第91話 電波(物理)

「でマジで何の用なんだよ」


 ようやく解放された南雲は、不機嫌というかわからん殺しされた時の格ゲー初心者みたいな顔になっていた。

 一つ言えることは、ここで答えをミスったら絶対ロクなことにならないということ。あくまで例えだから場外乱闘にゃならないと思うけど、これ以上のやらかしはマジでマズい。いやこれ以上もクソもこれまでの流れに俺の責任が一滴でもあったのかというお話だが、さてどう答えたものだろう……さっきの茶番じみたやり取りで電波の苦手意識も少しは薄れたみたいだったし、正直用件らしい用件は終わっている。

 で、そこまで考えての行動であれば真露さんスゲーなお話だが多分違う。その証拠に、あやつはよっぽど気に入ったのか既に両手とも空いているにも関わらずまだ桃谷に食わせて貰っていた。あの姿、間違いなく純度100%のアホでいらっしゃる。

 さっきは冗談めかして帰っていいぞなんて言ったけど、マジでもうなんの用事もないってわかったらやっぱ怒られんのかな。

 そんで怒られるとして、多分その対象は俺なんだろうな。

 さっきからここ、理不尽を具現化したような空間だと思う。

 いいや正直に言おう。どうなっても俺のせいじゃないだろ。むしろここまであれこれ頑張って考えた俺を褒めるべきじゃありませんかね? 未来くんしーらねっと。

 

「ここにおわす電波さんがだね、南雲と仲良くなりたいらしいんっすわ」


 おまえのことが怖いらしいんですわとは流石に言えなかったが、まあ対人関係の苦手を克服と仲良くなりたいはイコールで結んでも問題なかろうよ。


「電波だあ?」

「おう。電波はさすがにわかるだろ?」


 没交渉でも同室なんだし、二人の距離感は少なくともクラスメイトの百倍は近しいはずだ。むしろこれで知らなかったらコミュ障を通り越して若年性なんたらとか疑った方がいいレベルで南雲の記憶力が心配になってくる。

 しかしなぜか、かわいそうなものを見る目になる南雲。

 おかしい。その目は本来“誰だよそれ”と答えた南雲に俺が向けるべきもののはずだが。


「おまえ……変わったヤツとは思ってたけどんなもんまで受信してんのかよ……」


 なにを言っとるんだこやつは。会話が噛み合ってないぞ。

 んん? と思いつつ南雲の顔をよく見てみる。これは―――この目を俺は知っている。

 思い返すは半年前、放課後の教室。まだ俺がクラフトに進学する前の話だ。

 それぞれの進路が決まり、そのお祝いとして行われたパーティ中に何故か突然発生した男子フリースタイルにて、俺達の語彙力がなさすぎて最終的にハゲとうんことバカとアホが核の如く飛び交う終末戦争の様相を冷ややかに眺めていた女子達と同じ―――それ即ちだ。

 遅れて言葉の意味を理解する。どうやら人名ではなく概念的なものだと思われているらしい。

 いや確かに、電波という単語が人の名前っぽくないのはわかるけどさ、話の流れからわかるだろ。

 このままでは俺の沽券に関わる。そんなもんがあるのかは置いといて、男の不思議ちゃんとか誰も得しない。それは最早不気味くんと言っても過言ではない。


「いや電波ってのはね、ここに、いねえ、えっ、居ないの?」


 ウッソだあ。

 この貴方様よりも更に一段階ちっさいナマモノのことですのよ、とそれまで電波が座って居たはずの席を見るも、そこは空白だった。漫画とかだったら点線だけ残る演出とか入ってるヤツだよこれ。いやどこ行ったんだよ。このタイミングで消えるとか悪意しかないじゃん。通り越して笑いそうになったわ。


「あー……なんだ、周り女しか居ないでストレス溜まんのも仕方ないと思うけどさ、息抜きは大事だぜ。じゃああたしはこれで失礼しますね……」


 今の台詞はすっげえ気を使われた感がある。

 えっ南雲さん貴方そんなキャラでしたっけ? 急によそよそしくなられるのマジで効くから止めてくれませんかね。


「待ってくれ南雲そりゃ完全の勘違いだ。というか真露に桃谷も黙ってねえでなんとか言ってくれよ、いやそれより電波どこだよ」


 誰か助けて。じゃないとそろそろ狂いそう。

 

