第108話 墓穴

 嫌なことは食って忘れるに限ると彼のお方も仰っていた。

 彼のお方―――七つの大罪の一つ暴食を司りし魔女で、その真名を真露と言う球体の化け物だ。

 真理である。

 特に、その食事が極上の物とあれば尚のこと。

 女子寮という魔窟に放り込まれた俺が唯一良かったと感じていることがその食事で、量こそ男の俺には若干物足りないが味は文句の付けようがない至上の物。女子の手作りとかいう付加価値もありますし。

 あとビニコンが実家住んでた時より近くてピルクルとかチョコあ~んぱんとか生活必需品を買いに行き易いハイパー良立地なのもニクい所よ場所だけに。営業時間が下界のそれより短いのとピルクルを品切れさせるという怠惰の罪を犯してはいたが、まあスタッフが殆ど学生だからそれは仕方ない。余は寛大なのだ。

 全然唯一じゃなかったね。きっと探したらもっといっぱいあるわ。

 とまあそんな感じで新聞部からの帰り道、俺は食後のおやつを先に買っておこうと道草をハムっていた。

 昨日街で買ったのは全部電波に献上……した結果八割くらいが暴食の魔女様のお胸の中に納まったから部屋にストックがないのだ。

 手芸館では食後にカットフルーツなんかのデザートが出されることは結構あるみたいだけど、その反面所謂スイーツ的なお菓子が用意されることはないらしい。そのフルーツも一口で“でも、お高いんでしょう?”とわからせられる上品な味だったので、俺としてはもっと下品な甘未が欲しいんだ。

 ……いかんいかん。今のはあ~んぱんおじさんへの背信行為だ。乳と職業と食べ物に貴賤はないというのに下品だなんて……反省しなければ。

 逸れちゃったけど、手芸館でスイーツが作られない理由は主に二つ。

 寮食はその寮に住んでいる生徒達で作るので、調理に掛かる人数が多くとも用意しなければいけない数もかなり多く、簡単な物を一品増やすだけでも結構な手間がかかってしまう。野上先輩を筆頭とした料理系の部に属す面々なら趣味と実益を兼ねてというか、まあやれんこたあないんだろうけど、そうでない一般の生徒からすればお菓子作りのハードルは普通の料理よりもかなり高い。

 そしてこっちが本命だ。下準備に時間のかかる献立の場合、当日の朝や前日の夜に仕込みを済ませておくらしいんだが、一晩寝かせて固めようと冷蔵庫に入れておいた全寮生分のプリンが翌日全て消えてしまい、結局皆の腹には入らなかったという悲劇が起きたらしい。

 その事件で彼女達の心は折れ、それ以降寮食のお供にお菓子を作る人は居なくなったとのこと。

 お菓子はあくまでお菓子、主食じゃない。なくても問題ない物を盗み食いされて憤怒にわななくリスクを背負しょってまで作ろうとする酔狂者はお嬢様学校には少なかったというお話。

 ちなみに犯人は未だ捕まっていないらしく、


『うまかったからまた作って欲しいんだけどなー』


 とは保健室でゴロ寝しながらこの話を教えてくれた舞子さんの談である。

 おおん俺犯人わかっちゃったわ三星さんに110して死刑にしてもらわなきゃ。やべえテンション上がってきた忘れない内にメールしとこう。

 早速ポチポチっと……あ、そういや寮に意見を送れる意見箱的なアドレスも教えて貰ってたな。

 百貨店とかで貼りだされてるのがたまに話題になるけど、ああいうのって大体カスみたいなクレームだし自分で使うことになるとは思わなかったぜ。密告の雰囲気も出るしせっかくだからこっちに送ってみよう。

 ならメアドも三星さんに知られてないヤツの方がいいよな……サイト登録用に使ってるフリメがあるからそっちで送るとしよう。

 で内容は……。


『プリンヲ盗ミ食イシタ犯人ハ六車舞子 アノウンコ魔人ニ神ノ鉄槌ヲ』


 よし!

 これが手紙なら新聞の切り抜き文字で文章を作ってやりたいところだが、デジタルだとこんなもんだろう。

 ってか本来ひらがなの部分をいちいちカタカナに変換すんのくっそめんどくせえからこれ以上の長文は無理だわ。次からは全部カタカナにするか逆に全部ひらがなで狂気を演出しよう。

 んじゃ送信、っと。

 通報は国民の義務。良いことしたから今日の夕飯はいつにも増してうまそうだぜ―――なんて思いつつビニコンに入ったら電話が鳴った。

 登録していない番号からの着信に一瞬迷ったが、今の余は天誅を下した後で気分がいい。それにこのタイミングだぜ? 良い電話に決まってるわ。きっと親戚が結婚したとかこの前応募したブルボンの懸賞だろ。

