第66話 なん……でだと……

「あたしは一度寮まで戻るわ」


 ぬいぐるみを置きに帰るということだろう。南雲は俺に見せるように、指にかけたビニール袋を揺らしながらそう言った。

 校則に違反する物でもないけど、それと人に見られたくないというのとは別問題だもんな。せっかく隠れて渡したのに、教室に持って行ったらどんなハプニングが起きて明るみに出るかわからないし、一度帰るってのは妥当だと思う。

 流石にそれに着いていけるほど距離を詰められたとは思っていないので、なら俺達の旅はここで終わりだ。


「んじゃ解散だな」

「そーだな。今度ジュースでも奢るよ、またな」

「おう。そん時はピルクルで頼む」


 運び賃はお菓子というカタチで叶さんから押し付けられているけど、貰える物は貰っておく主義だ。なにより次があるということだし、断る方が野暮ってもんよ。


「ん。……ん? わかった」



「さてと……んじゃ俺は舞子さんに連絡しとくかね」


 南雲を見送って一人になった俺は、スマホを取り出して連絡先から悪魔まいこさんのアドレスを開く。

 着信も一度切りで留守電も入っていなかったし、あれ以来メールも来ていないから、俺をからかいたかっただけで大した用事じゃないに舞子さんの魂をかけたっていいけど、邪険に扱ったのは確かだし、本人は知る由もないけど虫扱いもしちまったからな。

 あんまりそういうのを気にする人とも思えないけど、一応先輩だし。

 こういう時はちゃんとケアしておくのがいい後輩の条件なのだ。まあ本当にいい後輩はそもそも先輩相手にあんな対応はしないんだが。


「舞子ちゃんが、どうかしたの?」

「……野上先輩」


 立ち止まって文面を考えていると、背後からヌッと野上先輩が現れる。

 実は結構ビビった。スマホ落としかけたもん。

 この人、美人だけど前にも後ろにも髪が長くて、おまけに身長も高いから不意に現れられるとドキッとするんだよな。だけどじゃなくて“だから余計に”なのかもしれないけど、貞子を筆頭とした和製ホラー的な雰囲気が滲み出ていて夜道なら悲鳴上げていたかもしれない。

 幽霊扱いしちゃったけど、美人って評したのと帳消しにして欲しい。


「さっき舞子さんと偶然会ったんですけど、ちゃんと相手出来なかったから一言入れといた方がいいかなと思いまして」

「そうなんだ……うん、舞子ちゃんはそういうの結構気にするから、連絡してあげた方がいいと思うよ」

「怒るんですか?」


 意外だ。

 でも野上先輩が軽く頷いてからそう言うので、俺は今一度頭の中で舞子さんの姿を錬金する。脳裏に浮かぶは俺の股間を撫でて三星さんに頭をカチ割られ部屋の床に倒れ伏す姿と、真露の胸を揉んで三星さんに頭をカチ割られて保健室の床で伸びている姿。ロクな思い出がねえや。

 いや待てよ流石になんかあるだろ。ほら寮の食堂での一言なんか頼りがいあって先輩らしかったぞ。それに説明会の時、俺たち一年の前で話す姿は堂々としていて生徒会長っぽかったはずだ。公私の分け方が完全にダメ人間のそれな気もするが、まあいい。

 とにかくイメージの軌道修は正完了だ。

 舞子さんはよく言えばサバサバ系、悪く言えばちゃらんぽらんいや大雑把。俺の中であの人はそんな感じのキャラクターということでひとつ。

 そんな舞子さんが先輩風吹かす姿は、やっぱり想像でき……なくもないかもしれない。


「ううん……拗ねる」

「あーはいはい納得です」


 そっちね! と手ぶらだったらポンと手を叩いてたかもしれないくらいに合点がいった。

 この前の食事の時だってあからさまにいじけて椅子から落ちそうになってたもんな。どう転んでも面倒くさい人みたいなのでとっとと謝っちまおう。

 しかしなんて送ればいいんだ?

 というかあんな絡み方してきてこっちが謝るとかどういうことなんだろう。今時体育会系でもそこまで理不尽じゃないと思うぞ。


『舞子さんがあまりにも眩しいんで、つい』


 ブラインドカーテンだけにってか? 寒いわ。


『許してくださいなんでもしませんから』


 バカ野郎煽ってんじゃねえんだぞ。もっとまじめに考えろよ。


『サーセン』


 かと言ってこれは軽すぎる。

 タメの男相手ならともかく、舞子さんは腐っても二個上の女の子だぞ。


「あー……なんて謝れば波風立ちませんかね?」


 馴染みすぎていてたまに忘れそうになるけど、実はまだ三回くらいしか絡んでなかったりするんだよな。これは他の連中にも言えることだけど、あの人も大概距離感近いから。

 よっぽど変な内容で送らない限り大丈夫だろうけど、流石に電波やゼクスみたいにチョロくはないと思うから、さてどうしたものか。

 まあ、こういう時は先達に学ぶのが一番だよな。ちょうど居るし野上先輩の案を聞いてみるとしよう。


「普通でいいと思うよ?」

「普通……」


 普通こそが難しい、とは有史以来さんざん言われてきたことだと思う。特に今回みたいに相手が普通じゃない場合、普通とはいったいどこに在るんだろう。


『さっきは相手出来なくてすみませんでした』


 まあ多分こんな感じだよな……?

 もうこれでいいよな、いいだろう、いいに決まってる。考えんのめんどくさい。

 というわけで送信っと。


「よし……野上先輩も昼飯の帰りですか?」

「うん。部活の皆でお弁当を食べてたんだ」

「おー、そりゃいいっすね」


 昼休みにレストランで働くのはブラックだけど、それなら女子高の青春って感じもするし、そういう健全な活動なら大歓迎だ。


「未来くんも、今度一緒に来てみる?」


 料理研究部のお弁当か……この前の夕食で出された料理は知らない物ばっかりだったけどどれも味はうまかったし、それを踏まえて考えるとみんな上手なんだろうな。

 うーむ、興味はあるけど……。


「………………やめておきます」


 長考の末、断腸の思いで導き出した答えだ。

 本当はめちゃくちゃ行きたい。女子の手料理、しかもお弁当なんてのは男子からすると玉手箱にも等しい宝物だ。幼馴染補正で真露が分けてくれるお情けとはレベルが違う。

 しかしのこのこと着いて行ったら最後、囲われて餌付けされ、気が付いたら入部してるなんてことになりかねない。俺は奢られたりご馳走になったりってのに結構チョロいんだよ。

 野上先輩がそこまで考えているとは思わないけど、舞子さんの話を聞いた後だからまだ見ぬ他の部員まで信用することはできない。

 それでも新聞部に入るよりはマシだと思えるあたりゼクスのアレさ加減を再々確認したのは別な話だが、まあそれはそれとして。

 本当にとてもかなり残念だけど、今回は縁が無かったということで歯を食いしばる。


「なんで?」

「えっ?」


 なんで?


「なんで、来てくれないの?」


 なんでって、なんで?

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