第115話 名探偵ルクルの冒険(やべえよやべえよ編)

「いやしかしだな」


 パシャパシャ。


「そうですよ、同じ阿保なら撮らなきゃ損損です」


 パシャパシャ。


「ああうん、君らそういう人間だったな」

 

 流れるような動作でスマホを取り出した二人。だがもしかしもねえ、こいつら盗撮り慣れてやがる。

 野次馬根性ここに極まれりだ。そもそもこいつらに人の心無いのとか最初から分かり切っていた。ゼクスは言うまでもなくルクルも前にドたまカチ割られてひっくり返った舞子さんを嬉々として撮っていたし、そんなものを期待した俺が馬鹿だったんだ。


「だいたい舞子はいっつも―――」


 俺が諦念ていねんに近しいもの感じている一方で、ファインダー向こうの三星さんはなんか知んねえけど怒りの大魔神と化していた。幸運なことにまだこちらには気付かれていないが、このまま留まっていれば時間の問題だろう。

 短い付き合いの俺が彼女を語るのも烏滸おこがましいが……三星さんは基本的にとても穏やかな人物である。確かに舞子さん限定でややバイオレンスな部分もあるが、それもパッと手を出して終わりの瞬間御湯沸かし器みたいな怒り方で後に引ことはなかった。

 そんな彼女があの剣幕。なるほど確かにレア姿、よほどのことがあったに違いない。実際やるかどうかは別として、記録に残したいという気持ちもわからんでもない。


「舞子がお腹痛いって大騒ぎして、あの時私がどれだけ心配したと思ってるの!?」


 腹痛―――体調不良でズル休みして遊び惚けてたとかか? 確かに舞子さんならやりかねんと思わせてくれるあたり流石としか言い様がない。

 そんな三星さんとは別ベクトルで謎の信頼感が有る舞子さんは床に頭を擦り付けたまま動かない。いや……もしかしたらアレは土下座しているんじゃなくていつものようにKOノックアウトされて崩れ落ちた後の姿なのかもしれない。

 単なるズル休みの代償にしては重すぎる気がしないでもないが、三星さんも貯め込んでいたってことだろう、さっき“いつも”って言ってたもんな。

 そう考えると舞子さんにはいつまでも変わらぬ調子で居てもらって、これからも三星さんの相手を一手に引き受けていただきたいと思う。(主に)舞子さんで産まれたストレスの噴火は舞子さんが受ける、いわゆる一つの地産地消だ。


「プリン100個以上なんて……そんなに食べたらお腹壊して当然じゃない!」


 そして俺はSではないので当然舞子さんの土下座姿に興奮なんてしたりしな、whatsプリン?

 なんですって?


「それも自分で買ったならともかく、人の物をつまみ食いしてなんて……呆れて物も言えないわ!」


 はえ〜……やべえ変な汁出てきたわ。


「わかります。他人ひとが怒られてるのを見てる時って、自分と関係なくても胸のあたりがキューッてする時ありますよね」


 頷きながら自らの胸の辺りに手を当てるゼクス。言ってることはわからんでもないが今はウルトラ的外れだよ。だって俺無関係じゃねえもん多分。


「―――よし、これくらいで良いだろう。矛先がこちらに向かう前に一度出るか」

「ですね。長居は無用、出前は迅速です」


 見つかるとヤバいって認識は二人にもあったらしい。多分それは人の心じゃなくて獣の本能とかに分類されるモノだと思うけど、この場から去れるならもうなんでもいいや。あと絶対ツッコんでやんねえからな。

 ともかく二人はようやく撮影会に満足してくれたようなので、俺達は忍者が如き忍び足でホンワカパッパ違えスタコラサッサした。


「倉井くん、もしかすると、あれってさっきのメールのヤツじゃないですか?」


 扉を閉めたところですかさずゼクスが耳打ちしてくる。どうやらこいつも気付いてしまったらしい。

 そう、さっきのメールとは俺が送りこいつが盗見ぬすみみみした物である。


「ああ……だと思う」


 このタイミング、間違いなくそういうことだろう。

 ……確かに痛い目に合やいいと思って密告したけどさ、大丈夫か舞子さん。死んでなきゃいいんだけど。

 流石に逝かれると目覚めわりいからな……食い物の恨みは恐ろしいって言うけど、まさか三星さんがあそこまでブチ切れるとは思わなかったぜ。

 ていうか100個以上て、確かに全寮生分なら余裕でそんくらいの数になるけど、改めて数字で出されるとヤベえな。量も当然だがカロリーや糖分がギルティ通り越して災害ディザスターとかそんなレベルだぞ。そんな表現存在すんのか知らねえけどさ。

 こんなところに真露以外のフードファイターが存在するなんて夢想だにしなかっ……あいつならプリン100個程度で腹壊さねえか。でも容量的には肉薄してんじゃねえかな。


「悪い。電話、だ―――」


 いつか闘ってみて欲しいななんて考えていたタイミングで三星さんからの着信。クッソビビったけどマジで気付かれて無かったんだよな? 優先順位の問題で見逃されていただけとかだったらめちゃくちゃ恐いんだが……。

