第98話 シャバ僧
「おっ、あのミニマムな後ろ姿は電波……っとついでに南雲か」
並ぶ金銀の後ろ姿は、折り紙なら一袋に一枚ずつしか入っていないレアカードだ。
懐かしい。幼少のみぎりにゃ真露とよく奪い合ったもんよ。
……だからってわけじゃないが。
「よっしゃせっかくだしあいつらも拉致ってこうぜ」
「言い方ってもんがあるでしょうに。てか南雲て誰よ」
誰って薄情な……あーいや、クラス違うし南雲は俺と同じ受験組だもんな。体育とか合同授業だったけど、あいつサボってやがったからまだ顔を合わせていないのか。
それなら知らなくても仕方ないしちょうどいい。電波の同居相手で今後絡む可能性もあるし、二人とも曲者だから変な出会い方をして衝突する危険性を潰す意味でも今の内に引き合わせておこう。
けど、その前にひとつ聞いておかねばならんことが出来た。
「参考までに聞いときたいんだが、その言い方ってのは拉致とミニマムどっちにかかってんだ?」
「さっさと行きましょう」
「おう」
俺達と二人では歩幅が違うので、悲しいかな少しペースを上げると簡単に追いついてしまった。
「うっす、おはようさん」
後ろから声を掛けると、驚いたのか電波の肩がビクッと跳ねる。
「あん? ……んだよおまえか、おはよう」
連れが止まったから自分も仕方なく、といった感じでダルそうに振り返った南雲は、相変わらず口は悪いけど挨拶はちゃんと返してくれるらしい。
まあ、こいつも言葉遣いと人相が凶悪なだけで性格悪いわけじゃないもんな、むしろ人形大好きとか少女趣味全開でかわいいもんだ。
本人も人形みたいなくせにとか一瞬思っちゃったけど、これは絶対口に出さないよう気を付けよう、火種でしかない。
忘れてしまえばまた思い付いた時にふと口をついちゃうかもしれないんで、しっかりと鍵を掛け記憶の片隅に置いておく。この鍵を開けられるのは千年錠くらい。サイコロック並みの機密保持力よ。
「おはよう、倉井くん、桐生さん。昨日は帰ったあとすごい雨だったわね、大丈夫だったの?」
それに比べて電波のなんと純真無垢なことか。幼女とはこうでなくては。
心配してくれたみたいだが、まあ愚問である。
「ははっ、大丈夫なわけないだろ?」
アレは正にバケツをひっくり返したような、洗濯物を外で干していたら発狂するレベルの降り方だった。
パンツや靴下もびしょ濡れ。スマホが無事だったのが不思議なくらいで、楽しくなったってのも半ば以上やけっぱちだし、あの雨を本気で喜べるのは邪馬台時代くらいなもんだ。
「えっ、そ、そう……」
「んなことより一緒に登校するようになったんだな、よかったじゃん」
思ったことは本当だが、その後のことを含めると思い出したくないのも本当なので話題を変える。
「うん。倉井くんたちのおかげよ」
真露の暴走から始まったが、電波にそう言って貰えるのならありがたい話だ。
まあ同じ釜の飯を食うなんて言葉もある。同じ袋のお菓子を食った二人が一夜明けてマブダチを通り越して百合になっていたところで不思議はない。
「で、おまえはまーた違う女と居んのか。朝からいい身分だな」
こいつ昨日も同じこと言ってたけどまだそのネタ引きずってんのか……懲りないな。
「またえらく口と目付きの悪いちみっ子ね」
「はっ、人のこと言える面かよ」
なんて思っていると、俺が言い返す前に七生が応答した。
上下から衝突する視線。錯覚か?メンチビームが火花を散らすのが見えるぞ。
てかこの二人マジに相性悪いのかしら……同じくらい凶悪な眼光してんもんな。同族嫌悪ってヤツか。
「じゃ俺消えっから、電波後は任せた」
ともかく危惧していた事態が起きてしまった。錯覚でも女同士のアレな雰囲気とかどうすればいいのかまったくわかんないので、同性の電波に丸投げして逃げよう。
「えっ! ちょ、ちょっと」
実際、問題は俺の手を離れた。
彼女らが言及してるのはお互いの人相の悪さで、俺の女癖なんてのは完全の勘違い、冤罪だ。無責任と言われようが俺にはどうにも出来ん。
「―――ッ!!」
―――じゃあな! とスタートダッシュをカマした刹那。
背後から飛翔する射貫くような殺意に、俺は即座に回避行動を取る。
前と同じく足を絡め取られるような悪寒がして咄嗟に飛んだが、なにも起きないだと……?
