九日目
第119話 ときメモ
クソとしか形容し難い一日がようやく明けた。
舞子さんのミラクルによって皆の興味は明日からのデザートに移り変わり、俺の噂など忘却の彼方。
無罪放免とまでいかないけれど、おかげで保護観察付執行猶予くらいで済んだ。
まさに首の皮一枚、喉元過ぎればなんとやらだ。後は俺が勘違いされるようなヘマをやらかさない限り大丈夫だろう。
でその後は飯食って風呂入って寝て。あ、つってもしんどかったから部屋のシャワーでパパッと済ませたんで大浴場はまだ堪能してないけど。
とまあそんな感じで、俺は後顧の憂なく気持ち良い朝を迎えることが出来たのだ。
止まない雨が無ければ春の来ない冬も無い、そんなことを学んだ一日でしたと。めでたしめでたし。
「あ! 倉井くん!」
「おう電波。おはようさん」
通学路ではそんな清々しい一日を祝福するかのように野生の電波が笑っていた。なんて素晴らしく都合の良いタイミングなんだ、と思いつつ俺も軽く手を挙げて応える。
「おはよう! 昨日は大変だったみたいね……でも、私は信じてるから!」
小走りに近づいて来る姿はどこに植えても恥ずかしくない黄ピクミンだった。
「お? ああ噂か。ありがとよ。けど人の不幸笑うとかいい根性してんなおまえ」
ニッコニコですわ。大変だと思うならもうちょっとこう深刻そうな顔っつーか、なんかもっと他に相応しいのが有るんじゃないっすかね。
振り回して身の程をわからせてやろうかと思ったけどロリコンの噂消えたばっかだから勘弁してやるか……誰かに見られて誤解されたらコトだからな。
舞子さんでも二回目は無理だろ。考えるだけでもおぞましいわ。
「えっ? あ、ご、ごめんなさい。つい」
ついで人の不幸笑うとかひよこ育てながら鶏白湯食えるヤツはやっぱ一味違うぜ。
三星さんといいこの学園俺なんかよりよっぽどSいヤツらばっかだろ、電波とかサイコパス通り越してシリアルキラーの資質有るんじゃないか?
「まあなんとか無事に治まったからいいんだけどな」
でも冗談で言っただけなのにそんなマジで謝られると逆に困る。一味違うと思ってるのは本当だけど。
「えっ、そ、そうなの……それは……よかったわね!」
肩透かしを食らったような反応をする電波。気持ちはわかる。事故ったって言われて慌てて駆けつけた時とかにしょうもないケガだったら俺もそんな感じになるから。
「んで南雲は一緒じゃないのか?」
いくらあいつがミニマムといってもこれだけ開けた道だ、見落とすはずがない。
「一応一緒に行かないかって誘ったんだけど、授業以外で教室に居たくないからギリギリに行くらしいわ」
なんじゃそりゃ……休み時間とか寝たふりしてそ……いや速攻で教室出てたな前呼びに行った時。
うーむ……真露と桃谷とはそれなりに打ち解けたと思うんだけど、他とはまだ距離があるのか。
なにかきっかけが有れば良い玩、いや打ち解けられるとは思うんだが。
まあ本人がそのままでいいってんなら俺がどうこう気を揉んでやる問題でもないか。いらぬお節介ってヤツよな。
「ところで、なんでそんなに距離取るのよ」
仰る通り俺は電波との間に1m以上、付かず離れずの距離をキープしていた。理由は単純明快である。
「今おまえと一緒に通学して噂とかされるとヤバいんだよ」
だって再熱したら死んじゃう。複数人か他のヤツとならともかく電波とサシはまずい。
一度燻った火種が再び燃え上がる時、その規模は前回の比じゃない。臆病者と謗りを受けようとも俺は自衛する必要があるのだ。
「…………そう……」
「…………うっそぴょーん!」
やっぱ噂になってからあからさまに距離置くとか逆に怪しいよな、うん。止めとこう。
「キモ……」
「いきなり現れて失礼すぎやしませんかね」
「通学路なんだからここ通るしかないでしょ。むしろ人にあんなキモいの見せたあんたの方が謝罪すべきじゃない?」
「えぐいわ。あと弁解すべきはそこじゃないんだが」
「ルクルは?」
むごたらしくスルーされてしまった。でもキモいと言いつつ歩幅を合わせてくれるのは素敵だと思う。
「なんか用事あるから別で行くってさ」
「そ」
ん-……今なら、いや今しかないか。
ちょうどいいのでずっと思っていたことを言ってみよう。
「なあ、七生と電波って結構似てるよな」