「ふぁい?」


 俺の悲痛な叫びに、チョコあ~んぱんを口一杯に詰めハムスターと化した真露が反応する。一つずつ味わって食えとか、そもそもおまえ一人で何箱いく気だよとか言いたいことは山ほどあるが、今は見逃してやろう、命拾いしたな。

 だから電波の所在を俺に教えるか南雲に釈明するかしてくれ。こういうのは本人がいくら言っても生暖かいだけで意味ねえんだよ。


「真露、電波の野郎はどこに逃げた?」

「電波ちゃんならみらいちゃんの後ろに居るよ?」

「……後ろ?」


 振り返る。居ない。

 いや正確には俺が旋回するのと同時に素早く回り込む姿が視界の端っこに見えたんだけど、なんで逃げてんだよこいつ、慣れたんじゃねえのかよ。つーかそれだと俺から逃げられても南雲の前には出てるし意味ねえだろ……。

 このまま回転していても埒が明かないし、たぶん電波のことだから続けているとそのうち目を回して死んでしまうと思うので、回転する勢いのままいつも通り持ち上げてクレーンゲームのように南雲の前に落としてやった。


「手慣れてますわね」

「ねー」


 うるせえ役に立たない外野は黙らっしゃい。

 まあ自慢じゃないが、確かに俺はこの学園の誰よりも電波を持ち上げている自信がある。具体的に言うと二日に一電波くらいかな。

 ほんとになんの自慢にもならんわ。


「……鈴木じゃんか」


 ようやく対面する二人。姿を見てから名前が出てくるまでにちょっと間があったけど、どうやら電波のことはわかるらしい。ならば下の名前を憶えていなかっただけということか。それはそれでどうなんだと思うが……まあいいか。

 要は電波が実像を持つ存在だと理解してくれればそれでいいのだ。


「鈴木が小さいからって周波数扱いすっとか全世界のチビに喧嘩売ってんのか?」


 こいつ言い過ぎだろ……この期に及んでなんでだよ、冤罪にも程があるぞ。

 あと思ってたより小さいの気にしてたんっすね。電波以上じゃないっすか。


「じゃなくて……ああ、もうめんどくせえな。電波、自己紹介しろ」


 いや別に頼まれてもねえけどさ、そもそもおまえの問題なのになんで俺がここまで苦心せにゃならんのか。

 

「本日はお日柄もよく……」

「バカにしてんのか?」


 まるでお見合いのように形式ばった挨拶の始まり。

 気持ちはわかるけど、今のは突然だからテンパっただけで悪気はない。


「はいテイクツー」

「テイクツー!? えーっと……えーっと、初めまして、鈴木電波です。よろしくお願いします」


 がばっちょとお辞儀をする電波。

 悪気はない、はず。

 煽ってもないはず。

 スリーって言ったほうがいいのかしら。


「やっぱおまえらあたしのことおちょくってるだろ?」

「違わい。俺が言いたいのはだな、電波はそこらへんに飛んでる電波じゃなくてこいつの名前だってことなんだよ」

「……ほんとかあ? てめーに言わされてるだけじゃねーのか?」


 そこまで疑われるとか心外すぎる。

 つーか俺の信頼度ってそこまで低いのか? 自分で言うのもなんだけど、食堂案内してやったりわざわざ人形届けてやったり、むしろ好感度上がる行動しかしてないような気がするんだが……。


「落ち着いて、まずはそれをして俺になんの得があるのか考えてくれ」

「そりゃあ、幼女に好きな名前付けて喜ぶ性癖とか……」

「幼女……」


 世界は広いからそんな趣味を持った人間も居るんだろうけど、だいぶ特殊で闇が深いと思うぞ。あと電波が幼女ならおまえも必然的に同じ枠に入ることになると思うんですが、それはいいんですかね……。


「んな人形みたいなことするかよ。南雲じゃないんだから」

「はあ!? 姉貴あいつそんなことまで言ってやがんのか!?!?」


 おっとまた地雷か? ぶっちゃけ適当に例えただけなんだが、まさかまた踏み抜くとは思わなかったぞ。


「今のなしでテイクツーいいっすか?」


 机の上で土下座したら許してくれるかな?


「もうおせーよ!!」

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