないでくださいよ。な、電波」
「うん。気にしないでください」
「ところでお二人が一緒ということは……はっ、まさかデートでしょうか?」
「まあ、そうっすね」
「それは素敵なことですねっ、……そんな時に舞子ったら。重ね重ね申し訳ありません、お二人とも」
「いや全然、ほんと気にしないでください」
傍若無人な舞子さんと違って、三星さんはどこまでも礼儀正しい。
少しは見習って……爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいもんだ。
ってさっそくさっき思ったことと矛盾してんじゃねえか俺。
「それではこれ以上お二人のお邪魔をしても悪いですので、私達はこれで失礼しますね。ほら舞子、あなたからもちゃんとお礼を言って」
「ん。悪かったな未来、鈴木」
「次からはスマホ忘れんといてくださいね。じゃあまた学園で」
「はい、それではまた」
◇
三星さん達は去っていった。デート再開だ。
「六車さんって美人よね。それで生徒会長だなんてすごいわ」
「まあ……美人……だな。黙ってりゃあだけど」
「もう……またそんなこと言っちゃって」
「だって事実だもん」
その注釈は外せない。口を開いた瞬間色々と台無しになるというのが初期から一貫した俺の舞子さん批評だ。
舞子さんの立ち振る舞いはブサイク……ってのはしっくりこないな。なんていうんだろうかこういうの。うまく言語化できねえけど。
「写真立ても見っかったしどうする? このまま帰ってもいいけど、なんか寄ってくか?」
舞子さんら三人と別れて再び雑貨店を漁り、写真立てはすぐに見つかった。
寮の夕食まで時間はまだある。クラフトモールから離れてなにかするっていうのは微妙かもしれないが、モール内でなにかして過ごすくらいの時間は。
「そうね……せっかく街まで来たんだから、このまま帰るのも寂しいわよね」
「だったらサ店にでも行くか。帰ったら飯だけど飲み物くらいなら入るだろ」
「そうね。そうしましょう」
喫茶店へと場所を変え、俺はカフェオレ、電波はオレンジジュースを注文する。
初めて学園の洋食屋に入った時もそうだったが、こいつはオレンジジュースが好きなのだろうか? ……付き合い始めたといっても、まだまだ知り合ってから日は浅い。お互い知らない部分もたくさんあるんだろうな。
「あっ、帰る前にもう一ヵ所寄りたいところがあるんだけど、いいかしら?」
なんて出会った頃のことを思い返していると、これまた思い出したように電波が言った。
「ん? ああ、良いぞ。どこに行きたいんだ?」
「この前獅子紙さんと一緒に行ったカードショップよ」
「獅子紙……? 誰だそれ」
どことなく聞いた覚えはあるような気がするが、今一はっきりとしない。
「もう、またそんなこと言っちゃって……いつも森さ……くんと一緒に居る女の人よ」
「……ああ! あのお嬢様か。そういやそんな名前だったな。確か……ええと、獅子紙伊織だっけ?」
「そうよ」
「んで、なんでカードショップなんかに行きたいんだ? まさかなんかカードゲームを始めるつもりか?」
「ううん。前にあの人からカードを貰ったでしょう? それを入れるためのケースを買いたいなって。カードショップなら置いてそうじゃない」
「なるほどな。部屋に飾ろうかなって言ってたもんな。じゃあ行くか」
◇
そうして俺達はとことこ歩いてカードショップへ。
―――で、居た。
お嬢様が、居た。
ということは。ということは、だ。森くんも居るはずである。
どこだ、と俺は視線を彷徨わせる。
「あら、そんなにもキョロキョロしましてなにを捜しておいでで?」
「いや森くんはどこに居るのかなって。いつも先輩らセットじゃないですか」
「私の従者ですから当然ですわ。……と言いたいところですが、本日森はお休みです」
「ええ……」
なんてこったい。森くん無しのお嬢様単体とか、そんなん出会い損ですやん。
「その顔、なにか失礼なことを考えている顔ですわね……まあいいでしょう。それでお二人はどうしてカードショップに? なにか興味を持ったカードゲームでも?」
「えっと、この前もらったカードを入れるケースを見に来ました」
「ああ、カードローラーをお求めにいらしたのね。……そこまで大切にしていただけるとなると、贈ったこちらとしても嬉しいというものです。せっかくですからそちらも私がプレゼントいたしますわ」
「えっ、でも、そこまでしてもらうのは悪いです……」
「構いません。乗りかかった船……ではありませんが、私がそうしたいのです。マスター、カードローダーを一つ。独立して立てられる物をお願いします」
マスター……多分店長さんかな。前も獅子紙先輩の対応をしていた中年男性がローダー? プラスチックのケースを用意してくれる。写真立てに似た形状だ。
「あ、ありがとうございます」
電波はそれを受け取ると、頭を下げて礼を言った。
「ああ、それとこれも会った時に言っておこうと思っていたことです。お二人とも、お付き合いおめでとうございます。先日の放送を使った告白、お見事でしたわ」
「アレ聞かれてたんすね」
「ええ。あの放送は学園中に響き渡っていましたから、当然私達の学年でも話題になっていましたわ。まるでドラマの中の出来事だと好評でしたわ」
「なんだか照れるわね……」
「俺はもう諦めてる」
ルクルに唆されて勢いに流されてやったことだけど、注目されることは覚悟の上でやったから、弄られたりするのはもう受け入れているのだ。
「諦めてるって……もう。本当に恥ずかしかったんだからね?」
「いいじゃねえかよ終わりよければすべて良しで」
こうして付き合えてるんだからその時感じた恥ずかしさも良い思い出として昇華して欲しい。俺のように。
「もう……仕方のない人ね」
やれやれといった感じで、これは納得してくれたのだろうか。
「ところで、お二人はお互いのどんなところに惹かれたのです?」
「まあ強いて言うなら、放っておけないところっすかね」
初っ端から持ち上げたりとかおせっかい焼いちゃったし。
「庇護欲ということでしょうか? 少々歪んだ恋愛観をお持ちのようですね」
「そこまではいかないっすけど、まあ近いんじゃないっすかね」
歪んでるとか言われちゃったよ。ちょっと酷くない?