「嫌味かしら」
いわゆるジト目的な、不服そうな目で電波が見上げてくる。
嫌味……なんでだ? どっちかっていうと褒めたつもりなんだが、機嫌を損ねてしまったらしい。
「いや、なんか電波をそのままでかくしたら七生になりそうっていうか、まあ逆でもいいんだけど、幼年期と成熟期みたいな感じで……」
巨大化でも収縮でもそこは別に問題じゃないんだけど、とにかく似ていると感じていたんだよ。
「せめて成長期にしてくれないかしら……」
「あんた達がなに言ってんのかわかんないけど、髪くらいしか共通点ないでしょ」
「いや、あと目つき鋭いとことかも結構似てると思う」
七生は当然として電波もこれで結構鋭い眼光してるからな。初対面の時は
「へえ……そんな風に思ってたんだ」
「あっ、いやサーセンっす。っす。へへ」
舞子さんが三星さんに弱いように俺は七生に弱い。それでなくとも今のは女子に言わない方がよかった気がするけど自分を抑えられなかった俺の弱さよ。
そしてふと思ったけど、それなら二人は誰に弱いんだろう。
七生は最初見舞いに来てくれた時舞子さんに強引に連れてこられてたから舞子さんに弱いのかもしれない。とすると俺が三星さんに強いのか?
いやジャンケンじゃないんだからなにバカなこと考えてんだ俺は。
電波が見上げ七生が見下ろす。見つめ合う二人はやっぱりサイズ感意外そっくりだと思う。
……そうか、サイズだ。
二人の間にはそこらへんのグラウンドと富士山くらい標高に差がある。きっと俺がそこで弄ったと思われたに違いない。
違うんだぞ電波、だって俺の一番身近にはエベレストが居るんだぜ?
「なに電波。あたしと似てるのがそんなに嫌なの?」
「えっ、ち、ちちち違うわよ!? そんなことないわよ!? 本当よ!?」
ガワは似ていても中身は大違い。強弱ははっきりしていた。
「と、ところで、えっと、あっ、そうだ。昨日はどうやって解決したの? 二人とも同じ寮だったわよね?」
電波も多分嫌で見上げていたわけじゃないし、七生もどう見たってマジで怒ってるわけじゃないが……友達いないいない部所属の電波にそういう判断は出来んか。
「噂か? それなら舞子さん……あ、生徒会長な。その人がみんなの前で色々話してくれて収まったんだわ。なんつってたかな……」
露骨に変えて来やがったが、まあ気の毒なくらいテンパってる姿もかわいそうだし乗ってやろう。
「あーっと……そうそう、こいつを信じられないなら、オレの信じるこいつを信じろ、だったかな?」
「あっ……」
文字にすると(察し)とでも後に付きそうな電波の顔にそこはかとなく嫌な予感。
いつものはえ〜……ならこんな思いをせずに済んだのに。
「どうした?」
「い、いえっ、同じような台詞を聴いたことがあるんだけど、でも、そんなはずないわよね、たぶん気のせいだわ」
「電波もか? 俺もそんな気がしてたんだがどこで聴いたか思い出せなくてさ……ちなみになんの台詞だった?」
俺だけじゃなく電波までってことは、歴史の授業で習うような偉人からの引用かしら。
「昔のロボットアニメ……」
「もしもし三星さん? あのヤロ舞子さん最近アニメ見てませんでした?」
『アニメですか? ええ、よく見ていますよ。定額配信サービスの無料期間を制覇してやるんだ、なんてバカなことを言って毎日遅くまで……』
「ざっす」
セコい。セコ過ぎる。
でもこれではっきりした。
「クロだわ」
俺は、舞子さんが気持ち良くなるための舞台装置として利用されてしまったのだ。
「はえ~……」
いやほんとはえ〜だわ。
「で、でも、それで収まったのならいいんじゃないの?」
「いやまあ、そうなんだけど」
いや俺もアニメとか映画見ててこの台詞一度は言ってみてえなと思うこと結構あるし、実際それで収まったんだから文句垂れる筋合い無えんだろうけどさ。それでもね?
釈然としないと言うか、なんだかなあみたいな。
「よくわかんないけど、丸投げしたあんたに今更文句言う資格もないんじゃない?」
「七生のそういう正論で刺してくる姿勢、嫌いじゃないよ」
「やっぱマゾでしょあんた」
「好きでもないよ」
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