第95話 ひでぶっ
動物で例えればピューマ、野菜で例えるならピーマン。以前から鋭い目付きのヤツだとは思っていたけど、ここまでの迫力を出せるのか……いや十代の女子が備えてていい眼力じゃねえぞ。
これ以上ふざけていると殺されちまうんじゃねえかと感じてしまう程に冷たい視線で、それに射抜かれた俺はこの状態で写真撮ったらどうなるんですかね、なんてコンビニで見た七生の社員証を思い出していた。
あの時俺は七生の写真写りを“なぜこれで撮り直さなかったのか不思議なレベルで悪い。”とクソミソに評していたが―――ここで俺は一つの仮説を思い付く。
もし仮に、アレが散々撮り直した上で一番マシな写真だったとしたらどうだろう?
いやどうもしないけど。思い付いただけだし。
……うん。
とりあえず、
◇
手間取りながら袖を通すと、ただでさえ低い体感温度は更に下がった。
倉庫だからか空調も効いてないし、断熱材もクソもないからマジで寒い。あと学園は山の上だからそもそもの気温が下界に比べてかなり低く、この格好で長く居ると風邪を引いてしまいそうである。
いっそ雨に打たれている時の方が
「で、脱ぎたがりさんはそんなにズブ濡れでなにしてんの?」
「ちょっと野暮用で外に出てたんだが、まあその帰りで雨に打たれてな」
全部を言ったわけでもないけど、嘘は付いていない。
あと反応したら負けなので非常に心外であはるが呼称についてはスルーしておく。確かに筋トレを多少齧った人種は己の肉体を見せびらかしたくなるモノだが―――しかしその行為の痛々しさたるや筆舌に尽くし難いモノがある。
それでも、というのが人間心理の厄介なところだが。
いや俺は違いますけどね。
「ふうん……ま、どこに行ってたかまでは聞かないけど。十分もすれば皆
皆、という言葉からして、風呂場にはさっきの人達以外にもまだ誰彼が居るんだろう。
まあそれを言い出したら大浴場はほぼ二十四時間開放されているんだし、ロビーを通る時はいつでも鉢合わせる危険性があるんだが。
例外があるとすれば三星さんが俺のためにぶん取ってくれた二十三時から四時の間か。女の子は源さん
……まあ、一度決まった以上俺が心配する話でもあるまい。
なんか言われたらその時は快く譲ろう、元々過ぎた配分だと思っていたんだし。
「待てよ。置いてく気かよ」
さておき、帰ろうとする七生を呼び止める。
「はあ?」
「寂しいだろ」
このまま行かれてしまうのは寂しい。
目の毒だけど、それはそれ。
二つを天秤に掛けた結果、後者が掲げれたというだけの話よ。
「子供か」
「学生なんて子供みたいなもんだろ」
「極論か」
「七生ってやっぱノリいいよな」
「……」
呆れられてしまったのか七生が黙る。
おかしいな、今のは一応褒めたつもりなんだが。
「ねー、なんかあっちの部屋から変な音しない?」
「こんな時間に?」
「まさか噂の幽霊では……」
騒ぎ過ぎたのか、さっきの声が近付いてくる。
壁を隔てた向こうでわかり辛いけど、この声どっかで聴いたことがあるような……えっ、というかここ幽霊なんて出るのか?
まさかさっきから異常に寒いのもそいつの仕業じゃねえだろうな……。
「よかったじゃない。これで一人じゃなくなるわよ?」
「……」
さっきの意趣返しか、今度は俺が沈黙させられてしまった。
悔しいけどちょうどいいのでそのまま息を潜めて
気分は段ボールを被った潜入捜査官。それも見つかれば即終了の難易度エクストリーム。
意識を集中して壁向こうの気配を探る。ここに来て俺の
「確かめてみる?」
と提案する声が聞こえ、ドアノブが微動する。
「……やっべ」
隠れた方が見つかった時にやましいことをしていた感が出ちゃうだろうか。ならばいっそ大人しくお縄につくべきか。
どう思われますか七生さん? と念を込めつつ七生を見るとすっげえどうでもよさそうな顔をされてしまった。
「……止めておこう」
「え? どうして?」
「シュレーディンガーの猫だ。もし本当に霊が出た場合私は粗相する自信があるが、それでもいいか?」
「そうね、止めておきましょう」
気配が離れていくのを感じる。
一先ず助かったみたいだが……まだ油断しない方がいいだろう。
七生の言っていた通り、しばらくは大人しく様子を見るべきだ。
「電波はちゃんとケアしてあげたん?」
「お? おおう、野暮用ってのもそれだ」
「そ」
忍者の如く忍んでいると、乗り気でないと思っていた七生の方から話題を振ってくれた。
不意打ち気味で上ずってしまったが、これは付き合ってくれるという意思表示と取っていいのだろうか。
うん。さっきは言って怒られたけど、やっぱノリいいと思う。
電波を気遣うあたり多分子供の面倒見とかもいい。文句言いながら率先して相手してあげてそうな気がする。
「……てかもう服着たんだし隠れる意味なくない?」
「天才かよ」
盲点だったわ。
じゃあ寒いし風邪ひく前に帰るか……隠れんぼしてるみたいでちょっと楽しくなってきたとこだったんだけどな……。
俺は再び七生から扉に向き直って、ノブに手を掛ける。
「おっ? ―――おっ?」
―――が、さっきの誰かがまだ扉のすぐ近くに居たらしくコツンと当たってしまった。
オットセイのような呻きを上げるその誰かが振り返って、俺と目が合う。
がちゃん、くるり、パシィーン―――と続いて、最後に俺の断末魔が響いた。
原因? 俺の頬に付いた紅葉で察してくれ。
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