「そうか、これがイップス……」
武術の達人は巧妙なフェイントで相手に攻撃を錯覚させると言うが―――まさか電波にそんな
「ど、どうしたのよ倉井くん、突然走り出したと思ったら突然サイドステップなんか踏んじゃって……」
「あいつがおかしいのは今に始まったことじゃねーだろ」
「そんなこと――――――」
ぱちぱちと瞬き。
「――――――」
ぱちくり。
「――――――」
それはまるで、飛べやしないと知りながらも羽搏くひよこのような儚さを伴って。
「――――――」
泳ぐ瞳に続かない言葉。
なぜ黙る電波。溜めるにしても長すぎるぞ、ミそこは速攻で否定すべき場面じゃねえか? ミノさんだってそこまでしねえよ、いつまでかかってんだ。
「あっ、ところで鹿倉衣さんはどうしたのかしら?」
「続きは?」
「えっ?」
「そんなこと、の続きは?」
なあなあにしようって魂胆が透けて見える。
が、そんなことは許されざる行為。
例えお天道様が許してもこの俺が見逃さな―――
「こら、あんまし電波いじめんなっての」
……叩かれてしまった。
スネるぞ? いいのか?
いい年こいた男のアヒル口とか殺されても文句言えねえくらいキモくて絵面的にすっげえキツいんだぞ?
「今のでおまえらの力関係はわかったわ」
ひどい。
けど実際その通りだからなんも言えねえ。
「風呂覗いたせいで怒らせて別行動だって」
「おいおまえら距離を取るな距離を。七生も違うつってんだろ」
しょうがねえ。あんまり語りたくなかったけど、誤解されたままで居るよりはマシか。
かくなる上はと言うヤツだ。
そうして俺は語り始めた。
今朝風呂場で起きた事件の顛末を。
おまえ達はこの話を聞いた上で、それでも悪は俺だと言えるのか?
これは、そんなメッセージを込めた俺から三人への挑戦状だ。
◇
手芸館は元々女子寮だ。
それに加え、正門は元より裏門や業者が使う搬入用など、ありとあらゆる出入口、敷地を覆う塀のいたるところに監視カメラが設置されている。
更に付け加えるなら、その塀にしたってただのコンクリートブロックじゃなく高圧電流がバチバチに流れる有刺鉄線が巻かれた殺意マシマシ仕様という徹底ぶり。
カメラも異常を見てアヒルさんが駆けつけるなんて甘い物じゃねえ。学園の中に駐在している元警官とか、身元に信用が置ける人達がやってるガチな警備員さん達が秒で飛んでくるという恐ろしい代物。
三星さんからその話を聞いた時は少年院かと思ったよ、正に陸の孤島といった呼称が相応しい。
……まあ、そんな感じなので学園に正規ルート以外で入ることは非常に困難である。
なにが言いたいかというと、そこまでの情熱を持てるのなら覗きなんてセコい犯罪よりももっと別の分野に向けた方がいいし、そんな万全のセキュリティ敷いてる学園の女子寮で部屋のシャワーに一々鍵なんて付いてねえよって。
内部犯の覗きとか、だって同性ですよ。スキンシップの一環で犯罪性皆無ですやん多分。
「……ふむ」
男女比エグ過ぎて俺の裸の方が価値あるだろ―――なんてふざけたことを前に考えていたが、とんだ思い上がりだった。
ゲームと同じだ。いくらレア度が高くたってカスはカス、いざ再びこんな状況になってしまうととてもそうは考えられない。
なんて謝ればいい。どうしたら許してくれる。いやそもそもルクルは怒っているのか、七生のようにキレてなにかされるのか。
だとして状況は前回の百倍はマズい。あの時の俺は土下座をしていた。つまり身体を丸め背中を向け頭を差し出す降伏の体勢。頭部は急所だが背中は人体で一番防御力が高く守りの姿勢だ。
対して今の俺はどうだ? 仁王立ちなんて言うと聞こえが良いが、実体は棒立ちんちん、たまたまを晒しているしこの時ほど自分に露出趣味がないことを神に感謝した時はない。
「その、俺」
にやり、と。
上から下、なにも言えないでいる俺を見たルクルがいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。
美少女の浮かべる挑発的ないしからかう
いや
「固まっているところ悪いが、この格好は冷える。おまえが済んだのなら浴びさせて貰うぞ」
言って、ルクルは俺の脇を通り過ぎてシャワー室に入る。
なぜ。俺は許されたのか。神様って思わず叫んだ方がいいのか。
「―――ああ、そうだ」
幽鬼のような足取りで外に出て、背中越しに掛かる声に足を止める。
なにを言われてしまうのか、怖い、しかし今の俺に耳を塞ぐ権利はない。
なにを言われようと、どう罵られようとも受け入れる他ないのだ。
「二度あることは三度あると言うが、次におまえは誰の肌を覗くんだろうな―――いや、それとも私が三人目か?」
パネルドアが締められて、
「ご馳走様」
なんて言葉が最後に聞こえ、俺は膝から崩れ落ちた。
◇
以上が、今朝部屋で起きた全てだ。
「ってな感じだったんだけど、どう思う?」
なんか言ってる途中でやっぱ俺が悪い気がしてきて、どう思う? って聞いてから確信に変わったわ。
「どうって、いや男前すぎるでしょあいつ」
「やっぱ類友ってあんだなって」
「おまえだって類だからな?」
「いやあたしは別に友達じゃねーし……」
「えっ……」
「電波泣かせるとか最低だぞ南雲」
「うわうっぜ……」
「あの、泣いてないんだけど……」
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