第99話 止めてもらえます?

「そのルクルってのは当然女なんだよな?」


 南雲の心無い一言に傷付いた電波を慰めつつ、場の空気が元に戻ったところでその南雲が当たり前過ぎることを言い出した。


「当たり前だろ……ここをなんだと思ってんだよ」


 この場合のそれをいい意味で捉えていいのかは微妙な気がするが、何事も慣れという言葉がある。普通に生活していたせいでちょいちょい忘れそうになるけどさ、女子校なんだぜココ。

 けど南雲、俺とおまえは違うだろうに。

 浮いた存在という意味なら間違いなく同類だが、俺たちの間には性別という決定的な違いがある。それは天地がひっくり返っても埋められない差だ。

 だから今更口に出して確認するまでもなかった思うんだが、わざわざそれをしたということはなにか意味があるのだろう。


「あたしの人生でんな説得力ねー言葉聞いたことねーわ」


 ……。

 ……確かに。

 言われてから気付いたけど今の俺だけは絶対言っちゃダメなやつだったわ。

 秒殺で完敗だ。完全に自分のことを棚上げにしていた。

 夏休みの宿題における明日からやりますレベルの説得力、童貞の先っぽだけだから! 並に信用の置けない究極のおまえが言うな。そりゃ南雲にも呆れられるっつー話よ。

 話には入って来ないけど心なしか他二人の視線も冷たい気がする。こんなもん出来れば永遠に知りたくなかったけど、おかげで七生はともかく電波にそんな目で見られると結構悲しいってことがわかってしまった。


「しっかし女子校入ってルームメイトがおまえとか、そいつ学園で一番不幸なんじゃねーか?」


 こやつ……ついに言うてはならんことを。

 今までは誰も面と向かって指摘してこなかったから敢えて考えないようにしていたけど、いよいよ審判の日が訪れてしまった。

 ベクトルは真逆だが確率的には宝くじに当たるよりよっぽど低いだろう。となると三年間毎日通学中にうんこ踏むくらいの運の無さは有るか? うーん地獄だなお祓いとか行くわ。

 なんにせよ、わかっちゃいたけどこうして直接言われると結構切ねえな。言い返せる要素とかミリもありませんし。

 けど俺だって結構気い使ってんだぜ? 今朝のシャワーにしたって結局バッティングしちまったから意味なかったけど、ルクルが寝ているのを確認してから浴びに行った。それにトイレなんか部屋のモノは一度も使ってなくて毎回下階にある来客用の男子トイレまで行ってたりするんだ。

 徹底するならシャワーもどうなのよって感じはするが、そっちに関しては最近はスメハラなんて言葉もあるらしく、そもそも仮にハラスメント扱いされなくても女子に臭いっつわれるのはもうそれだけでキツい。だから部屋のが使えないとなると深夜まで浴びられないんで、夏場とか衛生的にどうなのよ、と男の汗臭さやらを天秤に掛けた結果遠慮なく使わせてもらうことにしたという経緯いきさつがあったりする。

 で、トイレに関してはそもそも部屋にないのが普通だったから別に苦でもなんでもない。ルクルはそこまで気を遣う必要はないと言ってくれたが、きっと出来心で深呼吸とかしちゃと思う。

 そうなると罪悪感で死にたくなりそうで怖いし、顔とか絶対しばらくの間見れなくなる。つまり最初から他に選択肢はなかったのだ。


「悪い。今のは言いすぎた」

「いや……いいんだ。自分が焼きそばに混じったゴキブリみたいなもんだってのは、俺が一番わかってるから」

「お、おおう。おまえ実はそんなに堪えてなくねーか……?」

「んなこと……」


 ……あるわ。

 実際ちょっと開き直ってる。

 だって、そうでもしなきゃこの学園を生き抜くことなど到底不可能だろうから。

 逃避とは人が強く生きていくための立派な手段なのだ。


「おうおうにーちゃん、可愛い子はべらして見せ付けてくれるじゃねーか」


 南雲の心無い一言に傷付いた俺をその南雲が慰めつつ、洗脳ってこんな感じでされるのかしらなんて考えながら歩いていると、後方からずいぶんステレオタイプのヤンキーじみた台詞が聴こえて来た。

 知っている声に振り返ると、サングラスを掛けた変質者が肩で風を切って歩いていた。

 今時こんなヤツ田舎にも居ねえよ……絶滅危惧種だろ。


「なんだあいつ。またおまえの連れか?」


 そんな昭和のドラマから飛び出して来たようなヤンキーを見た南雲は心底うんざりしたような顔で俺に振る。ちなみにヤンキーと言っても大した迫力は無く、話の序盤に登場するやられ役にしか見えなかった。

 いわゆる三下というヤツだ。その証拠に電波でさえビビるどころかはえ~していた。


「頭おかしい人全部俺の知り合いにすんの止めて貰えます?」


 気持ちはわからんでもないけどさ。また類友って言いたいんだろ?

 ともあれ、非常に不本意ながらアレの正体には心当たりがある。というかまず間違いなくあの人だ。

 カニかゴキブリか、俺達が気付いたことに気付くと変質者は蟹股のまま器用に加速し、銭湯で俺らがやるチンコプターのようにダイナミックな動きで赤いポニーテールが揺れる。

 蟹股のまま縦軸に高速移動する遊星からの物体Mはバグゲー特有の移動モーションと実際の動きが噛み合ってないような違和感があってかなり不気味だった。

 迫力はないけど、そういう意味では恐いな。


「おうおうにーちゃん、可愛い子はべらして見せ付けてくれるじゃねーか」


 正体がバレバレなヤンキーもどきは俺に顔を寄せ、わざとらしくサングラスをズラして見せさっきと一字一句同じ言葉を吐く。息が肌を撫でる距離。なんなら胸も当たりそうな程近く、こんな状況じゃなけりゃちょっと嬉しかったかもしれない。

 ……ただ現状感じているのは胸がドキドキじゃなく頭のズキズキ。つーかサングラスだけで正体を隠そうだなんて土台無理な話だと思うんだけど、本人はこれで変装出来ているつもりなのか。あとどうでもいいけどその小道具はまさかこのためだけに用意した物なのか?

 ……けど何故に二回言ったんだろう。今のはそんなに大事なことなのか。

 疑問は尽きないが、うーん考えてもわからん。わからんなら本人に聞いてみるしかないか。


「なにやってんすか舞子さん」


 あんた生徒会長だろ……。


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