第117話 全否定

 いや蒼白とか通り越して真っ白だわ。ただでさえ白い肌してんのに今は仮面に迫るくらい漂白されてる。

 血の気が引いてるっつうより血抜きした後みたいな血色の悪さ。いくら人の心がないっつったって生きてるんだから血いくらい通ってるだろうに……器用なやっちゃ。


「ところで、未来さんの聞きたいことというのはなんだったのでしょうか?」


 っと、本題を忘れるところだった。


「寮内に蔓延るこいつの噂についてだ。星座はなにか聞いていないか?」

「なんでおまえが答えてんだよ」


 いや誰が言っても同じだから別にいいけどさ、意外でもなんでもないけど結構仕切りたがりだよなルクルって。こういうのも女王様気質っていうのかしら。


「……。その様子だと、あの噂は皆さんの耳にも届いているようですね」


 そっくりそのままである。どうやら俺達の読み通り三星さんも噂について知っている様子。

 なら話が早くて助かるぜ。あんなもんいちいち説明してたら俺の心持たねえからな。


「あまりにも荒唐無稽こうとうむけい過ぎて、流石にあり得ないと私は思っているのですが……」


 そして一笑に付すくらいには俺のことを信じてくれていたらしい。まあ俺も三星さんなら信じてくれるはずだって信じていたけどな……!


「以前未来さんがご実家に帰られた際に流れた三つの説……そこから新たに生まれたもう一つのかのうせい……」


 信じていたとは言ってもやはり不安は有った。それを吹き飛ばす力強い言葉にありがてえと拝みそうになっていたら、三星さんは長く大仰な前置きをしてからなんか意味不明なことを話し始めた。


「無事に生還したように見えた未来さんが、実は宇宙人に連れ去られて入れ替わっていたんだよ派の話ですね?」

「気をしっかり持ってください! 寝たら死んじゃいますよ!」

「お、おお悪い。逝きかけてたわ。でもここ雪山じゃない」

「いえいえお気になさらず。私も正直色々ありすぎていっぱいいっぱいのあっぷっぷで解脱しかけてますが、意外と人の頬叩くのって気持ち良いんですね」

「は?」

「いえなにも」


 しっかし……はえ~キャトルミューティレーション……S疑惑どころかまたとびっきり意味不明なん出てきやがったな。

 今までの噂とずいぶん気色が違う気すんだけど、なにが違うんだろう。漠然とそう感じるだけなのでうまく言語化出来ないが、俺の中にはまるで歯の間に挟まったネギのような気持ち悪さが残った。

 てか三つの説ってあれだよな、電波発祥の逃げたとか事故に合ったとかロクでもないやつら。

 俺前世でなんか悪いことしたのかしら。これもう輪廻転生あったら来世ゴキブリとかだろ。

 まあ自我崩壊しかけてたけどゼクスの呼びかけでなんとか現世に留まることが出来たから良しとしておこう。でなきゃもう無理だよ。


「ここまで来ると流石に気の毒に思えてくるな」

「えっ、鹿倉衣さん逆に今までなんだと思ってたんですか!?」

「面白半分、いや面白全部……も言い過ぎだな、面白七分丈くらいに考えていた」

「鬼か悪魔ですかね?」

「よせ、照れる」

「ファッ!?」


 名探偵ルクルはゼクスと戯れていてアテになりそうにない。おまえら仲良くなったのは結構なこったけど、肝心なとこで戦力にならないとかRPGの期間限定ユニットか?

 まあ仕方ねえ、こうなったら自分で説明する他あるまい。

 宇宙一有名な犬も言っていた。配られたカードで戦うしかないのだと。


「そんな意味不明なヤツじゃなくて、俺がマゾとかロリコンとかそんな噂です」


 いやこっちも俺からすれば十分意味不明な話だけど、なにが悲しくて自分でこんなもん説明せにゃならんのだろう。


「えっ、未来さん変態さんだったんですか!?」


 期待通りの反応ありがとうございます。でも俺そろそろ悲しみの向こう側とか行けるんじゃないかしら。


「違いますよ。Mの方はわかんないっすけど、ロリコンは多分電波によく構ってるから言われてるんだと思います」


 持ち上げたり背負ったり、ジャイアントスイングもどきを掛けたり電波との身体接触はかなり多い。特に持ち上げたのは自己紹介の時にクラス皆の前でやったから印象に残ったはずだ。

 ……今思い出しても恥ずかしいわ。青春し過ぎだろ俺。

 あと男が恋しいというのは口に出していた覚えはないけど思っていたのはガチ。喜んでいた覚えはミリもないが水責めやビンタで痛い目に合わされていたのもリアル。枯れ専だけはマジで身に覚えねえけど、まあ大体の噂にはそう囁かれるように至る原因らしきものがあったのはわかる。理解出来るわかるけど納得は出来ないってヤツ。

