第118話 学級裁判

 はい着いてしまいました食堂しょけいじょう。いや処刑場しょくどうだったか? まあどっちでもいいんだけどな。だって今更どう足掻いたってしんどいのに変わり無えから。


「ん、えらく大所帯じゃない」

「おう。まあな」


 などと投げやりになっていたところで七生とエンカウント。こんな状況で向こうから声掛けてくれるのって地味に嬉しいよね、なんて思いつつ後ろのメンツに想いを馳せる。

 変態探偵ルクル道化師ゼクス聖人三星さん魔王うんこ。内訳はともかく、ドラクエやテイルズなど大抵のRPGが四人パーティーであることを考えればご指摘の通り大所帯と言っても過言ではない。

 ちょっと待て今俺なんかおかしくなかったか? 勇者は無理だとしてもせめて遊び人か宇宙人にしてくれよ。色々言われて頭バグったにしてもさ、口に出てすら無い思考にセルフツッコミかますとか焼き回り過ぎだろ。焼き切れてるまであるわ半田持って来い。


「その顔、なんとなく想像は付くけど病み上がりであんたも大変ね」

「まあな」


 大変も大変だが開幕から憐れまれてしまった。みんな揃って顔に出やすいって言うけど今の俺はどんな顔をしているんだろう、やっぱ真顔なのかしら。

 同情するなら金をくれ、なくていいから噂をどうにかして欲しい。絶対無理だろうけど願うくらいはバチも当たんねえだろ? それすら許されないとか世界が俺に厳し過ぎておしっこチビるわ。

 しかし七生も知ってたんだな俺の噂。この分だともう寮生全員に知れ渡ってるんじゃねえか?


「あんた……もうそれしか言えないところまで行っちゃったのね……」

「まあな」

「いや言えるが。勝手に悲壮感増さないでくれる?」


 それしか言えないところってどこだよ地獄か? まあ確かに地獄だよ何丁目かは知んねえけど。

 ちなみに今“まあな”と答えたのはルクルである。あの野郎言うだけ言ってさっさと消えやがった。あまりに自然過ぎて止める暇もありゃしねえ。


「あんな人うちに居たっけ?」


 他のメンツも去って行き俺と七生だけが取り残される。そんな七生がゼクスの後ろ姿を目で追っていたので、念のため補足しておいた。


「あれでも一応先輩だぞ。まあ人間あんま変な物は無意識で無い物として扱うとか言うしそんなんじゃねえの?」


 無実の罪で糾弾される辛さは俺も現在進行形で身に染みている。銀行やコンビニにフルフェイスで入るのとは違うんだ、いくらゼクスが変態でも犯罪者と間違われて通報されたらかわいそうだからな……七生ってそういうの容赦無さそうだし、俺も三星さんが居なきゃ今頃豚箱ん中よ。


「えっぐ……」


 同じ屋根の下に変質者が潜んでいることを認めたくない気持ちもわからんでもないが、現実問題としてゼクスは存在してしまう。

 まあ実際俺もあんな強制イベントきょうはく無かったら絶対絡んでねえ。遭遇しても見て見ぬ振りしてたと思う。

 いや今でもしたくなる時あるわ。つーか仮に学園の外で鉢合わせたら全力で他人の振りする。で向こうから来る。こいつは予想というか予言してもいい。


「未来、星座の話が始まるようだ」

「え?」

「……おまえの弁解を星座が代わりにしてくれるという話だっただろう。その準備が終わったんだ。主役が行かないでどうする」

「そうですよ。なのに倉井くんたら人任せにしてイチャついてるんですから!」

「あー……そりゃ悪かった」


 そんなの来る前に言ってくれりゃ俺が自分でやったのに。

 いや三星さんの話ちゃんと聞けてなかった時あったし、もしかしたらその時に言ってたのかも? なんにせよ任せきりにして悪いことしたわ。けど別にイチャついてないから今変なこと言うのはマジ止めて欲しい。


「なんしあんたって変なのに好かれるわよね」


 言うだけ言って再び去って行く二人の背に七生がぽつりとこぼした。……あの二人が奇人変人であることは疑いようのない事実だが、現在進行形で俺と絡んでる野郎が言えた義理ではない。

 そんな安全地帯から狙撃するような芋プレイ、例え神が許しても俺は認めてやらねえぞ。


「七生とかな」

「そうね」

「マジ調子乗ったわ」


 ガチめな感じに鼻で笑われてしまった。

 慣れないことはするもんじゃないっすね。もう二度とやんない。

 素直にサーセンしておこう。


「えー、それではこの場をお借りして、皆さんにお話があります。未来さん、どうぞこちらに」


 マイクを握る三星さんからも呼ばれ、ともかく俺は食堂奥、キッチンとを仕切るカウンターの前に立つ。

 この場所からは食堂の全貌が目に入る。やはり俺の噂についてはもうほとんどの生徒の耳に入っているのだろう、こうしてみても特に驚いた様子は見られない。

 それとマイクで呼ばれた時に初めて気付いたけど、この部屋は天井のあちこちに埋め込み式のスピーカーが付いていてカラオケの宴会室みたいになっているようだ。二人が言う準備とは多分これの設定とかだろう。

