第100話 旅は道連れ世は切り捨て御免

 こんな面倒くせえ絡み方をして来る舞子さんに聞いたところで素直に答えてくれるとは到底思えないが、考えてもわからんというよりこれ以上考えるのが面倒だ。

 この人の思考回路を理解しようだなんて人類には早過ぎる。その証拠に、頭のズキズキはさっきよりも酷くなっていた。


「舞子? はーん。そんな美人生徒会長しらねーな」


 はえ〜……マジかよ自分で言いやがったぞこの人。

 美人……美人ねえ。間違っちゃいないけど、“喋らなければ”と前に付くタイプの残念な人種だぜ舞子さんは。

 どこまで本気なのかわからないけど、俺が名前を呼ぶと舞子さんは自分から絡みに来たくせにつーんと顔を逸らした。

 目的が謎すぎる。なにしに来たんだ? あんたマジで俺になにを求めてんだよ。

 こんなウザ絡みされる理由身に覚えは―――……いや待てよ、もしかして前の食堂で虫扱いしたのをまだスネてんのか? んなまさか、いくらなんでもそりゃねえだろ。野上先輩から面倒だとは聞いてたけどそれにしたって限度があるぞ。


「ほーら電波、長くなりそうだから先行くわよー」

「えっ、でも……」


 七生に手を引かれて電波が去って行く。南雲もそれに続いて、三人は一度も振り返ることなく見えなくなった。

 俺もただ黙って見ていたわけじゃない。だけじゃないが、お待ちなすってと伸ばした手は全て舞子さんにディーフェンスされてしまったのだ。

 不機嫌なクセにそこまでして足止めするとか女心は難しいなんてレベルじゃねえぞ。

 ちくしょうトリセツ聴いて笑ってる場合じゃなかった。今更後悔しても遅いが、あの時真面目に耳を傾けていればこんなことにはと思わずにいられない。

 あいつら毎日必ずうんこ踏む呪いかけてやるから覚悟しておけよ……!


「……舞子さん」


 ともかく俺達は取り残されてしまった。気分はコロシアムに閉じ込められた奴隷と猛獣、もちろん俺が嬲られる側で。

 まず間違いなく舞子さんの身体能力は電波の比じゃない。三星さんにヤられるネタキャラのようなイメージが定着しているが、さっき距離を詰めてきた時の動きといい脚力は相当なモノと見ていいはずだ。走り抜けようとしてもあっという間に捕食されてしまうだろう。

 そして耐久力は言うまでもねえ。かかと落とし一発で半日眠る俺に比べ、舞子さんは過去二回とも短時間で目を覚ましていた。HPゲージとか有れば色が変わって二本目、いや、最悪を想定するのなら三本目に突入していると考えておいた方がいい。

 そして最後にパワー。これは一番簡単だ。

 腕力とはつまり胸のデカさである。見舞いに来てくれた時、確か舞子さんは真露に対して自分よりデカい乳を初めて見たとか言いながらゲヘゲヘ笑っていた。

 このスケベオヤジのことだ、実際に数々の女生徒を毒牙に掛けて来た上での発言に違いなく、つまりは相当な剛力と考えていいはずだ。

 腰を落とし、両腕を軽く前に付き出す。拳は握らずゴールキーパーのような構え。

 これで左右どちらにも飛び出せる。万が一波動拳的な飛び道具を出して来ても弾くことが出来る。俺はなにを考えているんだ?


「……いいぜ。オレとやろうってんだな」


 舞子さんの声が一段と低くなり、続いて俺と同じ構えを取った。

 俺達はその体勢のまま、ジリジリと鏡合わせのように円を描きながら着かず離れず間合いを図る。幸か不幸か通行人が現れる気配はなく、こんな姿を見られたくないという思いと誰か通れば舞子さんも正気に戻るかもという思いが胸の中で鬩ぎ合う。

 正気―――そうだ。俺は舞子さんが狂っている前提で話を進めていたが、仮にこれが真実の姿だった場合はどうすればいい?

 ……いや、そんなはずはない。まともな女性が初対面の男の股間を撫でるなんてあり得ない。

 俺だって知っている。そんなイベントはお金を払わなければ発生しないと。

 ……!! バカな、つまり舞子さんは最初から狂っていたということか……!?

 震える。あの時、俺達が最初に出会ったあの時から、舞子さんはとっくに狂っていたのだ。


「わかるぜ未来……おまえの考えていることが手に取るようにな……」

「……ッ!」


 舞子さんは指先をわなわなさせる。サングラスの下で歪む瞳が見えないのに見えた。

 俺の考えが本当に読まれているのだとすれば長期戦になればなるほどこちらが不利になるのは自明の理。

 だが、下手に動くことも出来ない。ならどうする……いや……そうか……! 俺は、俺はさっき答えを出していたじゃないか!

 第三者だ。この際それが実在するかしないかは重要ではなく、舞子さんの気を逸らすことが出来ればそれでいい。

 人類史において古くから使われてきた手法。多くの場合それはUFOだが、この場合効果的なのは……。

 俺は舞子さんから視線を逸らしてその後ろに向ける。虚空を見て、あっと気が抜けたように口を開き、


「あっ、三星さんおはようございます」

「ひょ? 星座? 先行ったんじゃ―――」


 舞子さんの驚きが残響している間に畳みかける。


「シャベルなんて持ってどうしたんですか?」

「シャベル!? いやいくらオレでも光物はマズいって!!」


 よし今しかねえ。さらば舞子さん―――と正気に戻った一瞬の隙をついてダッシュしようとしたところで、


「私がどうかしたんですか?」


 と、鎌を持った三星さんが茂みから現れて、


「「うわあああああああああ!!」」


 俺と舞子さんはビビりすぎて仲良く転んだ。


「ええっ!? 二人ともどうしたんですか!? ……って凄い熱ですよ未来さん!!」

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