第92話 ホームランダービーの黄色いアイツ
「あたしがなにしたってゆーんだよお……」
キレ芸から一転、瞳を潤ませて落ち込む南雲。
なにをしたって、なにもしていない。強いて言うなら通りかかったこと自体が不運と踊っちまったみたいなもんだ。
その様子は昨日人形を渡した時と同じ、いや周りの目がある分あの時より状況は悪いかもしれない。
逆上して殴られるとかならまだいいが、泣かれてしまうのは非常に困る。なんとかフォローしないと俺の“なにもしていないランキング”における地位も
つっても適当ぶっこいただけだなんて今更言えねえだろ。自白に近い形で自爆したなんて知ったらいよいよ涙腺的なモノが決壊しちまうぞ。
かくなる上は……すんません叶さん、もし次どっかで会ったら大人しく一発殴られるんで、妹の精神安定と俺の保身のために死んでください。
この場を切り抜けるには南雲に勘違いさせたままでいるのが一番ダメージの少ない方法だろう、と俺は自分に都合のいいよう結論付けつつ、夜空に浮かぶ叶さんに心の中で合掌した。
まああの人と出会わなければこうして南雲と話すこともなかったろうし、引いては人形うんぬんでこんな気持ちにさせることもなかった。だからあの人のせいというのもあながち間違いじゃあないはず。
「あの人も悪気あったわけじゃないし、いや、もちろん俺もだけど。でもすまん」
なんだっけ、こういうのも優しい嘘と言えるんだろうか。それは流石に都合よすぎるか。
「んなヤツじゃねーことは知ってるけどお……だから余計タチ悪りいんだよお……」
これがもしワザとならSとかそんなレベルじゃねえ、ただの性悪だ。
そこは信用してくれているらしいが……これは喜んでいいのか?
ともかく、いつものヤンキー言葉も中途半端に崩れ、南雲は幼児退行を起こしてしまった。
当たり前だが、べっこう飴には胃痛薬としての効果はなかったらしい。その姿を見ていると、ただでさえキリキリと感じていた罪悪感が更に増してくるように思えた。
「……あのっ」
どう挽回しようかと考えている時、突然大きな声を出したのは俺の前に立つ電波だった。
見えるのはいつもみたく頭頂部だけで表情はわからないし、なにを言おうとしているのかもわからない。こういう時に気の利いた台詞を言えるヤツかと問われれば、多分それも微妙だ。
けど……苦手と言っていた南雲相手に自分から行動を起こしたんだ。ここは電波に任せてみよう。
決していい手が浮かばなかったからじゃない。
「えっと、わたしのパパもね、よく車とかバイクに名前を付けたりしているの。だから、その、だからね、そんなにおかしなことじゃないわっ」
途切れ途切れに南雲を励ます電波。比較対象はさて置き、タイミングとしては最高のフォローだ。
「鈴木……おまえ、いいヤツだな……」
そして南雲の反応も悪く無かった。電波の思いというか必至さが伝わった結果だろうか。
名も知らぬ電波パパ。いい年してかなり痛い男ではあるが、この場は俺も感謝しておこう。
―――なら乗るしかねえよな、このビッグウェーブに。
「そ」
「そうだよ! わたしだって飼ってた金魚に名前付けてたもん!」
ひょ?
真露てめえ、人が欲しがった時にゃなんもしてくれなかったクセに今んなって被せてくるとか極悪非道すぎやしませんかね……。
胸を張ってドヤる真露と、それに付随して起きた
「……?」
桃谷は混乱していた。そりゃそうだよ、ペットに名前付けるとか普通のこと過ぎてなんのフォローにもなってねえ。
しかもその金魚、おまえがどうしても欲しいっつーから俺が縁日で取ってやったヤツじゃねえか。それを恩を仇で返しやがってこの野郎……!
今でも覚えている。あれは俺達が八歳の頃だ。
近所の祭りでやっていた金魚すくいで、最初は真露が挑戦したけど全然掬えなくて、それでも一匹は貰えるのにくっ付いてる二匹を引き離すのが嫌だとか言ってゴネだしたんだよこいつ。
なら別の金魚にしとけばいいのにそれも嫌だって言いやがって、で仕方なく俺が代わりに取ってやったんだ。
取れなくても俺が挑戦した時点で一匹貰える権利は再び発生していたはずなのに、なかなか取れないからムキになって挑戦しまくって、それで千円は無駄にした記憶がある。
それを見ていて止めなかった店主のおっちゃんも今思えばヤクザな商売をしてやがったな……いやアレはマジモンのヤクザがやってるんだっけ?
