第114話 名探偵ルク、いや北嶋先輩

 何度も謝り続ける野上先輩とゼクスがポケットティッシュを出してくれたので、どうせならと一枚ずつ受け取って鼻チーンからのドリル。非常にマヌケな姿だが、とりあえずはこれで大丈夫。

 まあ、なにはともあれ野上先輩が意味もなく人をぶん殴るようなサイコパスじゃなくてよかったよ。そうするに足りる理由があれば躊躇なく拳を振るえるような人間もそれはそれで恐ろしいが、ジャイアンよりかマシ。ブレーキの無い人間は恐えからなマジで。


「なるほど……では風説はデマだったと、君はロリコンでもなければ枯れ専でもないと言うことだな?」

「そう思ってくれて大丈夫です」


 そして身体を張ったおかげでようやく冷静に話し合うことが出来るようになった。いや張りたくて張ったわけじゃないが、ともかく俺の想いは伝わった。

 流れた血は無意味では無かったのだ。結果良ければ全て良しと思い込んでおこう。


「ふむ……ならば腐人会の話もデマか」

「婦人会って言うと、ゲイだってヤツですよね」


 婦人会。思い出したくもねえが忘れることも出来ねえ、俺がゲイだと嬉しいなんて恐ろしいことを嬉々として語っていた狂人達の集団だ。

 あの人ら自体のノリもだいぶ悪魔的だったけど、アレが定着すると俺の生き延びる道がオネエ化しかなくなっちゃう。一日二日罰ゲームでやんならともかく三年間は心が持たねえよ。


「ああ。流石に男色の気は無いだろうと私と玲奈は信じていなかったが、まあそれも違うのなら乙姫の勝ちでも無いか。なら良しとしよう」


 再び登場する姿無き中村先輩の名。はえ~……あの人だけは違うんだなんて思ってたらそういうオチかよ。信じた瞬間裏切られたわ、冗談じゃねえぞ俺は誰を信じればいいんだよ。

 でもまあ……そうだよな、この二人とつるんでんだ、考えてみればまともなわけがなかった。

 ならば騙される方が悪い。至言だ。むしろ死言か?


「となると、次の問題はなぜこんな噂が跋扈しているのかだな。火の無い所に煙は立たないと言うが、その様子だと君には覚えがないんだろう?」

「ないっすけど……信じてくれるんですか?」


 あれだけクソミソに言いやがったクセに今更感あるが……信じていいのか? そろそろ人間不信になりそう。てかなってる。背中見せた瞬間グサリは嫌だぜ?

 

「ああ。冷静に考えてみると、仮にゲイのロリコンでマゾヒスト。ついでに枯れ専な人間が居たとして、それら全てを同時に気取られるほどオープンに行動するとは思えない。相反するモノもあれば、どれも秘匿すべきモノだ。……君が故意にそれをしたのでなければ、な」

「北嶋先輩……!」


 共学ですら評判が地に落ちたアナルくんの勇姿を見て来たんだ、女子校で性癖をオープンにする危険性リスクは当然俺も弁えている。開き直って英雄視されるのは男子間だけで起こる核融合が如き化学反応、そんなことをするわけがない。

 するわけがないが……なんて冷静で完璧な分析なんだ!


「であれば、他の誰かが故意に流布したと考えるのが自然だが……ふむ」


 北嶋先輩は顎に手を当て思案してひとりごちる。

 その仕草は正しく名探偵、流石眼鏡を掛けているだけのことはあってルクルの万倍頼りになる。


「いや……これだけではなんとも言えんな。ふと思い付いたことはあるが、確証があるわけでもないから今は止めておこう」

「そうっすか……」


 仮説でもいいから聞いておきたかったが……本人にその気がないのなら仕方ないか。


「ただ、この手の噂はまだ出て来るだろう。そうだな……例えばドMの反対で、そう、ソフトSとかな」

「え? ドMの反対ならドSじゃないんですか?」

「いや、多分そうはならない。精々が女子に意地悪をして喜ぶとかその程度のかわいいものだろう。まあただの勘だが、おそらく当たる」


 はえ~凄い説得力。今勧められたら多分壺とか普通に買っちゃうと思う。

 でもS扱いもされんのか……先に覚悟出来る分だけ今までよりなんぼかマシだけど、それでも嫌なモンは嫌だな。

 しかし北嶋先輩、さっきなんかが引っかかったっていうのは結局なんだったんだろう? 今は話すつもりが無いみたいだけど、予言通りS疑惑が出たら教えてくれるだろうか。


「……未来くん」

「はいはい、なんすか?」


 呼ばれて見れば思い詰めたような表情の野上先輩。俺知ってんだぜ、こういう時はだいたい良くないことが起こるんだ。

 でも名指しされたんだから答えないわけにもいかんのが中身を聞く前から既に辛い。


「―――未来くんも叩いて」


 まあ振り向きざまにビンタされるより酷えことなんてそうそうないでしょうよ。それに今の俺は北嶋先輩のおかげでだいぶ心に余裕が出来てんだぜ、と綽々に構えていたら言葉のビンタは容易くガードをすり抜けた。

 疑惑の回収が早すぎる。絶対この人話聞いてなかっただろ。


「なんですって?」


 だが俺は聞き間違いという可能性に一縷の望みを賭けた。

 私、わたし、タワシ?

 叩く、たたく、思いつかない。

 タワシを叩く。なんの儀式だ?

 とりあえず語尾が違うので伝家の宝刀ソーラン節は使えそうに無かった。


「私だけ無実の未来くんを二回も叩いちゃったから、それで相子だよ……!」

「いやその理屈はおかしい」


 そんな一大決心したみたいにハンムラビ法典みてえなこと言われたって、じゃあ俺もなんてなるわけない。それが許されるのは男同士だけだ。謎理論過ぎて思わずタメ口になったわ。


「それに、叩くよりは叩かれる方が……」

「なにを言うとるんですか」


 知りたく無かっ……たこともないけど衝撃のカミングアウトだ。

 ははーん、さてはこの人混乱してるな? けど俺より先にテンパる権利が有ると思ってんのか?


「最近気付いたんですけど、倉井くんより倉井くんの周りの方がヤバいですよね」

「ブーメランだぞ」


 仮面を外してから出直してこい。あと七生か桃谷を連れて来てくれあいつらならツッコミもこなせ、いやダメだこれ以上人が増えたら多分噂も増えて捌き切れなくなって俺が死ぬ。進退窮まっとるわ、隕石でも落ちねえかな。


「叩く叩かないならカツオのたたきでも作ってくださいよ。まあ気にしないでください」

「えっ? う、うん」


 すげえ適当に言ったけどなんか通じてしまった。チョロい。


「てゆーか未来くんたち、三階に居るってことはなにか用事があって来たんじゃないの? 早く済ませないと夕食の時間になっちゃうよ?」


 野上先輩と和平条約を結んだ所で中野先輩がぽつりと言った。あー……ドMとロリコンと枯れ専に上書きされて今の今まで完全に忘れてたわ。


「三星さんに会いに来たんっす。あの人寮長ですし噂のことでなんか知らないかなって」


 立場を抜きにしても抜群に頼りになる。昨日もお世話になったばかりだし、宝条先生と信頼度当社比ツートップだ。


「なるほど星座さんのトコかあ、あそこなら舞子さんも居るもんね!」

「あー……そうっすね」


 居るというか居てしまうというか、言われてみれば確かに、外で会うならともかく部屋に行くと高確率で舞子さんとハッピーセットになるんだよな……やべえな超行きたくなくなってきた。昨日の今日でどんなつらして会やいいんだ?

 つーかこれ考えるの本来なら舞子さんであるべきだと思うんだが……あの人多分そういった回路が脳に無い。

 しかし中野先輩の反応からして信頼されているみたいだな生徒会長。滅茶苦茶なのは俺限定ってことか? でもそんな特別扱いミリも嬉しくねえぞ、顔にうんこ描かれて喜ぶとか仮にMだとしても有り得ないわ。


「それじゃあ俺達はこれで、野上先輩もマジで気にしないでくださいね」

「うん。作る時に連絡するから、また来てね」

「え? ああはい」


 なんのこっちゃわかんねえけど、まあなんでもいいや。

 仰る通り時間はない。こういうのは間が開くほど取り返しの付かない領域に踏み込んでしまうのだ。

 例え進む足元に茨が敷き詰められていようと、今更引き返すなんて選択肢は存在しない。

 三人と別れ、いざ征かん天竺へ。


 ◇


 ルクル達が居るとはいえ女性の部屋にアポ無しはよくないかな、と歩きながら電話を掛けてみるも反応は無し。

 広いとはいえ同じ建物、同じ階層、大した距離でもなくコールを止めた辺りで部屋の前に着いてしまった。

 こんこんこんとノックをするも、これまた反応なく。

 事件の香りだな……なんて意味不明なことを言ったルクルがドアノブに手を掛ける。いくら寮でもそんな無用心に開いてるわけねえだろ……と思ってる間にガチャリ。うん開いたね、そこは閉まってて欲しかった。


「火急の用件だ、失礼する」


 火急とかリアルで言ってるヤツ初めて見たわ。

 止める間も無く不法侵入するルクル。難しい言葉使う割りに不法侵入とかプライバシーって簡単な言葉は知らないんだね。


「星座、居るか?」


 玄関で一旦立ち止まって呼びかけるルクル。レスポンスは無いが通路の先の明かりはついている。

 不法侵入の分際でなんて堂々としてるんだ。心臓に毛でも生えてるんじゃねえか?

 まあ仕方ねえ、一応俺の為に行動してくれてるんだからルクルにだけ罪を着せるわけにもいかん。

 とりあえず俺も行くか、と玄関に入ると、部屋の奥で仁王立ちしている三星さんが見えた。

 なんだ、留守かと思ったら居るじゃねえか。


「こ」


 んばーんわ、と気軽に声を掛けようとしたら、土下座して、いや多分させられているんだろうな、足元に舞子さんの姿が見えた。


「帰ろう二人とも。気付かれる前に」


 だって絶対めんどくさい。

 だからルクル、スマホ構えるのを止めてください。

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