第109話 トグロ80%

「あ、持病のしゃくが由美子なんで帰りますね」


 意味不明が過ぎる理由を付けて帰ろうとするゼクスの肩を砕けてもいいやくらいの力を込めて掴む。このまま帰してはいけない。だってこの話は有耶無耶なまま終わらせていいレベルを明らかに超えている。

 最低でも不正アクセス禁止法、権限を手に入れたルート如何いかんによっては他の罪状も追加注文の踊り食いだ。セクハラがどうのなんて言ってらんねえよ。


「なあゼクス。俺はおまえのこと滅茶苦茶で、どうしようもなくて、クソ面倒で、あり得ないくらい非常識でぶっ飛んだ野郎だとは思ってるけどな、それでもマジな犯罪を犯すような悪人じゃないとも思ってたんだ」

「ふぇ!? ど、どうしたんですか突然。愛の告白ですか!?」


 自分でも驚くくらいスラッと罵詈雑言出て来たわ。本当のこととはいえちょっと言い過ぎたかなとも思ったんだけど、その反応だと心配ないみたいっすね。つっよゼクスさんマジつっよ。


「すみません。流石にふざけていい雰囲気じゃないですよね」

「わかってるならやるなよ」


 交差する視線、時が止まる。

 言葉は要らない。ロマンチックさの欠片もない腹の探り合いの末、口火を切ったのはゼクスだ。


「……覚悟は出来ました。言い逃れようとは思いませんので、学園に突き出すなりしてください」


 掴んだ肩越しにゼクスの全身から力が抜けたのを感じる。

 ……正直、こいつのことだからもっと抵抗するモンだと思っていたんだが。


「……なんだよ。やけにあっさり認めるんだな」


 タイミングがドンピシャだっただけでぶっちゃけ証拠はないし、さっきの反応も突然言われたからテンパっただけとか適当な理由を付けてしらばっくれられたら追及する手段は思い付いてなかった。どう吐かせるかを考える手間が省けたのはよかったが、こうも素直になられるとまだ裏がありそうに思えてならない。


「人のプライベートを散々暴いてきたのに、いざ自分の番が来たからってジタバタするのは見苦しいでしょう? 私にだって記者としてのプライドがあります」


 プライド―――矜持。

 仮面越しのゼクスが自嘲気味に笑う。

 記者は記者でもゴシップ紙専属のパパラッチだと思うが……。

 一寸の虫にも五分の魂みたいなもんか。でもそう思える良識があるならハナからこんなことするなよ。


「……誰にも言うつもりはねえよ」


 俺が今世紀最大級のため息を着いてそう答えると、ゼクスが意外そうな顔をした。

 仮面の上からずいぶんこいつの表情がわかるようになったもんだ。


「……いいんですか?」


 いいんですかって、そりゃあ圧倒的によくはない。

 倫理的に考えるのならしかるべき所に訴えて、しかるべき処分を下してもらうのが一番だ。

 実際俺も最初はそう思って引き留めて、今の今までそう思っていた。


「マジで犯罪だし許されることじゃないと思う……まがりなりにも……不本意ながら……ダチが道を踏み外そうとしていたなら、本当なら通報してでも止めてやるのがダチだとも思ってる」


 まあゼクスの場合は既にやっちゃってるから逸れるどころか崖から飛び降りてるくらいのもんだが……あとこいつのことをダチだと思ってたり嫌いじゃなかったのは自分でもビックリだが。


「けど……おまえがメールを悪用したり実際に記事にしてたなら、流石に管理してる三星さんが気付くだろ」


 匿名の通報の後、それと同じ話題が生徒達の間にあがるようになれば疑わしいどころの話じゃない。


「だから、おまえはメールを見るだけで実際にそれでなんかしたことはない……違うか?」


 こいつが俺に見せるような滅茶苦茶さを全方位に発揮していればこの学園は既に地獄と化しているハズだ。疑心暗鬼に塗れ誰も信用出来ない、さながら魔女狩りが起きた中世のように。


「さっきも言ったけど、俺はおまえが本当の悪人じゃないと思ってる。……だからこういうのは二度とやらないと誓ってくれ。おまえを嫌いになりたくない」


 俺の熱弁に感動したゼクスが息を吐く。


「倉井くん―――」


 ―――というのは半分以上が建前である。

 出るわ出るわ都合のいい言葉が。ペテン師の才能とかあるんじゃないのか俺。

 本来ならマジで学園と警察に突き出して百年くらいアズカバンにぶち込んでおくべきだと思うし、それがこいつのためだとも思う。けどそれだとメールを適切に管理出来てなかったとか言われて三星さんの責任も問われかねない。

 それは非常にマズい。ゼクスがどんな非合法な手段で本来三星さんに届くべきメールを掠め取っているのかは知らないが、絶対三星さんに非とかねえもん。とばっちりであの人まで処分されるのは避けたい。

 だって三星さんには超お世話になってるし、うんこ魔人を御せるのはあの人だけだ。

 だからこれは世界平和のための司法取引みたいなモンよ。

 計画通り―――俺は内心でほくそ笑んだ。


「あと念のため聞いとくけど……監視カメラのハッキングとかしてないよな?」


 正直言うとこれ聞くのはめっちゃ怖い……でも友人……多分友人だよな……? としてここまで来れば、俺には最後まで知る義務がある。乗り掛かった船的な。


「安心してください」


 良かっ―――


「この仮面に誓って、もう二度と倉井くんに心配をかけるようなことはやりません」

「ああ……うん。うん。そうすか……」


 仮面に誓ったなら大丈夫だな……。

 なんたって仮面だもんな。

 俺は考えるのを止めた。



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