 ふいに頭をよぎる着信アリ。俺は十三階段を昇る心持で通話ボタンを押した。


「……もしもし、倉井です」

『もしもし三星です。未来さん、先程お電話くださったようでしたが……』

「あー……実は聞きたいことがありまして、三星さん今時間あるかなって」

『聞きたいことですか? ちょうどよかったです、私も未来さんに用事が有ったので……今から部屋まで来れますか?』


 この感じだととりあえずバレてなさそうだが……いやいや油断は禁物、野上先輩の前例も有るんだ、なにを言われても動じないよう心掛けておこう。呑気に近付いた瞬間ビンタされるのは懲り懲りだ。

 まあ来れるどころか既に行った後だったりするのは言わぬがクマ吉、何食わぬ顔で征こう。


「すぐ行きます。あ、他にも二人居るんですけど、連れてって大丈夫ですか?」

『構いませんよ。それではお待ちしています』


 電話を終えた俺は再び眼前の扉と対峙して深呼吸。


「険しい顔をしているな……なにを言われたんだ?」

「いや、別に、なにも」


 勘違いしたルクルが覗き込んでくる。むしろなにもなくて拍子抜けしたくらいだ。


「そうか、ならいいが。……呼ばれたんだろう? 入らないのか?」


 征くとは決めたモノの今すぐとは言っていない。我々がその気になれば十年二十年後というのも可能だろう―――というのは冗談だが少し間を置きたい。


「いや……早過ぎると部屋の前でスタンバってたみたいでキモいから五分くらい待とうかなと」

「ゲイでロリコンでマゾヒスト、これ以上に気持ち悪い話があるか?」

「ねえけど、……いやねえけどさ」

「そんな男が部屋の前にずっと立っている姿を他の生徒に見られる星座の気持ちを考えてみろ」

「言い過ぎなんじゃないっすかねえ!!」


 ……吠えちまったわ。誰かに見られてねえだろうな。

 けど正論だとしても言って良い事と悪い事があると思うの。どうしうてこいつはこうも俺の心を的確にエグってくるのか。


「なあ、おまえ俺のこときら、ううん、憎んでたりしないか?」


 それも親の仇的なレベルで、殺したいくらいに。

 多少心当たり有る分すげえタチ悪いんだぞ? 着替え見ちゃったり風呂で鉢合わせたりさ。


「いや? どちらかというと好意的に見ていたつもりだったが」

「お、おおう。さいですか」


 心底以外だと言わんばかりに即答されたけど俺の方こそ心底以外だよ。

 ……ん? 待って好感度低くないのにこの扱いってそっちの方が酷くない? 一昔前に流行ったツンデレってヤツか? デレが行方不明だから捜索願出して来いよ。


「ちょいまった嫌いじゃないなら―――」

「大体嫌っている相手に自分から絡んだりしないぞ私は。まあ気に障ったのなら謝ろう、悪かったな」

「……しょうがねえなあ! 許してやるよ!」

「うわ倉井くんチョッロ……」


 そもそも嫌ってるならそんな噂が立ってる相手とこんな風に行動してくれるわけねえもんな、考えて見りゃあすぐにわかることだったわ。

 だがルクルの言う通り今の俺が暫定変態紳士であることに違いはない。公共の場に長く留まることは多分猥褻物陳列罪とかに引っかかる。


「あら……ドア開いていましたか? もう、ダメですよちゃんとインターホンを鳴らさないと」


 捕まるのは嫌だし恥ずかしいしでもう行ってしまおう、とドアを開けると三星さんと鉢合わせてしまった。ジーザス。


「すみませんでした」


 今、三星さんの中で倉井くんカウンターが一つ乗った音がしたんだと思う。多分これが積もるとブチ切れるんだろうな……でも矛先は舞子さんでお願いします。

 ごめんなさいをしてから初めて来たときのように奥へと通される。床に置かれた愉快なオブジェ、これ触れない方が不自然なんだろうなあ。

 許されることならスルーしたかった。だが世界は俺にそれを許してくれない。


「……舞子さんどうしたんですか? 死んでますけど」

「反省中です」


 にっこりと笑う三星さん。足元には土下座から正座にフォームチェンジしている舞子さんの姿が在った。

 

「どうしても言いたいことがあるんですけどいいですか?」

「なんとなくわかるけど、絶対寒いから止めてくれ」

「星座さんに正座させられてますね」

「止めてつったよな?」


 俺の意思を反映するつもりがないのなら最初から聞かないでくれ。


「ルクルさんに、そちらの方は……ああ、新聞部の方ですね」


 新聞部の方……か。

 ちくしょう、今更聞けない感あったゼクスの本名を知るチャンスだと密かに思っていたのにダメだったか。


「はい! お邪魔します」

「星座、反省中と言ったが、あいつはなにをしでかしたんだ?」


 ルクルの野郎超嬉しそうだ。

 ……とてもそうは見えねえけど、さっきのこいつの言葉を借りるのなら舞子さんに対するこれも嫌っているからじゃないんだよな。

 でもアレか、この場でプリンについて知らないのはルクルだけなのか。

 ならば気になって当然だ。むしろ知らないという前提の中に居るのなら、途中まで聞いてそこに言及しなかった俺の方が不自然。新聞部という性質上そういったことに敏感なハズのゼクスが追及しなかったのも同上。

