第65話 そーうだったらいーいのっになー。

 食堂街、通路のド真ん中で立ち止まり三百六十度をきょろきょろと見回す南雲の姿は、完全にお上りさんである。

 俺も始めて来た時はこんな感じだったんだろうな……なんて思いつつ、いつまでもこんなとこに突っ立ってちゃ邪魔になるしと一足先に洋食屋の方へ踏み出して、こっちだぜと南雲を呼び寄せる。


「お、おい。待ってくれよ」


 置いてかれまいと小走りで寄って来る南雲を待ち、歩幅を合わせ歩くこと数十秒。目的地に到着した俺達は暖簾……じゃねえな、なんて言うのかわかんないけど店の中に入り、ルクル達と来た時と同じウェイトレスさんに案内されて席に着く。

 この人も結構若いけど、まさかコンビニみたいに生徒じゃないよな? 紹介にはそれらしい部はなかったと思うけど……まあ昼休みにまで活動とかブラック企業ならぬブラック部活過ぎるし、流石に違うか。


「ガワだけじゃなくて店の中も本格的なんだな。本当にレストランみてーだ」


 バックヤードに消えていくウェイトレスさんの姿を見送った南雲が、相変わらず物珍しそうな眼で店内を見回してから俺に向き直って口を開いた。

 わかる。俺も最初そう思った。そんで食べてびっくり味もレストラン級、それもかなりレベルの高い。

 俺は無言で頷きながら、卓上の端に立てられたメニューをスッと差し出す。

 水を飲みながら受け取ったそれを眺める南雲の顔は、“あれれ〜?このメニュー値段が書いてないぞ〜?”って時にするコナンくん的表情だ。

 うふふ。


「ちなみに俺のお勧めはハンバーグとビーフシチューだ。あ、ハーフサイズも出来るぞ」

「お、おう。じゃあ、あたしはそれで」


 南雲の考えていることが手に取るようにわかる。ズバリ、“まあ、値段書いてなくても学食だしそんな高くないよな?”だ。

 そうだといいな。


「了解。じゃあまとめて頼むぞ」


 卓上のベルを鳴らし、ウェイトレスさんを召喚する。この手のアナログな呼び出しをする度に思うんだけど、チリンと音がするだけで電光掲示板に番号が出るわけでもないのにちゃんと反応できる店員さんって凄いよな。俺だったら絶対ぼーっとして聞き逃すわ。


「お待たせいたしました」


 やって来たのは、またもや同じウェイトレスさん。……だけど、なんかめっちゃ見られてる。


「先日、ルクル様と来られていたお客様ですよね」


 無言の圧を感じるけど、あいつなんかやらかしたのか? だとしても俺に言われたって困るんだけど……。


「そうですけど……どうかしましたか?」

「……いえ。ご注文でよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


 ……なんだったんだ?

 そういえばこの人、前回来た時にもルクルのことは様付けで呼んでいたよな。あの時は名前を憶えられているなんて並の常連じゃねえな、なんて思っていたけど、ただの客と店員って関係性じゃないのか?まあなんでもいいけどさ。


「ハンバーグと―――」


 未来くんは前回ので学習しているので、シェフの気まぐれることなく。

普通サイズのハンバーグとビーフシチュー、それにライス大。南雲には同じメニューのハーフサイズをそれぞれオーダーした。


「―――以上でお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 注文した料理が出来上がるのを待つ間、今度は南雲が俺の顔をじいっと見ているのでどうしたのかと聞くと、感心したような声が帰って来た。


「……あたしと同じで入学したばっかりなのに、もうかなり慣れてるんだな」


 どうやら羨望の眼差しを向けられていたらしい。

 だったらいいな。


「ふっ、まあな」


 今ちょっと調子乗ったけど大丈夫か?