 ……そういやラッキースケベ的なイベントってちょいちょい有る割りに、触わっちゃったりとか上に乗られたりとかテンプレなのは一回もねえんだよな。いやそういう目に合いたいわけじゃないし、仮に胸とか揉んじまったらシャレになんねえから起こらないでくれていいんだけどさ。


「あ……なるほど、そういうことですか」


 雲の上で電波がはえ〜してるのが見えた。すまん電波……尊い犠牲というヤツだ。


「三星さんのとこなら俺の噂と、あわよくば出所に関しての情報も集まってないかなと」


 んで問題はこっからよ。三星さんが噂についてなにも知らないのならここに長居する理由はないが、このまま食堂に向かってもなにも解決しない。

 かと言って他にどっか寄るアテもなけりゃ時間も無いのないない尽くし。俺が元からボッチなら最悪無視して過ごすのも有りだけど、さっきのルクルの言葉、そんな変態に関わられる相手の気持ちを考えろというのはそっくりそのまま真露とかに跳ね返ってしまう。

 あいつはそんな噂気にしないだろうけど、俺が気にするのだ。


「なるほど……それでいざ来てみれば、私から出て来たのは宇宙人と入れ替わってる説だったと……お役に立てず申し訳ありません」

「あっいや、三星さんが謝るような話じゃないっすよ。悪いのは全部そこの舞子さんですから」

「は!? なんでオレなのさ!?」

「正座したままの姿が弄り易過ぎて……」

「脚が痺れて動けないんだよ!」

「あっ」

「あっ、おうっ、あおうっ!!」


 あーあ。

 そんな迂闊なこと言ったら殺られちゃいますよと続けようとしたけど時既に遅し。弱味を見せたせいで舞子さんはルクルに足を突かれて悶えていた。

 にしてもきったねえ喘ぎ声だ。人が出していい声じゃない。


「舞子、今未来さんと大事なお話してるから騒がないで」

「オレの、扱いがっ、悪すぎる……っ!」


 ルクルと三星さんの舞子さんに対するこれは今に始まったことじゃない。むしろ意識が残されている分だけいつもよりマシまである。


「生徒会長ってこんなキャラだったんですね。私知りませんでした」

「舞子は昔から結構いい加減な女だぞ。普段見せている姿は皮だ。そして私は皮ならタレが好きだ」

「上辺だけとか猫かぶりのことを言いたいんでしょうけど、言い方ってあると思うんです。あと私もタレ派です」


 屍と化した舞子さんを他所に二人は焼き鳥談義に花を咲かす。

 ルクルはああ見えて考えているようで考えていな……いや考えた上でアクセル踏み込む一番厄介なタイプだ。当然歯に衣を着せるなんて言葉も知らない。

 ゼクスも大概ぶっ飛んでいるけどその代わり後輩おれから多少アレな扱いを受けても気にしない広い心を持っているし、案外二人は相性良いのだろう。そして周りには良くないのだろう。


「うーん……私と舞子から皆さんに説明しましょうか? ちょうどそろそろ夕飯の時間で集まることですし」

「あー……じゃあ頼めます?」


 小一時間駆けずり回って得たものと言えば俺の意味不明な噂だけで、有意義な情報が集まることなくタイムリミットが来てしまった。

 まあ三星さんが間に入ってくれればこれ以上悪くはならないだろう。舞子さんも一緒というのが若干の不安要素だが、渡りに船というやつだ。

 収穫と呼べるモノはそれくらいかな……。


「はい、頼まれました。それではどう説明するのか詰めながら行きましょうか」

「うっす」


 もうやれることもないが、最後の悪あがきだ。せめて処刑場しょくどうに向かっている間に頭の中で情報を整理しておこう。

 宇宙人は明らか悪ノリだから除外するとして、出てきた噂はゲイ、ロリコン、枯れ専、マゾの五つ。

 サディストは結局出てこなかったが、これはそもそも存在しなかったのか、それとも北島先輩達と別れて直でここに来たからタイミングの問題なのかは不明。

 北島先輩はあの時なにか気付いたみたいだったけど、俺みたいな一般ピーポーの思慮の及ぶところではない。

 あと判明したことと言えば……野上先輩はM寄り、中村先輩は婦女子会所属。

 舞子さんの喘ぎ声は汚く、ルクルとゼクスは焼き鳥タレ派。

 ……ふむ。

 ここまでの情報を統合して、一つとんでもないことがわかってしまった。

 それはこんなクソ情報いくら整理したところでなにもわからないということ。

 これまでの俺の行動は、傷口を広げただけでほとんどなんの意味もなかったということだ。

 協力してくれた二人に申し訳ない―――とか一瞬思いかけたけど多分こいつら俺のためにというより自分達が楽しむために付いてきただけだから思うだけ損だわ。


「それでは、そんな感じでいきましょうか」

「あっ、はい」


 やべえ全然話聞いて無かった。

 ……まあ今更ジタバタしてもどうにもなるめえ。立ち合いは強く当たって流れでお願いしよう。

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