 もし勧誘とか変な電話だったら秒で切ればいいだけの話よ、と出てあげることにした。


「はい倉」

『もしもーしゼクスちゃんでーす! まだ確定じゃないんですけど、さっそく頼まれていた生徒会長のネタ掴んで来ましたよー!』


 変な電話だったわ。こいつが俺の番号を不当に入手していたのは本人から聞いていたことだから実際に掛かってきたところで今更驚きやしないが、凄えよなほんと。凄え。

 このタイミングで掛けてくるのも凄えとしか言いようがないくらい凄え。俗に言う“持ってる”ってヤツだな。俺とゼクスどっちがかは知んないけど。

 凄すぎて衝動的に終了ボタンを押しそうになった震える指を気合で止めてスマホを耳に戻す。


『あれれ? おーい倉井くーん、聞こえてますかー?』

「聞こえてる聞こえてる。でも早速だな、でかしたぞ」


 流石ゼクス様、良くも悪くも仕事が早い。人の嫌がるネタに対する嗅覚は抜群だ。

 だって別れてから三十分も経ってないんだぜ? 今まではそのフットワークの軽さに煮え湯を飲まされ続けてきたが、今回はそれが珍しく役に立った。


『えへへー、感謝してくださいよー?』

「ははっ、元々貴様の所為なのに言いよるわ」

『すみません調子乗りました』


 なんですぐ謝る割に繰り返すのか理解に苦しむが、理解しようとするだけきっと無駄だ。呂布が裏切るのと同じようにゼクスに関してはそういう生物だと思っていた方が良いって流石に気付いてる。


『あ……そのBGMは倉井くん、もしかして今コンビニですか? ん-……電話でお伝えしようと思っていたんですけど、店内で通話するのもお行儀が悪いですね。私も今から帰りなので寄りますから、ゆっくりお買い物しながら待っててください』

「いや別に会いたくな……切れやがった」


 まあ……待つけどさ。

 シュバルツが一緒に来ないことを祈るしか今の俺には出来ねえよ、あの行動力お化けめ。

 まあ今の内に買い物を済ませておこう。一応俺のために来てくれるんだしゼクスにも飲み物の一つくらい買っといてやるか。


「お待たせしました」


 どれを渡せば嫌がらせに最適だろう。今が夏ならお汁粉かコーンスープなんだが……とホットドリンクをしばらく眺め、やっぱ食べ物で遊ぶのはナシだなと普通に買い物を済ませて五分ほどでゼクスは現れた。


「おう。これやるよ」

「あ、どうも。でも食事以外で牛乳買う人って初めて見たかもしれません」

「うるせえ文句あんなら返せよ」

「嫌ですよ! せっかく倉井くんに貰ったんですからごくごく、これは私の物でーす! ごくごくごく」


 うっぜ……腹下せばいいのに……。


「ふぃー。外で牛乳飲むと張り込みみたいでアンパンも欲しくなりますねー。ありません?」

「がめつ過ぎやしませんかねゼクスさん」

「新聞部に来るたび茶請けおかわりしていく人にそんなことを言われるとは思いませんでしたよ」


 ぐうの音も出ねえわ。

 しっかし今回は全部じゃないとは言え、俺のチョコあ~んぱんは誰かに奪われていく定めにあるのか……?


「わっ、まさか本当に出て来るとは思いませんでした。なんかすみません」

「いいよ。いつも貰ってるのは本当だし」


 また買えばいいだけの話よ……。

 チョコあ~んぱんの消費が増えることはブルボンの経営安定、延いてはチョコあ~んぱん自体の安定供給と世界平和にも繋がるからな……。


「もぐもぐ……では気を取り直して本題を……えっとですね、もぐもぐ、手芸館の夕食って、食後に果物とかは出ることがあっても手作りのお菓子が出ることって無いじゃないですか。もぐもぐ。これ結構美味しいですね」

「おう。……おう?」

「で、ですね。その原因っていうのが以前起きた事件で、あっ、私達は“2.15プディング消失事件”と呼んでいるんですが」


 うーん変な予感がしてきたぞ。


「内容としましては、食堂の冷蔵庫の中で固めてあったプリンが翌日には全て消滅した、という事件です」


 うん。


「結論を言いますと、その事件の犯人が生徒会長だったらしいんですよ」


 はえ~……。


「記者として裏が取れていないネタをお話しするのもどうかなーとは思ったんですけど、どうやら生徒会長に恨みを持つ人物からのタレコミみたいなので信ぴょう性は割とあるかなーって。これから精査するので続報にご期待ください!」


 一仕事やり終えたとでも思ってんだろうな。良い笑顔を見せるゼクス。

 でもね、水を差すようで悪いけど俺にも言わなきゃならんことがあんのよ。


「時にゼクスさんや、一つお聞きしてもよろしい?」

「はい? なんでしょう? いえ、なんでしょうと言いますか、なんですかその喋り方は。そこはかとなーく嫌な予感がするんですけど……」

「なんで寮のアドレスに送ったメールの内容をおまえが知ってんだ?」

「……」

「……」

「……ゑ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る