 くっ……なんてこった。駆け引きは既に始まっていたのか。

 三星さんは舞子さんを冷たい目で一瞥して俺達に視線を戻す。


「……良い機会です。どうせなら記事にしてもらうのもいいかもしれませんね」

「えっ、おい正座それは」

「黙って」

「っす」


 上下関係はっきりしてんなあ。俺と七生みたいだ。


「……未来さんが学園に来る前の話です。厨房の冷蔵庫に入れてあった寮生分のプリンが全て無くなるという事件が起きました」


 そうして三星さんは粛々と語り始めた。後に2.15事件と呼ばれるようになる忌まわしき事件の概要を。

 ……でも俺、実はこれ聞くの三回目なんすよね。

 それを悟られないよう、俺は初耳であるように努めて耳を傾けた。


「寮のプリンですから当然作ったのも学生です。食後のデザートにと考えられた物ですね」


 しかも一度目は犯人がゲロったんだよ。

 っといかんいかん。初耳初耳。


「当然私達は犯人を捜しました。……身内を疑いたくはありませんでしたが、どう考えても内部の犯行です。警察や学園ではなく自分達の手で見つけて穏便に済ませようと―――」

「待った。その事件は私も聞いたことがある。だがなぜ今になって舞子が下手人だとわかったんだ? 一年以上も前の話だろう」


 ルクルが口を挟む。もっともな疑問、今日初めて見せる探偵らしい姿だ。


「……。本日メールが届きました。寮の意見箱として設置してあるアドレスにです」

「ほう、タレコミというヤツか。……だがそれだけでこいつを犯人と断定するには弱いんじゃないか? 確かに私も舞子ならやりかねんと思うが」

「いえ、言われてみれば確かに怪しい部分もあったんです。だって舞子、あの時お腹が痛いって丸二日も寝込んでたんですもの―――当然ですよね、一人で100個以上のプリンを食べていたんですから」

「……待て。大量のプリンが無くなったその日に腹痛を訴えるなんていうのはこれ以上なく怪しい話だと思うんだが、当時こいつは疑われなかったのか?」

「二日、と言いましたよね?」

「ああ、言ったな」

「舞子は姑息なアリバイ工作をしていたんです。二日―――盗み食いした当日と翌日ではなく、から腹痛を訴えておくというね」

「……あらかじめ誰かがプリンを作るという話を知ってからの、計画的犯行」

「……ええ、そうです」


 はえ~……話がすげえ壮大になって来たぞ。

 しかしとんでもねえ野郎だな舞子さん。そこまでしてプリンが食いたかったのか。

 つーかこれメール送ったの俺だってバレたらヤベえやつじゃない? 俺なんも悪いことしてないよ? 悪いアメーバじゃないんだよ?


「しかし―――妙だな」


 余計なこと言ってややこしくしないでくれ。

 叶わないと知りつつもそう願ってルクルを見る。


「話はわかった。だがやはり、という疑問は残る」

「……確かにそうですね。舞子、この話を誰かにした覚えは?」

「いや……してないはずだけど」


 良かった。どうやら舞子さんは俺に漏らしたことを忘れているらしい。

 本人が覚えてねえなら大丈夫バレるわけねえ。だって当時俺は学園に居なかった。アリバイは完璧、容疑者として挙がることすらねえはずだ。

 なのに―――そのはずなのに湧き上がるこの不安はなんだ?


「こいつのことだ、ぽろっと漏らして忘れている可能性もある。……ふむ。罪を明かす程の親しさを持ち、尚且つ舞子に恨みを持つ者―――か」


 やべえ。


「未来、心当たりはないか?」


 やべえ。


「いや……学園に来たばかりのおまえに聞いても無駄か」


 やべえ。やべえやべえやべえ。

 なにがやべえのかもよくわかんねえけど、この流れはよろしくない。


「ならゼクス、おまえはどうだ? 新聞部ならそういった情報も少なからず入ってくるんじゃないか?」

「えっ、あ、はい。そうですね。でもあの、私も流石に万能ではないので、メールの送り主まではわからないです、はい、すみません。ほんとすみません」


 逆裁なら詰んでいるレベルでしどろもどろになるゼクス。

 俺も胃が痛え。穴が開きそう。


「メールの送り主知らない、か―――ゼクスおまえ、舞子に恨みを持つ人物なら心当たりはあるんじゃないのか?」


 ―――アッ

 今一瞬、俺の心臓止まったわ。

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