第116話 女の子は砂糖で出来てるのよ?
強打で胸を撃ち抜かれたかのように、俺の心臓は
せき止められていた血液が周回遅れで再び廻りだすと、止まっていた俺の時間もようやく動き始めた。
「ぁ……ぁうあ……」
まるで追い詰められた小動物。答えあぐねたゼクスは喘ぐように声を漏らしながら助けを求めてこっちを見る。
「―――待てよ」
なにも思いついちゃいない。
でも、それがどうした。
「ん?」
行き先が見えないからってダチを、ダチだよな? 見捨てる理由にはなんねえと、ルクルが放った時間停止魔法から回復した俺はいつも通りの見切り発車で走り始めた。
「確かに舞子さんはちゃらんぽらんなところもあるけどよ、そんな誰かに恨まれるような人じゃないだろ」
まあ完全に自分が蒔いた種だからなんスけどね。
ここで俺がなんもしなかったせいでゼクスに吐かれたらこれまでの苦労も水の泡。ゲスい話だが情けは人のためにならずとかそんな感じのヤツで、つまりは完全な自己保身から来る言葉。
しっかし出るわ出るわおべんちゃらが。雨上がりのマンホールをつるピカハゲ丸のタイヤで踏んだ時みたいに舌が廻りやがる。
「ずいぶん庇うじゃないか」
「別に、そんなんじゃねえよ」
だけど良いことばかりじゃない。それ即ち事故死と紙一重、うっかり余計なことまで口を滑らせないよう細心の注意を払わなければ一撃で召されてしまうだろう。
「大体、怨恨でなければ誰がなんの目的でメールを送ったと言うんだ? 義憤に駆られたにしては一年も空いているぞ」
「それは……」
……答えられるワケがねえ。
なんてったって、目の前に居る人間こそが正に恨み辛みで舞子さんを陥れようとした張本人なのだから。
「時が開いているのは怨恨だとしても同じだ。しかしな、告発に至った直接の理由ではないのかもしれんが、プリンのつまみ食いなぞそれこそ全ての寮生に恨まれたとておかしくない話だとは思わないか?」
……ああ、少なくとも恨まれるような人じゃないという論理は破綻している。
「まあ……舞子さんのせいで食後のスウィーツが作られなくなったってんなら末代まで祟られて当然だけどさ」
話してるうちになんか思い付くかなと思ったけどやっぱダメですわ。
ゼクスさんパスしていいすか? と今度は俺が救いを求めて向こうを見ると、イヤイヤ無理ですって! ってな感じで首をブンブン振った。でしょうね。知ってた。逆の立場ならそうなるもん。
でもおまえだけが頼りなんだ。無理を承知で頼む、なんとか起死回生の一手を打ってくれ。
「ぐぬぬぬぬ…………あっ! えっとえっと、一ついいですか?」
しばらくするとなにか思い付いたのか、一瞬ハッとなったゼクスが挙手をした。果たして救いの女神足り得るか。
「発言を認めよう。ゼクス助手」
もう完全にゼクス呼びがルクルにも定着してしまったみたいが……ゼクス本人も受け入れている節があるし俺が気にすることでもないか。
「生徒会長がつまみ食いしたのはいけないコトです。怒られて当然だと思います。でも……メールを送ったのって、別に犯罪でもなんでもないんですから誰でも良くないですか?」
―――百理有る。
盲点だったわ。
「確かにそうだな。どう思う? ルクル」
俺は敢えて自分から振ることによっていち早く容疑者から逃れるという姑息な手段を取った。フィクションの世界では古今東西真犯人が使う手段として使い古されているけど、リアルでやるヤツは早々居ないはずだから多分通じると思う。通じて?
「その通りだが……ふむ」
ルクルは俺とゼクスの顔を交互に一度ずつ見た。
後ろめたいってのもあるが、その眼で見られると全てを見透かされているような錯覚に陥ってしまいそうになる。
「……そうだな。今重要なのはこいつをどうするかだ」
ゼクスは一発カマしてやったぜみたいな眼で俺を見ていた。実際ナイス。
でもサムズアップすんのは止めてくれな? 見られたら終わるから。
「未来、私達はこの学園の流儀しか知らない。こういう時外だとどうするんだ?」
ルクルの言う外とは俺が通っていたような共学でならっていう話だろう。
判決を下すためにより多くの情報を得ようとする姿勢は正に探偵の鑑とでも言うべきものである。
しかし残念ながら、せっかく意見を求めてくれたところで悪いが俺の記憶の中にもこれほどまでの大罪人は存在しない。
それでも……そうだな、過去の判例から計算すると―――
「まあ退学は免れねえだろうな」
―――かつてアナルくんはデザート一つの強奪でアナルくんとなった。
それを百個。その罪の重さ、最早測ることすら不可能だ。
加害者の生命を保護するという観点から見ても永久追放が妥当だろう。
「ええっ!? あ、あの未来さん、そこまで深刻では……」
「え? じゃあまさかリンチとか……」
うーんバイオレンス。そういうのは三星さんだけの専売特許だと思っていたんだが。
だがなるほど……甘い物は別腹、女の子は砂糖で出来ている。そんな風に女の子と甘味を結び付ける言葉はいくつもある。
それに史実でも香辛料を巡った争い、スパイス戦争なんてのも有ったんだ。年頃の女の子がお菓子、引いては砂糖を巡って殺し合ってもおかしくないのか。
しかも今回は舞子さんが明確な悪であり正義はその他全員に在る。なるほど言われてみれば、リンチに発展するのは想像に難しくない。
「無い。……いったいおまえはどんな世紀末を生きて来たんだ」
「……えっ、リンチも追放もないなら食い得じゃねえか」
呆れられてしまったけど、奪い合いが肯定される世界とかそっちの方が世紀末では?
しかしルクルの瞳はどこまでも冷たく、俺は俺のこれまでを否定されたような気分にさせられた。
……今度受験組の南雲に聞いて答え合わせしてみよう。
大丈夫、俺は間違っていないはずだ。
「……なにも言うまい。正座、おまえはどうするつもりなんだ?」
「さっきは感情的に記事にしてもらえばと言いましたが……これでも舞子は生徒会長として信頼されています。公開すれば混乱は避けられないでしょう」
信じらんねえけどそうみたいなんだよな。多分、詐欺師の好感度が化けの皮が剥がれる最後の瞬間まで高いのと同じ理屈だ。
「ではなにもしないのか? 今は反省しているように見えるがこいつのことだ、甘やかすとまた繰り返すぞ」
「はい、それは私も思います。ですから落としどころを考えたいのですが……」
うーんほんと羨ましくないくらい凄え信頼感。
「なら自腹で全員分のプリン買わせるとかでいいんじゃないすかね」
百余名分のプリンの自腹を切る。正しく断腸の思いとなるだろう。
まさかプチプリンを一片ずつ配るわけにもいかないだろうからな。最低でも数万は掛かる。
「悪くない案だが、プリンは止めておこう」
「? なぜプリンではダメなんでしょう?」
「勘の良い奴であれば事件と舞子の関係性に気付くかもしれん。大事にはしたくないのだろう? そうなれば元の木阿弥だ」
「俺の時にそのキレ発揮して欲しかったなー……」
「ん? なにか言ったか?」
「んでもないッス……」
ほんと、なんでもないんっす……。
◇
「……では、これから一ヶ月間、全寮生分の食後のデザートを自腹で用意するということで」
あれやこれやと話し合うこと約十分、三星さんの締めによって事態は一応の解決を見た。
ちなみにこれでも妥協案である。最初はここに“尚、被告人はその際の費用と同額を、労働系の部活にて正規の労働の対価として得る事とする。”の一文が在った。
まさかお嬢様連中に毎日うまい棒やチロルチョコを配るわけもいくめえ。舞子さんは既に三年だ、単純計算で百数十×三十日分の菓子代を今から部活で稼ごうと思えば留年は必至、学園に縛られた地縛霊と化してしまう。
それは流石に不憫というか、あまりにえげつないので削られたというわけだ。
当時影も形も無かった俺ら
……ただなあ、貰えるもんは病気以外だいたいなんでも貰うが信条の俺だけども、流石に今回ばかりは手放しで喜べない。だって責任感じちゃう。
……ごめん舞子さん。
だから俺、顔にうんこ描かれたの許すよ。
人類には赦しが必要だと気付くことが出来た―――ありがとう。
「ふう……倉井くん、これでやっと噂について聞けますね」
「完全に忘れてたわ」
「ええ……」
なにはともあれ一件落着。あとは三星さんに噂の話を聞いて食堂に向かうだけだ。忘れてたけど。
あと明日からの夕食が楽しみだ。
「ああそうそう。舞子に恨みを持つ人間なら私にも一人心当たりが有るぞ」
「おん? 誰だ?」
「ふっ……言わないでおくよ。今更犯人を見つけ出すことになんの意味もないからな。それはそうと未来、顔の落書き綺麗に消えて良かったな」
「おう……いやルクル、気付いてたんなら教えてくれよ」
もういいけどさ。
「……ん? どうしたよゼクス、顔面真っ青だぞ」
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