「はえ~……」
「それで、鈴木さんの方は?」
「え、わたしも言わないとダメですか?」
「俺も言ったんだからさ」
電波が俺のどこを好きになってくれたのか実際気になるし。
「……優しいところかしら?」
「なんで疑問形なんだよ」
「気付いたら好きになってたんだから仕方ないじゃない」
「……結構恥ずいなコレ」
軽い羞恥プレイだ。
「まあでも、その気持ち少しはわかりますわ。鈴木さんは小さくて守ってあげたくなりますわね」
「でしょ?」
小動物的な可愛さがあるんだよな。
「喜んでいいのかしら……」
「まあ、ここは素直に喜んでおくのが吉かと」
「そうします……」
「……あら、そろそろ良い時間ですわね。私はこれで学園に戻りますが、お二人は?」
「俺達も帰ります。先輩もバスですよね?」
「ええ。それではせっかくですし一緒に帰りましょうか」
「うっす」
森くんが居ないのは残念だが、断れる状況じゃねえよな。向かう先が同じなんだから。
俺と電波、獅子紙先輩はクラフトモールを出て役所のバス停へ向かう。
「……お」
舞子さん達だ。
そっか、それもそうだよな。あの時間にクラフトモールに居て、学園にバスで帰るなら同じ時間になるのは自明の理。ここにあの三人が居ることのなにに不思議があろうか。
「あん? 未来……と獅子紙じゃねーか。なんだおまえら、知り合いだったのか?」
「ごきげんよう、六車さん。その言葉そっくりそのままお返しいたしますわ」
どうやら舞子さんと獅子紙先輩も既知らしい。同じ三年同士な上舞子さんはああ見えて生徒会長だからな、顔は広いんだろう。
「こう見えてこいつの入学初日からの付き合いだぜ。なあ未来」
「そうっすね」
その出会いは初っ端から股間を触られたりとご褒美、いや最低の部類だけど、確かに舞子さんは初期も初期、学園に来てから出来た三人目の知り合いだ。最初はルクルで次いで三星さん。……で七生は意識が無かったのでノーカンな。
「獅子紙はまたカードショップか? 好きだなーおまえも」
「ええ。そういうあなた方は?」
「オレか? オレは星座と野上とブラっとしにきただけで特に目当てはねーな」
「そうですか。では生徒会は今暇なのですね」
「暇っちゃ暇だな。問題起こすような生徒もいねーし、学園側からなんかやれって言われるのもねーし」
「それは重畳。平和が一番ですわ」
……む。
いかん。上級生が四人も居るせいで電波がいつも以上に小さくなっている。
「電波、写真立て見つかってよかったな。あとカードケースも」
「え? う、うん。そうね」
ならばこうしてフォローするのが彼氏の役目よ。
俺は電波に話を振った。こういう時、黙っているよりなにか話している方が気が紛れていいはずだから。
「写真立て、ですか?」
それに反応したのは三星さんだ。
「二人で一緒にプロのカメラマンさんに撮ってもらう機会があったんんで、その写真を入れるために買いに来たんすよ。な、電波」
「うん」
「まあ! それは素敵ですねっ。私もいつかそんな恋愛をしてみたいものです……」
「三星さん可愛いですから、その気になればなんぼでも彼氏出来ると思いますよ」
おまけに内面も文句のつけようがない、完璧な女性だ。男なんてより取り見取りだと思うが、人が良すぎて悪い男に引っかからないかだけが心配だ。
「ふふっ、ありがとうございます。ですが未来さん、彼女さんが居る前で他の女性にそんなことを言っちゃダメですよ?」
「あー……」
そんなもんなのか。
気まずくなった俺は頬を掻く。そして電波を見る。
「? どうしたの?」
「いや、なんでもねえ」
よかった、気にしていなさそうな顔だ。
「あっ、バスが来たわ」
電波が指さす方を見ると、学園のバスがこちらに向かってきているのが見えた。
俺達以外にも何人かの生徒がバス停で待機していて、俺が今まで乗った中では一番の乗車率になるだろう。
「デート、終わっちゃうわね」
迫り来るバスを眺めながら電波が言う。
「……そうだな。でも、また何度でも機会はあるだろ?」
「……そうね!」
珍しく電波から手を握られる。
それを見た三星さんがほほ笑んだ。
ちょっと気恥ずかしいけど……それもまた良いかなと思える俺が居た。
バスが停まる。俺達はそれに乗って学園に帰る。
楽しい一日も終わりだ……でも、電波の言う通り、また何度でも機会は有るだろう。
そう思うと、過ぎ去った今日に対する寂しさも少し薄れる気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます