第113話 名探偵ルクルの冒険(賭博編)

「しっかりしてください! 傷は浅いですよ!」


 ゼクスが俺の肩を揺する。

 浅井? 俺の苗字は倉井だが。


「彼は枯れ専だ! なぜそれがわからない!」

「きーちゃんこそどうしてわかってくれないの!? 未来くんは絶対ロリコンだってば!!」


 いや……本当にそうか?


「男の人は若い女の子の方が良いっていうのは常識なんだよ!?」

「はっ、熟れた女の魅力がわからんとはお子様だな、玲奈」


 俺は本当に……倉井なのか?


「仮に枯れ専だとしても、幼女はお婆ちゃんになれるけどお婆ちゃんは幼女になれないんだよ!? きーちゃんはそんなこともわからないの!?」

「っ、確かに時は不可逆、神の御業だ。バカな……それでは私が間違っていたというのか……!?」


 天啓が如く降って湧いた疑問。

 なぜなら、彼女達は既に俺を見ていない。


「やっとわかってくれたんだね、きーちゃん……」

「玲奈……。いや、まだだ! 彼の口から直接聞かない限り認めることなど到底出来ん!」

「そう……じゃあ本人に聞いてみるしかないね」

「ああ……そうだな」


 であれば―――俺は自分を倉井未来だと思い込んでいる精神異常者で、実際はまったくの別人、いや、人ですらない可能性さえある。別アメーバなんじゃないか?


「どっちなんだ!?」

「どっちなの!?」


 そうだとすれば辻褄が合う。

 だって、俺はロリコンとかドMとか言われる覚えがない。


「ロリコンなのか」

「枯れ専なのか」


 それなのにこんな目に合うとか、そんな理不尽が許されるわけがない。


「「どっち!?」」


 なら俺は―――誰なんだ?


「倉井く―――あっこの顔はダメなヤツです。かくなる上は仕方ありません、野上さん、も一発やっちゃってください」

「へっ? もう一発?」

「お姫様が王子様のキスで目覚めるように、お殿様はお姫様のビンタで現実に戻ることができるんです、多分。だから遠慮なく、倉井くんのためだと思って思いっきりお願いします」

「で、でも……」

「出会いがしらに人の顔叩いておいてなにを今更良い子ちゃんぶってるんですか。一発も二発も変わりませんって。それにこれは心臓マッサージみたいなものすから! ほらこのままだと倉井くん死んじゃいますよ、ハリーハリー!アップップ!」

「ア゛ン゛ッ゛!」


 ぐっ……!

 顔面に強い衝撃、ブレる視界と浮遊感、あれ俺飛んで―――ぐえっ

 な、なにが起きた、なんで吹き飛んだんだ?

  痛え。主に顔と首と背中とケツが痛え。


「ビンタで人が飛ぶなんて初めて見ました」

「私もだ」

「未来くん!? ご、ごめんね、強くやり過ぎ……でもその方が気持ちいいのかな?」


 そうか……俺はまた叩かれたのか。

 吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたと。

 ならケツの痛みは地面に落ちた時のだな……いや冷静に分析してる場合じゃねえだろ、顔面叩かれて飛ぶとかアンパンマンになってない? ちゃんと顔付いてるか?

 ぺたぺたと触って確かめる。首は……ある。顔面も陥没してない。鼻血もセーフ。

 あるけど次の休みは整形外科に行こう。デュラハンにならなくて済んだの奇跡だろ今の。


「だ、大丈夫? どこか痛めたんじゃ……」


 痛めたなんてもんじゃない。これまでに食らったどんな拳よりも強力で、今までの俺ならキンタマを強打したかの如く飛び跳ね粘着ローラーの様に無様な姿を晒していたことだろう。

 それをなんとか回避出来たのは、七生や北島先輩、それに中野先輩らに鍛えられていたおか……七生?

 七生にされたのは踵落としだけでビンタはされてないよな?

 まあいいや。気遣うくらいなら最初からやらないで欲しかったとはこの際言うまい。

 それに焚き付けたのは仮面の悪魔ゼクスだ、そこはうっすらと覚えている。


「っ……ふう……。大丈夫です、それに今の一撃で目が覚めました。ありがとうございます。でもMじゃないんで」

「叩いたのにお礼言われるのも変な気分だけど……でもよかった、未来くんは変態さんじゃなかったんだね……あれ? お礼を言われたってことは叩かれて嬉しかったってことだから、やっぱり変態さん……??」

「考えるのは止めましょう」


 俺も言ってからなんで礼なんかしたんだろうなと思ったけど、まあ現実に戻れたから相子ということでひとつ穏便に、全部なかったことに。

 なんなら今日という一日ごとリセットしてくれても構わないわ。


「う、うん。わかったよ」


 戻れた。いや戻ってしまったと言うべきか、とにかく俺には現実逃避する権利も無いらしい。


「む。蒼歌先輩に鹿倉衣くん。それに仮面のきみ

「仮面の君って演劇っぽくてかっこよくないですか?」

「黙っててくれる?」


 吹き飛ばされた先に居たゼクスがなんか言ってるけど無視。殺人教唆犯に発言権はないのだ。


「最近倉井くんが冷たいです……」

「よしよし。ひどい男だな」


 ルクルも無視。どう考えてもこの場で一番かわいそうなのは俺、酷いのは君ら。火を見るよりも明らかな宇宙の真理だよ。


「しかし君は昨日といいよく叩かれる運命にあるな……いや、私の言えた義理ではないが」

「そうですけど、今は言わないで欲しかった」

「……! やっぱり、そうなんだね……」


 ほーらせっかく納得しかけてた野上先輩がまた勘違いしたよ。

 ドM? いや経験ないからわかってねえだけで百歩譲って実はそうなのかもしんないけど、逆に俺本人に経験ないのになんでわかるんだよ言い出したヤツは。

 帰りてえ、帰りてえけど逃げちゃダメなんだ。逃げたところで事態は好転しない。過酷な旅路になることは元より承知の上、万引きとか暴力事件とか法に触れるような噂が出てこないだけマシと思わなけりゃ。

 ―――?

 なんかひっかかるな今の。

 まあいい。今はなんとかこの場を切り抜ける方法を単細胞生物アメーバなり考えよう。


「提案があります。この場で一思いに俺の息の根を止めるか噂の全てをデマだと認めるか選んでください今すぐ」

「無茶苦茶だぞ。あいつまだ眠っているんじゃないか?」

「起きてると思いますよ、眼は完全にキマッてますけど」

「全部聴こえてるからな」


 キマッてるとしてもお前らが生み出した悲しきモンスターだよ俺は。

 言いたい放題の二人だが、毎度のこと過ぎてもう慣れてしまった。


「くっ、結局は乙姫の勝ちか……」


 勝ち? なんか不穏な言葉が聴こえたぞ。

 この人達、まさかとは思うが……。


「くそーっ、私の野口がっ!!」


 北嶋先輩が苦虫を噛み潰したような表情で呟き、中野先輩は頭を抱えて慟哭する。

 野口。つまり千円札か。

 ……。

 信じらんねえ、やっぱり俺で賭けてやがったな……!?


「あんたらの血は何色だよ」


 最早そんな言葉しか出てこなかった。

 そして俺の中で爆上がりするこの場に居ない中村先輩の株。


「少なくとも倉井くんの血は赤いみたいですね」

「は?」


 多分緑色エイリアンなゼクスの言葉。

 人中に感じる生暖かさをなぞると、時間差で出ていたらしく指先が赤く染まった。


「……とりあえず誰でもいいんでティッシュください」


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