 と思ったけど、南雲の表情に変化はなし。よかった大丈夫そうだ。

 チキンレースやってんじゃないんだから、ギリギリを攻めるような発言は控えろよ俺。

 かと言って黙っていても待ってる間暇だし、こっちからもなにか話を振ろう。


「南雲は好き嫌いとかあるのか?」

「いや、ねーよ」

「そっか、俺もないよ」

「……」

「……。ご趣味は?」


 違う。お見合いかよ。

 一呼吸置いたせいで会話が途切れるのって、元から無言なのと比べて余計に気まずい感じがするぞ。

 南雲はしばらくしてから、沈黙したまま横に置いた荷物を持ち上げた。

 俺が届けたぬいぐるみだ。趣味は? という問いに対する答えだろう。

 女児アニメが好きなのかぬいぐるみ集めが趣味なのか、どっちにしたって見た目に寄らず乙女だよな。


「あー……おまえは?」

「バイク」

「そっか……」


 早く出来上がってハンバーグ師匠!

 という俺の祈りが通じたのか通じてないのか、料理が運ばれてきたのは十分という絶妙な時間が経ってからだった。さては調理時間まで気まぐれだなこやつ? ……いやないか。


「……ん?」


 あの時と同じように視線を感じて窓の外を見ると、今度は七生ではなく舞子さんがガラスにおでこをくっつけてニヤニヤしながら俺達を覗き込んでいた。なんて邪悪な笑い方をする人なんだ。

 俺は特に反応することもなく、ブラインドカーテンを落とす。


「どうしたんだ?」

「いや、変な虫が付いてたから。食事中に見たくないだろ」

「ん。ありがと」

「おう。んじゃ冷めないうちに食おうぜ」


 携帯が震えたけど、多分タイミング的に舞子さんだろう。

 けど、食事中のスマホ弄りはお行儀がよろしくないので無視無視っと虫だけに。

 でも後でフォローは入れておこう、じゃないとあの人絶対めんどくさい気がするから。


「……! な、なんだよこれ!」

「うますぎてビビるよな」

「お、おう」


 まずはハンバーグを一口、南雲が唸った。

 当然の反応である。初見でこの味に驚かないヤツなんて、舌がイカれているか親の手料理がうますぎるかのどちらかしかない。


「そっちのビーフシチューもすげえぞ」

「お、おう」


 続いてビーフシチューにスプーンを潜らせた南雲は、おそるおそるといった様子でそれを口に運んだ。


「~~~~!!」


 声にならんほどうまい―――そんな感じの反応だ。

 南雲のオーバーなリアクションは見ていて飽きないが、それはともかくとして俺もとっとと食べ進めよう。

 食べる速度が違うとはいえ一応俺の方が倍近く量が多いんだ、待たせるのもアレだしな。

 うむ、やはりうまい。せっかくだし電波みたいにパンも頼めばよかったかな、次はそうしようか。いや今からでも間に合うか? パンなんて注文が入ってから焼き上げるわけでもないだろうし……それに聞いてみるだけなら文字通りタダだしな……と再びベルを鳴らしてパンを追加注文する。すぐに持ってきてくれるらしい。

 やったぜ。

 運ばれてきたパンをシチューに浸して食べていると南雲がすっげえ見てくるので、電波が俺にしてくれたみたいに半分に千切って分け合った。


「その様子だと聞くまでもないだろうけど、どうだった?」

「おいしかったよ。ふざけたメニューだと思ったけど、味は気まぐれじゃなかったな」

「だろ。他の店もこれくらいうまいから、また一緒に行こうぜ」

「マジかよ凄いなこの学校……」


 ここの他はラーメン屋と中華にしか行ったことないんだがな。でも多分、間違ったことは言っていないと思う。


「……さて、んじゃ出るか」

「ん。あー……あのさ」


 俺が立ち上がろうとすると南雲がなにかを言いかけたので、浮かせた腰を再び落として聞く体勢に入る。


「どうした?」

「……今日は色々とありがと」

「いいってことよ。俺も余計なことばっか言ってたしな」

「……ん」


 忘れかけていたけど、飯に行って機嫌を取ろうって趣旨だったんだよな。この感じだと大成功だろ。

 流石俺、やれば出来る男だわ……なんて、最後に胸の中で調子に乗るくらいはいいよな?



「お、おい。支払いは―――」

「―――知らないのか?」

「な、なにがだよ」

「学食は、タダなんだぜ?」

「なん、だと……?」

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