「まあ、物に愛着を持つことは決して悪いことではありませんわ。いいじゃありませんか、可愛らしくて」
桃谷のスルースキルは高いらしく、俺が忌まわしき過去を思い返している間に切り替えて二人の後に続いた。
つまり、この場で行動できていないのは俺だけである。
あれ、俺さっきなんて言おうとしてたんだっけ。違うこと考えすぎてわけわかんなくなっちゃったぞ。
確か“そ”から始まる言葉だよな。ソーラン節か? いや絶対違うわ。
「おっぱい……金髪……」
三人からのフォローを受け、物語りは感動的な締めを迎えようとしていた。
……ように見えたけど、最後の最後で全て台無しじゃねえか。
俺も心の中ではよくおっぱい呼ばわりするけど、実際言われてるのって久しぶりに聞いたわ。
◇
「鈴木の用件はわかったけどよ、あたしが通りかかったのは偶然だろ? 元はなんの集まりだったんだ? そっちの二人はあたしと同じクラスらしいけど、てめーらは違うだろ?」
前者は真露と桃谷、後者は俺と電波を指す言葉だ。
気を取り直した南雲は口調も元に戻り、表面上は元気を取り戻したように見えた。
結局俺はなにもできなかったが、それはまあいいだろう。結果よければすべてよしとう言葉もあることだし。
しかし俺たちの関係性か―――向こうがこっちをどう思っているかはともかく、俺としては真露とは文句なしに幼馴染み、電波とは友達、桃谷は……友達の友達と友達の中間くらいだと思っている。
「真」
「あんたらも、あたしみたいにこいつになにかされた口か?」
―――露とは幼馴染で、と続けようとしたのと同じタイミングで俺を見て言う南雲。
なんだ、今日はそういう宿星なのか。
「ちょっと待った」
まあなんにしたって意義有りだよ、その言い方は誤解しか産まないだろうが。
そして古今東西、その手の誤解は怒りとか悲しみにしか発展することがない。
「みらいちゃん、どーゆーこと?」
ほらよ遅かった。真露サマがお怒りでいらっしゃる。
「それでも俺はやってない」
いやマジで。紆余曲折あったけど、基本的には善行しか積んでないし真露に怒られる謂れはない。
ないけど、果たして人形届けた話をしていいのかどうか。
名前を付けてるってのがバレた時点で今更な気もするが、もうどこに地雷があるのか俺にはわかんねえ、発言するのが怖え。
というか真露さん、あなた俺がなにか言ったところで信用します? まあ南雲がなんか言おうとしているみたいだし、足掻くのはその後でも遅くないと思いたいから今はもう少し様子を見るけどさ。
「忘れもんを届けてもらっただけだからそんなんじゃねーよ」
俺に意見する資格がないのは重々承知だけどさ、それなら最初から“なにかされた”じゃなくて“なにかしてもらった”と言って欲しかった。そうすれば世界はもっと平和に回っていたはずだから。
「なるほど、やはり昨日の一件はそういうことでしたか」
「んー? 桃ちゃんなにか知ってるの?」
「昨日、昼休みに未来さんが南雲さんを連れ出しに教室まで来ていましたの」
「え! なにそれわたし知らない!」
「あなた寝ていましたもの」
「……まあ、だからあんたらもそんな感じなのかなって」
ポストマンじゃねえんだぞ、そんな関係がいくつもあってたまるか。
と思いはしたものの、これは間違いなく余計なことに分類される発言だと思われるので俺は再びお口チャックマンに変身して引き続き成り行きを見守ることにした。
「いえ、私は特になにかされたというわけでもなく、ルームメイトの真露さんが未来さんと幼馴染みで、その縁ですわね」
桃谷の言葉はさっき俺が言いかけたものだった。
「はーい! わたしがその幼馴染みでーす!」
それに元気よく応える真露。
「えっと、わたしは倉井くんのクラスメイト」
おずおずと付け加える電波。
「ふーん……手え早いんだな」
おそろしい曲解をする南雲。
「異議あり!」
そして成歩堂くんと化した未来くん。
もはや見守るとかそんなことは言ってられなかった。
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