 カラオケとかしばらく行ってねえな……流石にここの設備使って歌う勇気はねえから今度真露でも誘って下界に歌いに行こう。だって絶対玄関ホールまで響くもん。

 ……よし。良いのか悪いのかわかんねえけど色々ありすぎて逆に冷静になれてるぞ。

 でもなんだろ、この感じどっかで覚えがある。


「本日の議題は、手芸館に流れている倉井未来さんの噂についてです」


 あー……これはアレだ、帰りの会だ。皆さんが静かになるまで何分掛かりましたとかヒス気味に言われる超絶めんどいアレ。

 またの名を学級裁判。その法廷に立たされた被告人は狩魔検事もびっくりの有罪率を誇る魔女狩りが如き亜空間。

 なるほど捜査が終われば法廷パートが始まるのは自明の理。エジソンは偉い人なの同じくらいのピーヒャラ。


「未来さん、ご自身で把握している噂というのはどんなものがありますか?」


 振られマイクを渡される。

 必然、注目も俺に移る。

 俺の口から言わせるとか三星さんも中々の畜生っぷりだが、まあいいだろう。知らざあ言って聞かせましょうってな。


「えー、ただ今ご紹介に預かりました。ゲイでロリコンで枯れ専でマゾでサド、宇宙人の倉井未来です」


 もし実在するのであれば男子校ならネタ枠で人気者間違い無しのとんでもないキメラである。しかし今のは別にやけくそで羅列したわけではない。なぜなら、俺の心は既にこの程度で動かぬ領域にまで達していた。

 それに自己紹介は大事だからな。ここに居る殆どはクラスだけでなく学年も違う、いつも顔を合わせちゃいるが一度も話したことの無い人達ばっかですしおすし。

 いやSはまだ出てきてなかったかな? まあ今更どっちでもいいさ一つくらい増えたって誤差よ誤差うふふふふ。


「やば、目が死んでる……」


 誰だ今ロジハラかましたヤツは聴こえてんだぞ。


「話しづらいことをありがとうございます。このように、現在手芸館では未来さんに関する悪質な噂が流れています。今日はそれについて少しお話しさせてください」


 俺の命運は三星さんに預けているので存分にお話しください。


「先ほどどなたのご指摘にも有りました通り、謂れのない疑いをかけられて未来さんは非常に迷惑しています。皆さん初めての男性に戸惑っているのはよくわかりますが、このような噂を根拠もなく信じるというのは、それを自分から広めるのと同じくらい罪深いことだと私は思います」


 イジメは止めないヤツも同罪理論みたいなもんか。

 うーむマジで先生みたい。


「でもさみっちゃん、火の無い所に噂は立たないって言うし、やっぱその人にも思い当たる節はあるんじゃないの?」

「そもそもなんで女子校に男が居るんですか?」

「そーだそーだ!! 百歩譲ってそれはいいとしても同じ寮っておかしくない!?」

「そーよ! 空気感染で妊娠したらどうするのよ!」


 言われたい放題だけど正論しかないから反論出来ないし耳が痛え。

 いや正論か? 最後の一個は明らかおかしいだろ花粉じゃねえんだぞ。

 今まで直接なにかを言われたことはないが、この感じだと俺という存在に不満を溜め込んでいる人はそれなりに多そうだ。

 そんな状況で俺がなにを言っても逆効果だろう、やはり三星さんに託す他ない。

 そこから聞きに徹することしばらく、さして白熱もしない議論の末、無情にもそれは訪れてしまった。


「もうさー、なんでもいいからご飯食べようよー」


 これだ。

 議論が泥沼に陥った際、大体100%出て来るこの意見。

 学級裁判で最も恐ろしいのは証言でも物的証拠でもなんでもない。

 なんでもいいから早く終わってくれ―――この空気こそが無辜の民を産むのだ。

 こうなってしまえばもう終わり。余程のことが起こらぬ限り被告人に逆転のチャンスは訪れない。


「ええい静まれい!!」


 もう煮るなり焼くなり好きにしてくれと俺が諦めかけたその時、唐突に舞子さんが吠えた。

 まさに鶴の一声。時代劇でしか聴いたことの無いような台詞が響き渡り空気が変わる。

 さすが生徒会長……普段から人前で喋り慣れているだけあってマイクも持たずに凄え声量だ。

 

「おうおまえら、この中で一人でも噂されてるような話でこいつに迷惑かけられたヤツが居るか?」


 皆が静まり返ったところで畳みかける舞子さん。しかしなにを言うつもりなんだろう、こういう場合上から押さえつけるような言葉は大体逆効果になってしまう。煮るなり焼くなり好きにしてくれとは言ったが、せめて切り口は鋭く殺して欲しい。


「居ないだろうがよ? それでもこいつが信じられねえって言うならな、まずはこいつを信じるオレを信じろ」


 舞子さんの言っていることは滅茶苦茶だ……それなのになんでこんなに説得力があるんだ?

 そういえば野上先輩は舞子さんのことをやる時はやる女だと評していたし、実際俺もこの前部活の話をしていた時にハッとさせられた覚えが有る。なるほど伊達に生徒会長として君臨しているわけではないということか。

 でもどっかで聞いた気がすんだよなさっきの台詞……。


「……まあ、そう言われたって言葉だけじゃ納得できない部分も当然有るだろうよ。なにもタダでとは言わねえ、こいつを信じるならこれから一ヶ月間、毎日おまえらに食後のデザートをくれてやるぜ。もちろんオレの自腹でな。―――それが、こいつを信じるオレの覚悟だ」

「舞子様……そこまで彼のことを……」

「生徒会長がそこまで言うなら信じられるのかも……?」

「そ、そうだね。わたし達まだなにもされてないもんね」


 舞子さんというカリスマによって情勢は一気に傾いた。最早この場に異議を唱える者など居ない。

 はえ~……第一声が静まれいとか意味不明なんだったから不安だったけどマジで納めちまったよ。

 すげえ。俺が女なら惚れてるわ。


「あの鹿倉衣さん、今のデザートって……」

「……まあ、それで丸く収まるなら良いんじゃないか? それにこの空気、今水を差すと私達が悪者になるぞ」

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