第86話 キノコ狩りの男
なんでも危険運転を繰り返している二人組のバイクが居ると通報があったらしく、俺とおっさんは二人仲良く取り締まりを受けていた。
俺もっすか……という思いもなくはないが、たとえ追われていたからという理由があったとして、荒っぽい運転をしていたという事実は変わらない。
なので、せめてこのおっさんは地獄に落ちてくれと願いながら素直にお巡りさんの話を聞いていた。
「仮面ライダーならね、子供達の模範になるような運転を心がけてくれないと」
「仰る通りです……」
俺はまだマシだが、おっさんの方はかなりネチネチ責められている様子。まあパッと見ただけでもどっちの危険度が高いのかは一目瞭然だからな。これに比べれば俺なんて刺身のツマ、弁当に入ってる緑のアレみたいなもんよ。
「君も、ちゃんと聞いているのか?」
「うす」
っと、また余計なことを考えてたせいで叱られてしまった。
さすがお巡りさん。職質とかで慣れているだけあってか人の機微を読むのがうまいぜ。決して俺がわかりやすいのではない。
「あー……さっきその少年も言っていた通り、彼は本当に関係ないんですよ。たまたま私が同じ道で危険運転をしていて、それから逃げていただけで」
「おっさん……」
庇ったみたいな感じでこっち見てっけど、この状況80%はあんた有責だからな?そこんとこ忘れてんじゃねえぞ。なに一仕事終えたみたいな顔してんだよ。あとサムズアップすんな、お巡りさんに見られたら絶対ややこしいことになるから。
しかし真実とはいえ、自分の罪が重くなりそうなことを平然と言うとは―――いや言ったそばから
「だいたいねえ、本当に好きならそれを貶めるような行動はするべきじゃないでしょ? 仮面ライダーって子供のヒーローよ、それが子供を追い回してさ……」
輪陣形のように包囲され浴びせられる正論。当然、反論の余地などない。
おっさんはモノホンの仮面ライダーではなくコスプレをした唯の変質者なはずだが、このお巡りさん達が言いたいのはそういうことじゃない。それくらい俺にだってわかる。
ライダー好きの子供にバイク好きでない子供はおらず、またバイク好きな子供のたぶん70%くらいはライダーが好き。これは宇宙の常識であり、統計学から見てもきっと明らか。
つまり、仮にもその姿を纏うのならば行動もそれ相応のものでなければならない、ということ。
大いなる力には大いなる責任が伴う。車もバイクも、下手をすれば簡単に人が死ぬ危険な道具。故に俺達ライダーは常に細心の注意を払いながら走らなければならないのだ。
七生あたりが聞いたらどの口で言ってんのよと言われそうな話ではあるが、まあそれも棚に上げてと。
俺だって姿かたちだけとはいえ仮面ライダーがお巡りさん相手に頭下げてる姿とかできれば一生見たくなかった。しかもこんな至近距離で一緒になってさ。
家では高圧的な父親がオヤジ狩りされてんの見た時とかこんな気持ちになるんだろうなあ…… いや違うか。でもなんか子供の頃の思い出を汚されているような気分だ。
ともかく色々重なりすぎて、俺の眼は今完全に死んでいると思う。
「先輩、照会は終わったんですが……」
「ん? すぐ行く。二人ともちょっと待ってて、逃げないように」
部下っぽい人に呼ばれ、釘を刺してからパトカーの方に向かったお巡りさんは無線越しに話しながら俺達の方―――いや、これはおっさんを、か。すげえ怪訝そうな顔でちらちらと見ていた。
「ええ……これが……? マジ? マジで言ってんの?」
「マジみたいっす」
当然向こうの言葉など聞こえないが、マジマジと繰り返すお巡りさん達の様子からしてなにか信じられないようなことが起こったらしい。
状況的におっさんに関することだと思うが……実は逃走中の凶悪犯だったりしないよな? 嫌だぜ人質に取られるとか。まあ犯罪者ならこんな目立つ格好はしないと思うけどさ。
あ、でも要注意人物としてブラックリストに載ってるとかなら納得できるわ。
「あー……二人とも違反歴なし。初犯みたいだから今回は厳重注意で済ませますが、次はないからね」
えっ軽くない?
今まで警察のお世話になるような違反とかしたことないからあんまし詳しく知らないんだけど、こういう時って減点とか罰金とかあるじゃないのか?
「はっ。寛大な処置感謝いたします。この度はまことに申し訳ありませんでした」
「すみませんでした」
まあでも、お巡りさんがいいって言うなら藪蛇を突っつくのもアレだし余計なことは言わないでおこう。
クラフトは非行とかそういうのに厳しそうだし、バレたら一撃退学はなくとも停学処分くらいは下されるかもしれない。
入学してから一週間と経たない内でそれは洒落にもならない。一部を除く人間関係とか取り返しがつかなくなっちゃう。
つーかそんな状況で通い続ける胆力とかないしどっち道自主退学コースだわ。
だから見逃してくれるならそれに越したことはないのだ。
おっさんに倣い俺も頭を下げる。
去っていくお巡りさん。残される二人。
逃げるという雰囲気でもなくなってしまった。
というか次はないと言われているし、また追いかけっこになって見つかったら情状酌量の余地なく死刑になってしまう。
「……うん。それじゃあラーメンでも行くか!」
お巡りさん達の背を見送り、その姿が見えなくなった頃、唐突におっさんが言った。
「はあ、行ってらっしゃい」
としか言いようがない。
なにを思ってそんな宣言をしたのか。
やっぱ頭が残念なのか。
いや―――考えてみれば特撮ヒーローは必殺技を出す時など技名を口に出すことが多々ある。今のはそれをリスペクトしたが故の行動かもしれない。
頭残念で合ってるじゃねえかクソ。
まあいい。おっさんが自分からどっかに行ってくれるなら俺が逃げる必要もなくなるしな。
じゃあ俺はこれで、と去ろうとバイクに向かおうとしたところで、
「よし、ならこっちだ。近くにいい店があるんだよ」
ドン!と背中を叩かれ、衝撃で一撃で肺の空気が全部吐き出される。咽せる。
一瞬眼の奥がチカッとするような凄い力だった。
「いっ、ってえな……はえ?」
聞き間違いか?
それともバカ力でひっ叩かれたせいで俺の耳がバカになったのか。
衝動的に文句を言おうとしたが、脳内で
「俺も行くんすか?」
「当たり前だろ?」
「??」
??
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