第90話 悪気はないんだよ

「おい、んだよこれ」


 真露による拉致被害を受けた南雲は、警戒からか威嚇するように鋭い目つきになっていた。

 ねめつけるような視線は、けれど俺からすればなんの迫力も感じられない。それもひとえに身長差のおかげだが、似たようなタッパの電波からすればちょうどな目線の高さ。あやつの言う“睨まれている気がする”というのは、まあ正にこれのことだろう。

 南雲の存在を指摘した桃谷も、まさかいきなり連れてくるとは思っていなかったのか呆気あっけにとられた顔をしていた。

 電波? お通夜だよそりゃあ。

 さっきまであんな話をしていたんだから当然だよな。

 俺も怖かないけど胃が痛くて仕方がない。


「桃谷胃薬持ってねえか?」

「べっこう飴でよろしければ」

「もうそれでいいわ」

「あっ、桃ちゃんわたしにもひとつちょーだい!」


 そんな中、あーんと口を開けてあめをねだる雛鳥もとい真露さん。たぶん羽毛代わりの毛が心臓に生えていると思うので、その胆力を少しでいいから分けて欲しい。

 それはそれとして、連れてくるだけ連れてきて自分はなにもしないってのは人としてどうかと思うんですよ。犬猫とかでもさ、拾ったら責任持って最後まで面倒見なきゃいけませんって小さい頃に教わらなかったか? それをこいつは他人事ひとごとのようにニコニコと貪り食いやがって……新手のサイコパスかよ。

 あとなぜか、南雲の眼は連れて来た真露ではなく俺に向けられていた。

 そりゃあ知らない仲じゃないけどさ……なんでよ。


「無視してんじゃねーよ」


 おっと南雲サマが相手されなくて激おこだ。もう目に見えてイラって来てる。

 さてどうしよう。もうさりげなくとか言ってられる状況じゃねえだろ、マジどうしろってんだよ。

 つーか説明責任は俺にあるのか?

 問題を抱えているのは電波、発見したのは桃谷、連れて来たのは真露。あれれ、むしろこの場で一番関係ないのが未来くんじゃありません? 九割そこに居るおっぱいが悪いんじゃねえか。

 いや……真露があんな行動に出たということは南雲を大丈夫な相手だと判断したとも言えるのか……?

 おまえを信じていいんだよな? イくぞ?


「ハハッ、にしても奇遇だよな、こんなとこで会うなんてさ」


 上擦ってネズミみてえな声出たわ。


「てめーらでガラ攫っといて奇遇もクソもねーだろ。話誤魔化すのヘタクソかよ」


 百理ある。

 でも女の子がクソとか言っちゃダメだぞ、うん。


「つーか家の敷地内でそこの住人相手に奇遇とか狂気だろ」


 おっしゃる通り過ぎてぐうの音も出ねえや。

 かと言ってこのまま黙っていてどうにかなる問題でもないから、仕方なく俺からアクションを起こすことにした。


「まあそうつんけんしてないでさ、とりあえず一本飲めよ」


 時間が解決してくれるなんてのは行動しないために使われるていのいい戯言だ。

 かと言ってどうすりゃいいのかてんでわからないので、だいぶ強引だとは自分でも思うけど、とりあえず駆けつけ一杯というヤツを提案する。

 ピルクルは全てを解決してくれる―――そこまで盲信的になれたらどれほど楽なことだろう。

 しかし残念ながら、この乳酸菌飲料にそんな筋肉ほどの問題解決能力は備わっちゃいない。地球一うまくて健康に良い、ただそれだけのちっぽけな存在よ。


「……おう、ありがとよ? ……?」


 ちゅーと一口。

 ストローが乳白色に染まる。


「で、なんで」

「お菓子も食いねえ」


 間髪入れずチョコあ~んぱんの箱を差し出す。が、反応は鈍い。

 しまった、キャラメルコーンの方がよかったか―――俺の失策だ。


「キャラメルコーンもあるぞ」


 なんと袋を開けてやるサービス付きだ。

 あーんはハードルが高いので自分で食べて頂きたい所存。


「……」


 南雲はしばらく俺とコロシテくんとの間で視線を彷徨わせ、キャラメルとナッツの織り成す芳しき香りに屈服した。

 これが俗に言う身体は正直だぜ……というヤツである。

 ―――お菓子を食べていて、嫌いとまでは言わないまでも“こいつは本当に必要なのか?”と疑問を感じることはままある。俺にとってはカントリーマアムのココア味などその最たる例だが、しかしどんなお菓子でも商品開発部とかそこらへんの人達が苦心して考え抜いた末世に出ているのだ。

 存在意義が不明と思われがちなこのナッツも、こいつが入っているのといないのでは香りがダンチらしい。だからコーンの部分ばっか食ってんじゃねえぞ電波。


「……で―――」

「おかわりもあるぞい」

「人の話聞いてんのか?」


 聞いてねえからちょっと待ってくれやなんも解決策浮かばねえから精一杯先送りして考えてんだよ。


「んー? もしかして、みらいちゃんと南雲ちゃんお友達だったの?」


 あ〜んぱんおじさんを一人で三人も討伐した真露が、満足したのかようやくこちらに意識を向けた。

 人の気も知らないでなんて呑気な野郎だ……。

 しかし友達ねえ……いいとこ知人じゃねえかな。

 というか南雲のヤツ、こんなつんけんしてて学園に友達居んのか?


「はあ? なんであたしの名前知ってんだよ」

「クラスメイトだもん、名前くらい覚えるよ!」


 あー……そういやこいつらってクラスメイトだったな。言われるまで完全に忘れてたわ。

 南雲の様子を見るに直接絡んだことはなさそうだけど、それでも名前を憶えているあたり真露らしいっちゃらしい話だ。

 対する南雲の方は、この反応だと二人のことをまったく知らなさそうな感じっぽいけど、それは俺もまだ三人しかクラスメイトの名前覚えてないからなんとも言えねえ。

 でもさすがにこの距離で顔合わせれば教室で見たなーとか感じるだろ普通。少しは関心持てよ。

 こいつ、前の体育の時みたいに普段の授業もサボってんじゃないだろうな。


「南雲さんとこうしてお話しするのは初めてですわね」


 真露の餌やりから解放された桃谷が口を開いた。

 これで飲んでいるのがピルクルでなけりゃ中庭の風景と相まって優雅で絵になるんだけどな。

 いや……ミルクティーと色似ているし次までにティーカップを用意しておこう。


「お話ぃ? あんたにゃこれが楽しくお話ししてるように見えんのか?」


 それは同意する。そんなヤツが居るとしたら眼でも脳でも宝条先生んとこ行った方がいいと思う。

 

「それは……諦めてください、としか」


 ……それにも同意する。

 ちなみに俺はとっくに諦めてる。人の力ではどうにもならないこともあるのだ、因果律的な。


「……じゃあせめて、こいつに離すように言っちゃくれねーか?」


 心底困ったような、そして諦めの混じった声だった。

 ……そう。

 エンカウントからこっち、南雲はずっと真露に持ち上げられていた。

 拉致する時、木を引っこ抜くみたいな感じで後ろから持ち上げてそのままだ。

 その光景はパワフルの一言に尽きる。

 ちなみにその間真露が食べていたお菓子は、飴と同じくして桃谷が口に運んでいた。

 入れた分だけ消えていくのやってて面白いから気持ちはわかるよ。


「真露。リリース」


 言って聞くようなヤツならそもそもこんな状況にはならないと思うが、まあ一応。


「あと一時間」

「一時間!?」

「ダメかな?」


 その態勢で一時間とか腕の筋肉逝くだろ絶対無理だわ。

 さてどうしたものか―――


「ダメに決まってんだろ!」


 俺がなんか言おうとする前に南雲が吠えた。


「そうだな。せめて五分にしなさい」

「いや今すぐ下ろさせろよ!」

「電波、これが本当に怖いか?」

「ううん」

「おちょくってんのか?」

「そっか……よかったな。ご苦労南雲、帰っていいぞ」

「この状況でどうやって帰れってんだよ!」


 足浮いてんもんな。


「実は結構ノリいいよな南雲って」

「なあこいつら頭おかしいんじゃねーのか?」

「ノーコメントでお願いしますわ」


 今気づいたけどこの学園で俺が振り回す側に回れるのって南雲くらいだわ。

 だからちょっとやり過ぎたかも知れん。後でちゃんと謝っておこう。


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